セスキテルペンの生合成は、C15単位のファルネシル二リン酸(FPP)を前駆体として開始されます。このプロセスは、ゲラニル二リン酸(GPP)よりもイソプレン単位が1個多いため、二リン酸残基の脱離によって生成するカルボカチオンからの骨格形成様式は、モノテルペンの場合と比較してはるかに多様性に富んでいます。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/2a07a65a73594ee1051b26f3e150ba12e54db7c0
ファルネシル二リン酸には、トランス,トランス-ファルネシル二リン酸(t,t-FPP)と、その異性化体であるシス,トランス-ファルネシル二リン酸(c,t-FPP)が存在し、それぞれ異なるタイプの環状カチオンを生成します。この反応では通例、非古典的カチオン(nonclassical cation)が関与し、さらに分子内の他の二重結合による攻撃を受けて新しい環を形成したり、水素やアルキル基の転位を伴って多様な基本骨格が構築されます。
反応メカニズムの詳細について。
セスキテルペン合成酵素(STPS)は、テルペン合成酵素(TPS)ファミリーに属する重要な酵素群です。これらの酵素は、ファルネシル二リン酸を基質として、驚くべき構造多様性を持つセスキテルペン化合物を生成します。
参考)https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=1284
最新の研究により、理化学研究所のチームが新規セスキテルペン環化酵素AstCを発見しました。この酵素は長い間機能が不明でしたが、ドリマニル二リン酸への変換を触媒することが明らかになりました。AstCと相同性を持つ遺伝子は糸状菌に広く存在することから、新規生理活性テルペン化合物の発見につながることが期待されています。
参考)https://www.riken.jp/press/2016/20160926_1/index.html
セスキテルペン合成酵素の特徴。
ストーレットワレスア等の植物では、Capsella bursa-pastorisから単離されたCbTPS1という酵素が20種類もの異なるセスキテルペンを生成することが報告されており、単一酵素の持つ驚異的な多様性生成能力が注目されています。
参考)https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/advs.202415370
基本的なセスキテルペン骨格が形成された後、シトクロムP450モノオキシゲナーゼやデヒドロゲナーゼなどの酵素により、さらなる構造修飾が行われます。この過程により、生理活性を有するセスキテルペノイドへと変換されていきます。
参考)https://www.nisr.or.jp/wp-content/uploads/2016seki.pdf
グアイアノライドセスキテルペンラクトン(GSL)の生合成を例にとると、以下の酵素群が関与しています。
これらの酵素の協調的作用により、ファルネシル二リン酸からδ-guaienoic acidまでの生合成経路が構築されます。特に注目すべきは、アステロライドの生合成において発見された新規脱リン酸化酵素AstIとAstKです。これらは段階的脱リン酸化を行い、ドリム-8-エン-11オールを生成する重要な役割を担っています。
担子菌類におけるセスキテルペン合成酵素の系統解析により、過去20年間で26種から122のSTS酵素と2つの融合酵素STSが同定されています。この膨大な酵素ライブラリーは、セスキテルペンの構造多様性の分子基盤を理解する上で重要な知見を提供しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9501842/
分子進化の観点から見ると、セスキテルペン合成酵素は以下のような特徴を示します。
特に興味深いのは、プロリフィックなマルチプロダクトセスキテルペン合成酵素の存在です。CbTPS1のような酵素は、単一の活性部位から16種類もの新規化合物を含む20種類の異なるセスキテルペンを生成し、モノサイクリックからペンタサイクリックまでの10種類の異なる炭素環構造を構築します。
この多様性生成メカニズムの解明は、分子動力学シミュレーションを用いた部位特異的変異解析により進められており、酵素工学による新規化合物創製の可能性を示唆しています。
セスキテルペン化合物の医療分野における応用は、その優れた生理活性により大きな注目を集めています。抗腫瘍活性、抗炎症作用、抗菌活性など、多岐にわたる薬理作用が報告されており、創薬開発の重要なリード化合物として位置づけられています。
バイオテクノロジーを用いたセスキテルペノイド合成法の発展により、以下のような医療応用が期待されています。
微生物生産システムの構築
組換え大腸菌や酵母を用いたセスキテルペン生産システムが確立されており、従来の植物からの抽出法と比較して効率的な製造が可能になっています。特に、組換え酵母を用いたGSL生産システムでは、ファルネシル二リン酸から目的化合物まで一連の生合成経路を再構築することが実現されています。
参考)https://bsj.or.jp/jpn/general/bsj-review/BSJreview2011A3.pdf
抗肝線維症作用の発見
最新の研究では、Capsella bursa-pastoris由来のセスキテルペンが抗肝線維症効果を示すことが明らかになっており、肝疾患治療薬としての応用可能性が示唆されています。この発見は、セスキテルペンの新たな医療用途を開拓する重要な成果といえます。
創薬における構造活性相関研究
セスキテルペンラクトン類の生合成経路解明により、ゲルマクラノリド誘導体から生成される各種化合物の構造活性相関が明確になってきています。これにより、より効果的な医薬品候補化合物の合理的設計が可能となっています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/yukigoseikyokaishi1943/50/10/50_10_858/_pdf
今後の展望として、AI技術と組み合わせた酵素設計や、CRISPR技術を用いた生合成経路の最適化など、より高度な生産技術の開発が進められており、セスキテルペン系医薬品の実用化に向けた基盤技術が着実に整備されています。