線維筋痛症の主症状は3ヶ月以上持続する慢性疼痛で、疼痛部位は右・左半身、上・下肢、体軸部など全身の広範囲に及びます。筋肉や関節、軟部組織などの自発痛が中心的特徴ですが、痛みの部位と程度は日によって変化し、日内変動も認められます。
身体症状として以下のような多彩な症状が報告されています。
精神神経症状では、抑うつ感、不安感、焦燥感、集中力低下、注意力低下、健忘、記銘力障害などが認められます。これらの症状は気候変動(台風や低気圧の接近、気温変化)、感染症への罹患、激しい運動、睡眠不足、精神的ストレスなどの様々な要因によって悪化します。
診断においては、18箇所の圧痛点のうち多数に圧痛が認められることが特徴的ですが、通常の検査では特徴的な異常が見られないため、診断が遅れることがしばしばあります。
線維筋痛症の薬物治療は、従来の解熱鎮痛剤や抗炎症剤が無効であることが特徴的です。そのため、神経障害性疼痛に有効な薬剤と抗うつ薬を中心とした治療が行われます。
神経障害性疼痛治療薬として、プレガバリン(リリカ®)が第一選択薬として使用されます。この薬剤は痛みの神経回路の過剰興奮状態を抑制することにより、線維筋痛症の痛みの緩和が期待されます。
抗うつ薬では、デュロキセチン(サインバルタ®)とアミトリプチリン(トリプタノール)が主に使用されます。これらの薬剤は線維筋痛症のうつ症状改善が目的ではなく、脳内セロトニン・ノルアドレナリンなどの神経伝達物質を増加させ、下行疼痛抑制系を活性化して痛みのブレーキ作用を強めることにより痛みの緩和を図ります。
オピオイド系薬剤として、弱オピオイドであるトラマドール(トラマール)、トラムセット(トラマドールとアセトアミノフェン配合剤)、ノルスパンテープ(ブプレノルフィン)なども使用されることがあります。
補助的薬物療法では、睡眠改善のために就寝時の低用量三環系抗うつ薬(アミトリプチリン10~50mg、トラゾドン50~150mg、ドキセピン10~25mg)やシクロベンザプリン(~30mg)が使用されます。これらにより深い睡眠が促進され、筋肉痛が軽減することがあります。
線維筋痛症の治療における日本リウマチ学会の詳細なガイドライン
https://www.rheuma-net.or.jp/rheuma/illness/fm/
非薬物療法は線維筋痛症治療において薬物療法と同等に重要な位置を占めます。治療の基本原則は、患者とその家族を含めた周囲の人々が線維筋痛症に関する正確な知識を得ることから始まります。
運動療法は最も重要な非薬物治療の一つです。ストレッチ運動と有酸素運動が推奨されており、症状がある筋肉を愛護的にストレッチする運動を毎日行う必要があります。ストレッチは約30秒間保持し、それを5回ほど繰り返すことが推奨されます。有酸素運動(速歩、水泳、エクササイズバイク)は症状を軽減する効果があります。
睡眠の改善は治療において極めて重要です。十分な熟睡を得ることで症状の緩和が期待できます。
ストレス管理として、総合的なストレス管理(深呼吸訓練、瞑想、心理的支援、必要な場合カウンセリング)が重要です。興味深いことに、大きなlife eventよりもdaily hassles(ささいな日常のいらだちごとの積み重ね)のほうが痛みを悪化させるストレス因子になるという報告があり、家庭や職場でのストレスコントロールが重要と考えられています。
代替医療として、ヨガや太極拳、マッサージや温泉治療の効果が報告されています。局所の加温や愛護的なマッサージでも症状が緩和することがあります。
認知行動療法は心理療法の一つで、患者が自身の症状に対して抱いている否定的な考えを肯定的なものに変換し、行動に変化をもたらすことを目的とした治療法です。痛みを中心とした認知行動療法を地道に行うことで治療効果が見られることがあります。
近年注目されている新しい治療法として、経頭蓋磁気刺激(TMS:Transcranial Magnetic Stimulation)治療があります。これは非侵襲的な脳刺激療法で、線維筋痛症の症状改善に効果が期待されています。
左DLPFC刺激の効果:26名の線維筋痛症患者を対象としたランダム化比較試験では、左背外側前頭前野(DLPFC)への高頻度刺激が行われました。この研究では、20セッションの治療がrMT120%の強度で実施されました。
結果として、以下の改善効果が認められました。
TMS治療の機序:TMS治療は痛みと深い関係があるストレスに対してアプローチします。うつ病患者の6割に何らかの痛みがあることからも分かるように、ストレスと痛みは密接な関係があります。TMS治療は脳の痛み処理回路に直接作用することで、薬物療法では届かない部分への治療効果が期待されています。
ただし、TMS治療はまだ研究段階にあり、日本では線維筋痛症に対する保険適応は認められていません。今後のさらなる研究結果が待たれる治療法です。
TMS治療の詳細な解説と最新の研究結果
https://www.tokyo-yokohama-tms-cl.jp/fibromyalgia-dlpfc-tms/
線維筋痛症は「見えない病気」と呼ばれ、他人には理解されにくい特徴があります。そのため、患者の日常生活管理には特別な配慮が必要です。
職場・家庭での理解促進:線維筋痛症は外見からは分からない病気であるため、周囲の理解を得ることが困難な場合があります。医師、家族、友人が本症を「全て気持ちの問題」とほのめかすことで症状が増悪することがあるため、正確な疾患理解の促進が重要です。
症状の変動への対応:線維筋痛症の症状は時間の経過とともに変化し、環境的ストレス、精神的ストレス、睡眠障害、外傷、湿気もしくは寒冷への曝露により増悪します。患者は成績優秀な完全主義者であることが少なくないため、適度な目標設定と柔軟な対応が求められます。
長期的な治療計画:線維筋痛症は現在のところ完治させる治療法がないため、症状管理を中心とした長期的な治療計画が必要です。痛みの治療は長引くことが多く、生活の質(QOL)を大きく損なうため、包括的なアプローチが重要です。
社会復帰支援:線維筋痛症は命にかかわる病気ではありませんが、日常生活への影響が大きく、しばしば社会生活が著しく困難になることが大きな問題となっています。適切な治療により症状のコントロールが可能であれば、多くの患者が社会復帰を果たすことができます。
有病率と社会的影響:線維筋痛症の有病率は人口の約2-4%とされており、決して稀な疾患ではありません。特に女性に多く、男女比は約1:9と報告されています。この高い有病率を考慮すると、医療従事者は線維筋痛症について十分な知識を持ち、適切な診断と治療を提供する必要があります。
線維筋痛症の診断基準と最新の治療ガイドライン
https://www.saiseikai.or.jp/medical/disease/fibromyalgia/
線維筋痛症は複雑で多面的な疾患ですが、適切な診断と包括的な治療アプローチにより、多くの患者で症状の改善と生活の質の向上が期待できます。薬物療法と非薬物療法を組み合わせた個別化された治療計画の策定が、成功的な治療の鍵となります。