サシツズマブ ゴビテカン(商品名:トロデルビ)は、TROP-2を標的とする抗体薬物複合体として、トリプルネガティブ乳がん治療に革新をもたらしました。ASCENT試験では、脳転移のない患者468例を対象とした無作為化比較試験において、サシツズマブ群で無増悪生存期間(PFS)中央値5.6ヵ月、化学療法群で1.7ヵ月という顕著な差が示されました。
全生存期間(OS)においても、サシツズマブ群12.1ヵ月に対し化学療法群6.7ヵ月と、死亡リスクを52%低下させる効果が確認されています。客観的奏効率(ORR)は35%対5%と、7倍の奏効率を示しており、2レジメン以上の治療歴のある患者に対する大きな治療効果といえます。
日本人患者を対象としたASCENT-J02試験でも、PFS中央値5.6ヵ月、ORR25%と、海外試験との一貫性が確認されており、人種差による効果の違いは認められていません。
サシツズマブの使用において最も注意すべき副作用は血液毒性です。好中球減少症は66.7%の患者に発現し、Grade3以上の重篤な好中球減少症は51%に認められます。発熱性好中球減少症も5.4%の患者で報告されており、感染症リスクの管理が重要です。
消化器症状では、下痢が特に問題となります。重度の下痢(Grade3以上)は10-18%の患者で発現し、腸炎も3.4%で報告されています。悪心は62.6%と高頻度で発現し、嘔吐(31.3%)、便秘(38.1%)も含めて消化器症状の包括的な管理が必要です。
その他の重要な副作用として、疲労(59.5%)、脱毛症(46.6%)、食欲減退、電解質異常(低カリウム血症、低マグネシウム血症)があります。Infusion reactionも32.3%で報告されており、投与時の注意深い観察が求められます。
サシツズマブの薬物動態は、抗体部分とペイロード(SN-38)で異なる特性を示します。サシツズマブ ゴビテカンのtmax(最高血中濃度到達時間)は3.30時間、半減期(t1/2)は19.6時間です。遊離SN-38のtmaxは3.43時間、半減期は19.3時間となっており、両者の薬物動態プロファイルは類似しています。
推奨用量は10mg/kg体重で、21日間を1サイクルとして各サイクルの1日目および8日目に静脈内投与します。投与は疾患進行または許容できない毒性が認められるまで継続されます。
投与前の前投薬として、抗ヒスタミン薬、解熱鎮痛薬、制吐薬の使用が推奨されており、Infusion reactionの予防に重要です。また、好中球減少症の予防的管理として、G-CSF製剤の使用も検討されます。
サシツズマブの特徴的な作用機序として、バイスタンダー効果があります。これは、TROP-2陽性細胞に取り込まれたサシツズマブから放出されたSN-38が、周囲のがん細胞にも抗腫瘍活性をもたらす現象です。
この効果により、TROP-2の発現レベルが低い細胞や、抗体が直接結合しなかった細胞に対しても治療効果が期待できます。一つの抗体には平均7.6分子のSN-38が結合しており、効率的な薬物送達システムとして機能します。
バイスタンダー効果は、腫瘍内の不均一性に対する治療戦略として重要な意味を持ちます。TROP-2は90%以上の乳がんで高発現しており、トリプルネガティブ乳がんにおいても有効な標的となっています。
サシツズマブの臨床応用は拡大を続けており、2025年には新たな併用療法の試験結果が報告されています。ASCENT-04/KEYNOTE-D19試験では、PD-L1陽性(CPS≥10)の転移性トリプルネガティブ乳がんに対して、サシツズマブとペムブロリズマブ(キイトルーダ)の併用療法が検討されました。
この試験では、サシツズマブ+ペムブロリズマブ併用群が、化学療法+ペムブロリズマブ群と比較して、統計学的に有意で臨床的に意義のあるPFS改善を示しました。免疫チェックポイント阻害薬との併用により、さらなる治療効果の向上が期待されています。
また、HR陽性HER2陰性転移性乳がんに対する適応も米国FDAで承認されており、TROPiCS-02試験では死亡リスクを21%低下させる効果が確認されています。今後、日本でも適応拡大が期待される状況です。
尿路上皮がんに対する適応も既に承認されており、TROP-2を標的とする治療戦略の汎用性が示されています。サシツズマブは、抗体薬物複合体の新たな可能性を切り開く重要な治療薬として位置づけられています。
医療従事者として、サシツズマブの効果と副作用を正確に理解し、適切な患者選択と副作用管理を行うことが、治療成功の鍵となります。特に血液毒性と消化器症状の早期発見・対処により、患者のQOLを維持しながら治療効果を最大化することが重要です。