ストレプトコッカス ディスガラクティエ(Streptococcus dysgalactiae)は、近年注目されているグラム陽性球菌で、主にG群レンサ球菌として臨床的に分類されています。特にStreptococcus dysgalactiae subsp. equisimilis(SDSE)は、ヒトに対して重要な病原性を示し、A群レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)と類似した病原因子を持つことが明らかにされています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/8487f58a114bd60cd707853300cee3ad3958e491
本菌は、これまで動物病原菌として認識されていましたが、最近では人間における感染症事例が増加傾向にあり、特に免疫力の低下した高齢者や基礎疾患を持つ患者において重篤な感染症を引き起こすことが報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9881787/
SDSEの病原性は、A群レンサ球菌(S. pyogenes)と共通する複数の病原因子によって発揮されます。主要な病原因子として、抗貪食作用を示すMタンパク質があり、これによって宿主の免疫系から逃れることができます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3027156/
また、ストレプトリジンS産生遺伝子であるsagA遺伝子やslo遺伝子を保有しており、これらが溶血活性や細胞毒性に関与しています。これらの毒素因子により、白血球の食作用からの防御や組織侵入能を獲得しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8319831/
さらに、SDSEは水平遺伝子伝達により病原性遺伝子を獲得する能力を持っており、特にファージによる病原性遺伝子の取り込みが報告されています。ただし、CRISPR配列がファージ由来の病原性遺伝子の水平伝達を制限している可能性も示唆されており、これがA群レンサ球菌と比較して病原性が低い理由の一つと考えられています。
SDSEによる感染症は、主に**高齢者(特に65歳以上)**に多く発症し、糖尿病、悪性腫瘍、肝機能障害などの基礎疾患を有する患者でリスクが高まります。
参考)https://www.kameda.com/pr/infectious_disease/post_352.html
最も頻度の高い感染症は皮膚軟部組織感染症で、特に蜂窩織炎が全体の41%を占めています。次いで、明らかな感染巣のない原発性菌血症(primary bacteremia)が26%、骨髄炎が9%、劇症型レンサ球菌感染症(STSS)を含む壊死性軟部組織感染症が9%の頻度で報告されています。
化膿性関節炎(6%)、感染性心内膜炎(3%)も重要な臨床病型です。日本国内の報告でも、蜂窩織炎や原発性菌血症が多く、次いで壊死性軟部組織感染症、化膿性関節炎、椎体炎が多い傾向にあります。
参考)https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/meeting/seminar/supplement/001_c01.pdf
劇症型感染症では、ショック症状、播種性血管内凝固症候群(DIC)、急性腎不全などの多臓器不全を呈し、致死率は約30%と高値を示します。壊死性軟部組織感染症では、感染部位の急速な組織壊死と全身の炎症反応症候群を認めます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/nishiseisai/72/2/72_197/_pdf
SDSEの診断は、血液培養や感染部位からの検体培養により行われます。グラム染色では、グラム陽性球菌として観察され、血液寒天培地上でβ溶血性コロニーを形成します。
参考)https://is.jrs.or.jp/quicklink/journal/nopass_pdf/045010036j.pdf
同定には、Lancefield血清型分類によりG群に凝集することを確認します。分子生物学的同定法として、16S rRNA遺伝子解析やemm型別が有用で、現在では27種類の異なるemm型が報告されています。特にstG6、stG485、stG6792が侵襲性感染症の主要な型として知られています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3719644/
迅速診断キットも利用可能ですが、A群レンサ球菌用のキットではSDSEは検出されないため、専用の検査が必要です。質量分析法(MALDI-TOF MS)による同定も迅速で正確な診断手法として普及しています。
臨床検査では、炎症反応の上昇(CRP、白血球数)、CPK上昇(筋破壊を示唆)、血小板減少、凝固異常などが認められ、重症例では多臓器不全の指標も上昇します。
参考)https://idsc.niid.go.jp/iasr/27/319/pr319e.html
SDSEに対する第一選択薬はペニシリン系抗菌薬です。軽症の皮膚軟部組織感染症では、アモキシシリン・クラブラン酸の経口投与が効果的です。重症感染症や菌血症例では、ペニシリンGまたはアンピシリンの静脈内投与を行います。
参考)https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/13-%E6%84%9F%E6%9F%93%E6%80%A7%E7%96%BE%E6%82%A3/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0%E9%99%BD%E6%80%A7%E7%90%83%E8%8F%8C/%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B5%E7%90%83%E8%8F%8C%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87
劇症型感染症では、ペニシリンにクリンダマイシンを併用することが推奨されています。クリンダマイシンは毒素産生を抑制する効果があり、予後改善に寄与します。投与期間は感染部位と重症度により7-14日間とします。
参考)http://journal.kansensho.or.jp/Disp?pdf=0800040436.pdf
ペニシリンアレルギー患者では、代替薬として以下の選択肢があります。
壊死性軟部組織感染症では、外科的デブリードマンが必須であり、抗菌薬投与と並行して早期の外科的介入が予後を左右します。劇症型では、エンドトキシン吸着療法、血小板輸血、DIC治療なども併用されます。
近年、耐性菌の出現も報告されており、マクロライド系に対する耐性率は26.4%、テトラサイクリンに対しては34.6%と高い耐性率を示しています。
ノルウェーの長期疫学調査(1999-2021年)によると、SDSEによる血流感染症の発生率は研究期間中に大幅に増加し、2021年には全血流感染症の中で5番目に多い病原菌となりました。これは世界的な高齢化社会の進展と密接に関係していると考えられています。
SDSEは主に皮膚に常在しており、上気道、消化管、女性生殖器にも定着しています。感染経路は明確に解明されていませんが、常在菌が何らかの要因で血中に入り込むことで感染が成立すると考えられています。
参考)https://dmh-medical.or.jp/curestation/kasai/internal-medicine/streptococcal-infection/
予防対策として以下の点が重要です。
また、SDSEは動物由来感染症の側面もあり、特に畜産業従事者では職業的曝露のリスクがあります。牛の乳房炎の原因菌としても重要で、農場レベルでの伝播様式も確認されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7700458/
人獣共通感染症としての監視体制強化と、One Health アプローチによる総合的な対策が求められています。医療従事者は、特に高齢患者の皮膚軟部組織感染症や原因不明の菌血症において、SDSEの可能性を常に念頭に置いた診療が重要です。