ポリメラーゼは核酸の合成を触媒する酵素であり、DNAポリメラーゼとRNAポリメラーゼの2つに大別されます。DNAポリメラーゼはDNAを鋳型としてDNAを合成するDNA依存性DNAポリメラーゼと、RNAを鋳型としてDNAを合成するRNA依存性DNAポリメラーゼに分類されます。一方、RNAポリメラーゼはDNA配列を転写してRNAを合成する重要な役割を担っています。
参考)DNAポリメラーゼ - Wikipedia
DNAポリメラーゼとRNAポリメラーゼには重要な機能的差異があります。DNAポリメラーゼはデオキシリボヌクレオチドを基質として使用し、DNA合成の開始にプライマーが必要です。対照的に、RNAポリメラーゼはリボヌクレオチドを基質として使い、プライマーなしで転写を開始できます。また、ミスの頻度においてもDNAポリメラーゼは10の7乗個のコピーあたり1回程度と極めて正確であるのに対し、RNAポリメラーゼは10の4乗個のコピーあたり1回程度とエラー率が高いという特徴があります。
参考)ポリメラーゼ:DNAとRNAの合成を司る酵素
DNAポリメラーゼが高い正確性を持つ理由は、3'→5'方向のエキソヌクレアーゼ活性によるプルーフリーディング機能にあります。この校正活性により、DNAポリメラーゼは複製の際に誤って取り込まれたヌクレオチドを除去し、遺伝情報の正確な伝達を保証しています。
参考)ニュース :: 【研究発表】世界初!ポリメラーゼεのゲノムメ…
原核生物と真核生物ではポリメラーゼの種類と機能が大きく異なります。原核生物である細菌には6種類のDNAポリメラーゼが存在し、Pol IからPol IIIまでが主要な役割を担っています。Pol IはDNA修復に関わり5'→3'と3'→5'の両方のエキソヌクレアーゼ活性を持ち、Pol IIは損傷DNAの複製に、Pol IIIはDNA複製の中心的なポリメラーゼとして機能します。
参考)【解決】原核生物と真核生物の転写制御の仕組みの違い
真核生物では、RNAポリメラーゼが3種類(RNAポリメラーゼI、II、III)存在することが大きな特徴です。RNAポリメラーゼIはrRNA前駆体の転写を、RNAポリメラーゼIIはmRNA前駆体の転写を、RNAポリメラーゼIIIは5S rRNAやtRNAなどの小分子RNAの転写をそれぞれ担当しています。この機能分担により、真核生物は複雑な遺伝子発現制御を実現しています。
参考)真核生物のRNAポリメラーゼ
真核生物のDNAポリメラーゼについても、5種類(α~ε)が知られています。DNA複製にはα、δ、εが関与し、修復反応には主にβが、ミトコンドリアDNAの複製にはγが関わっています。特にポリメラーゼεは校正活性を持ち、ゲノムメンテナンスにおいて重要な役割を果たすことが最近の研究で明らかになっています。
参考)DNAポリメラーゼ
PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査において最も広く使用されているのがTaqポリメラーゼです。Taqポリメラーゼは好熱菌Thermus aquaticusが産生するDNAポリメラーゼで、90℃以上の高温でも比較的安定であるため、PCRのような熱サイクルを必要とする実験系に適しています。この耐熱性により、PCRの各サイクルで酵素を追加する必要がなく、自動化された効率的な遺伝子増幅が可能になりました。
参考)Taqポリメラーゼ - Wikipedia
Taqポリメラーゼは5'から3'方向へのDNA合成を触媒し、5'から3'方向のエキソヌクレアーゼ活性を持ちますが、3'から5'方向のエキソヌクレアーゼ活性(プルーフリーディング活性)を欠くという特徴があります。このため、DNA複製時に9000ヌクレオチドのうち1ヌクレオチドの割合でエラーを起こすと報告されています。また、Taqポリメラーゼによって複製されたDNAは3'末端にアデニン(A)が突出しており、この特性はTAクローニング法に利用されています。
参考)Taq DNAポリメラーゼ - MOUSECELL
PCRの基本的な原理は、DNAの変性、プライマーのアニーリング、DNA合成という3つのステップを繰り返すことで、目的のDNA配列を指数関数的に増幅させるものです。Taqポリメラーゼを用いたPCR法は、わずか数時間で微量のDNAサンプルを数百万から数十億倍に増幅することができます。
参考)PCR検査ってどんな検査?
PCRに使用されるDNAポリメラーゼには、polⅠ型、α型、混合型の3つのタイプが存在します。polⅠ型は伸長速度が速いものの3'→5'エキソヌクレアーゼ活性がないため、間違った塩基を取り込んだ際の修復ができません。最も一般的なTaqポリメラーゼはこのpolⅠ型に分類されます。
参考)序説 - 動画で学ぶ!PCRの原理 - Cute.Guide…
α型ポリメラーゼは3'→5'エキソヌクレアーゼ活性を有し、複製の正確性が高いという利点があります。しかし、校正作業に時間がかかるためpolⅠ型よりも伸長速度が遅くなります。混合型(LA-PCR用)はpolⅠ型とα型を混合したもので、速くて正確な伸長ができる両方の長所を持っていますが、値段がやや高く保存期間が短いという欠点があります。
近年、ホットスタート型DNAポリメラーゼが開発され、PCRの特異性向上に貢献しています。ホットスタートDNAポリメラーゼは低温条件下では活性を示さず、DNA変性温度において活性化されるため、反応セットアップ中に起こるプライマーダイマーの形成を最小限に抑えることができます。また、より正確な複製を行うPfuポリメラーゼや、正確さと伸長反応の速さを兼ね備えたPhusion DNA polymeraseなど、目的に応じた多様なポリメラーゼが市販されています。
参考)PCR・RT-PCR用酵素の選び方 - M-hub(エムハブ…
PCR検査は現代医療における遺伝子診断の基盤技術として、感染症診断、遺伝子疾患の検査、がん診断など幅広い分野で活用されています。新型コロナウイルス感染症の診断において、PCR検査はウイルスのRNA遺伝子を検出する標準的な方法として世界中で利用されました。RNAウイルスの検出には逆転写(RNA→DNA)を行ってからPCRを実施するRT-PCR法が用いられます。
参考)PCR検査とは?
感染症診断におけるPCR検査の優位性は、その高感度性と迅速性にあります。結核菌(Mycobacterium tuberculosis)の検出において、TB PCRの全体的な感度は78.3%で、培養検査を補完する重要な診断ツールとなっています。マイコプラズマ肺炎の診断においても、PCR検査は血清学的検査よりも優れており、疾患発症後3週間以内にほぼすべての患者を検出できることが報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3768498/
リアルタイムPCR(qPCR)技術の発展により、定量的な遺伝子解析が可能になりました。この技術は、PCRの進行状況をリアルタイムでモニタリングし、標的遺伝子のコピー数を正確に測定できます。Clostridium difficile感染症の診断において、リアルタイムPCRは従来の酵素蛍光法と比較して高い感度、特異性、診断一致率を示しています。また、遺伝子発現レベルの定量的調査や遺伝子変異の研究、染色体分析による疾患や早期出生異常の検出にも利用されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6744010/
Principles and applications of polymerase chain reaction in medical diagnostic fieldsでは、PCR技術が微生物学、ウイルス学、寄生虫学など広範な医療診断分野で革命的な進歩をもたらしたことが詳述されています。
ポリメラーゼεの機能に関する最新研究は、がん治療への新たな応用可能性を示しています。ポリメラーゼεはゲノムDNAを複製する役割を持ち、その校正活性が1本鎖切断損傷に遭遇した際に安全な複製反応の停止を誘導することが明らかになりました。この機構はフォークリバーサルと呼ばれ、これまでほとんど分子機構が不明のままでした。
ポリメラーゼε遺伝子の校正活性に関わる領域の変異は、大腸がんをはじめとする多くのがん細胞で発見されています。このようながん細胞では、1本鎖切断損傷におけるフォークリバーサル機構が不良となっていることが予想され、BRCA遺伝子変異陽性乳がんの治療にすでに用いられている1本鎖切断損傷誘導薬品が有効である可能性が示唆されています。
ポリメラーゼεの校正活性をターゲットとした薬品開発が実現すれば、既存の抗がん治療薬を大幅に増感でき、BRCA遺伝子がん以外の広範ながんの治療への応用も見込まれます。また、ポリメラーゼεの校正活性は、治療前に抗がん剤治療の治療効果を予測するバイオマーカーとして利用できる可能性があります。これらの研究成果は、治療効果の予測や新規の抗がん剤開発などへの応用研究に結びつくことが期待されています。
東京都立大学の研究では、ポリメラーゼεのゲノムメンテナンス機能とがん治療への応用可能性について詳細な解説が公開されています。
| ポリメラーゼの種類 | 主な機能 | プルーフリーディング活性 | 臨床応用 |
|---|---|---|---|
| Taqポリメラーゼ | PCRでのDNA増幅 | なし | 感染症診断、遺伝子検査 |
| Pfuポリメラーゼ | 高精度DNA複製 | あり | 遺伝子配列決定、クローニング |
| ポリメラーゼε | ゲノム複製と修復 | あり | がん治療のバイオマーカー |
| RNAポリメラーゼII | mRNA転写 | なし | 遺伝子発現解析 |
ポリメラーゼに関する理解は、分子生物学の基礎知識としてだけでなく、臨床診断や治療戦略の立案において医療従事者にとって不可欠な知識となっています。各ポリメラーゼの特性を理解することで、より適切な検査法の選択や、患者個別の治療方針決定に貢献することができます。