塩基除去修復(BER)が正常に機能していても、特定の抗がん剤はその修復経路を逆手にとって細胞死を誘導します。
ヌクレオチド除去修復(Nucleotide Excision Repair:NER)は、DNAの二重らせん構造を大きく歪める損傷を認識・除去する修復経路です。代表的な修復対象は、紫外線(UV)照射によって生じるシクロブタン型ピリミジン二量体(CPD)と6-4光産物(6-4PP)、および白金製剤(シスプラチンなど)が形成するDNA付加体(adduct)です。これらの損傷は塩基1~2個にとどまらず、二重らせん全体のねじれを生じるため、「嵩高い損傷(bulky lesion)」と総称されます。
NERは大きく二つのサブ経路に分かれます。全ゲノムNER(GG-NER:Global Genome NER)と、転写共役NER(TC-NER:Transcription-Coupled NER)です。GG-NERはゲノム全体をスキャンし、XPC-RAD23Bタンパク質複合体が歪みを認識します。一方TC-NERは、RNAポリメラーゼIIが損傷部位で停止した際に活性化し、CSB(ERCC6)やCSA(ERCC8)タンパク質が修復複合体を呼び込みます。つまり転写中の遺伝子を優先的に修復する仕組みです。
損傷認識の後、共通の下流ステップが続きます。まずTFIIHに含まれるXPDヘリカーゼとXPBヘリカーゼがDNAを開裂させ、約25〜30塩基分の「バブル構造」を形成します。次にXPA・RPAが損傷の位置を確定し、XPG(3'側)とXPF-ERCC1複合体(5'側)が損傷を含む約25〜30ヌクレオチド断片を切り出します。最後にDNAポリメラーゼδ/εがギャップを埋め、リガーゼIまたはリガーゼIIIがニックを結合して修復完了となります。
NERで関与するタンパク質の数は約30種類にのぼります。これは後述するBERの約10〜15種と比較して倍以上であり、修復プロセスの複雑さを反映しています。一連の過程に欠損が生じると、後述するような深刻な遺伝性疾患へとつながります。
| ステップ | 主要因子 | 機能 |
|---|---|---|
| 損傷認識(GG-NER) | XPC-RAD23B、DDB1-DDB2 | 二重らせんの歪みを検出 |
| 損傷認識(TC-NER) | CSB(ERCC6)、CSA(ERCC8) | 停止したRNAポリメラーゼIIを起点に認識 |
| DNA開裂・バブル形成 | TFIIH(XPD、XPB)、XPA、RPA | 約25〜30塩基分を開鎖・損傷確定 |
| 二本鎖切断(デュアルインシジョン) | XPG(3'側)、XPF-ERCC1(5'側) | 約25〜30nt断片の切り出し |
| ギャップ充填・ライゲーション | DNAポリメラーゼδ/ε、リガーゼI/III | 正常配列の復元と連結 |
参考:NER経路の分子ステップについてはNCBI・Gene Reviewsに詳細なレビューが掲載されています。
NCBI GeneReviews: Xeroderma Pigmentosum(英語)
塩基除去修復(Base Excision Repair:BER)は、DNAの二重らせん構造をほとんど歪めない「小さな塩基損傷」を修復する経路です。修復対象は酸化損傷(8-オキソグアニン:8-oxoGなど)、脱アミノ化損傷(シトシン→ウラシル変換)、アルキル化損傷(3-メチルアデニンなど)であり、これらは細胞の代謝副産物として日常的に発生します。細胞1個あたり1日に約10,000件の酸化的塩基損傷が生じるとされており、BERはそれをほぼリアルタイムで処理する「常時稼働型」の修復システムです。
BERの開始ステップはDNAグリコシラーゼによる損傷塩基の認識・切除です。グリコシラーゼはN-グリコシド結合を加水分解し、塩基のみを除去してAPサイト(脱塩基部位)を生成します。損傷の種類に応じて複数のグリコシラーゼが存在し、8-oxoGにはOGG1(8-オキソグアニンDNAグリコシラーゼ1)、ウラシルにはUNG(ウラシル-DNAグリコシラーゼ)などが対応します。これがBERとNERの決定的な違いです。NERが損傷を含むヌクレオチド断片(約25〜30mer)ごと切り出すのに対し、BERは塩基一つを単独で取り除く精緻な手術のようなものです。
APサイトが生成されると、APエンドヌクレアーゼ1(APE1)がAPサイトの5'側を切断し、一本鎖ニックを形成します。その後のステップはサブ経路によって異なります。「短鎖置換BER(Short-patch BER)」では、DNAポリメラーゼβが1ヌクレオチドを充填しDNAリガーゼIIIα/XRCC1が修復を完了します。「長鎖置換BER(Long-patch BER)」では、DNAポリメラーゼδ/εが2〜13ヌクレオチドを置換合成し、FEN1(フラップエンドヌクレアーゼ1)が余剰な「フラップ」を切除し、最後にDNAリガーゼIが連結します。
結論はシンプルです。NERは「嵩高さ(構造歪み)」で損傷を認識し、BERは「化学的な損傷塩基そのもの」をグリコシラーゼが直接認識します。この認識原理の違いが、修復できる損傷の種類・使われる酵素群・関連疾患のすべてを規定しています。
| 比較項目 | ヌクレオチド除去修復(NER) | 塩基除去修復(BER) |
|---|---|---|
| 主な修復対象 | CPD、6-4PP、白金付加体(嵩高い損傷) | 8-oxoG、ウラシル、3-メチルアデニン(小さな化学損傷) |
| 損傷認識の原理 | 二重らせんの歪み・構造変化 | 損傷塩基の化学的特異性(グリコシラーゼ) |
| 切り出し単位 | 約25〜30ヌクレオチド断片 | 塩基1個(グリコシラーゼ)→ 1〜13nt(ギャップ充填) |
| 主要開始酵素 | XPC-RAD23B / CSB | 各種DNAグリコシラーゼ(OGG1、UNG等) |
| 関与タンパク質数 | 約30種 | 約10〜15種 |
| 関連遺伝性疾患 | 色素性乾皮症(XP)、コケイン症候群 | MUTYHポリポーシス(MAP)、Lynch症候群(間接的) |
NERの機能不全は、複数の深刻な遺伝性疾患として現れます。代表格が色素性乾皮症(Xeroderma Pigmentosum:XP)です。XPは常染色体劣性遺伝疾患であり、XPA〜XPGおよびXPVの8つの相補性グループに分類されます。XPVはNERそのものではなく損傷乗り越え複合ポリメラーゼηの異常ですが、臨床的にXP表現型を示します。
XP患者では、UV照射によるDNA損傷が修復されないまま蓄積し、皮膚がんリスクが一般集団と比較して約1,000倍にのぼることが報告されています(Cleaver JE, 2005)。平均的な皮膚がん発症年齢は8歳前後であり、一般集団の60歳前後と比べて著しく早発します。これは修復能力の喪失がいかに速やかに変異蓄積を引き起こすかを端的に示します。臨床的には光線過敏症、色素異常、角膜混濁、さらに神経症状(XPA型など)が認められます。
コケイン症候群(Cockayne Syndrome:CS)はTC-NERの欠損によって生じます。CSBまたはCSAの変異が原因であり、転写が優先的に障害されます。成長障害、老人様外貌、感音難聴、神経変性が特徴で、がん罹患率はXPほど高くありませんが、予後は不良です。興味深いことに、CSは皮膚がんリスクがXPに比べて顕著に低い点が知られており、これはGG-NERが温存されているためと考えられています。つまりNERのサブ経路の違いが、疾患表現型を大きく左右しています。
医療現場で注意すべき点として、XP患者が手術・検査を受ける際には、紫外線蛍光灯や手術室照明からのUV曝露を最小化するプロトコルが必要です。また、遺伝子診断において相補性グループの同定は治療戦略と予後予測に直結するため、専門施設への紹介が推奨されます。
参考:色素性乾皮症の国内診療ガイドラインおよび患者情報は難病情報センターに掲載されています。
BERの欠損が直接的にがん感受性と結びついた代表例が、MUTYH関連ポリポーシス(MAP:MUTYH-Associated Polyposis)です。MUTYHはアデニン-DNAグリコシラーゼであり、8-oxoGと誤対合したアデニンを除去するグリコシラーゼです。MUTYHが機能不全に陥ると、8-oxoG:Aミスペアが修復されずに残り、G:C→T:Aトランスバージョン変異が蓄積します。これがKRAS・APCなどのがん関連遺伝子変異を促進し、大腸腺腫ポリポーシスを引き起こします。
MAPは常染色体劣性遺伝であり、MUTYH両アレル変異保持者の大腸がんリスクは生涯で約43〜100%に達するとされています(Lubbe SJ et al., 2009)。家族性大腸ポリポーシス(FAP)と臨床像が類似するため、APC遺伝子変異が陰性のポリポーシス症例では、MUTYHの遺伝子検査が推奨されます。つまりBER機能の破綻は大腸がんの直接的な原因になりえます。
一方、BERの中核因子であるPARP1(ポリADPリボースポリメラーゼ1)はBERの早期ステップで活性化し、損傷部位に修復因子を呼び集めるシグナルとして機能します。PARP1がBRCA1/2欠損細胞において合成致死を誘導することは、オラパリブをはじめとするPARP阻害剤の開発根拠となっています。BRCA1/2はDNA二本鎖切断修復(相同組換え修復:HR)の因子であり、HR欠損細胞がBERにも依存することを利用した治療戦略です。これは使えそうです。
さらに最近の研究では、BER因子のOGG1を標的とした阻害剤が、炎症性サイトカイン誘導を抑制する可能性が示されており、がん治療以外にも自己免疫疾患・炎症性疾患への応用が検討されています(Visnes T et al., Science 2018)。BERは単なる「修復経路」にとどまらず、免疫応答の調整にも関わる多機能システムです。
参考:MUTYHポリポーシスの遺伝学的背景については日本遺伝性腫瘍学会の資料が参考になります。
DNA修復経路を治療標的とするアプローチは、「修復を阻害してがん細胞を殺す」という戦略と「修復欠損を手掛かりにした合成致死」という二方向に整理できます。NERとBERはそれぞれ異なる形でこの戦略に組み込まれています。
NERの観点では、シスプラチンやオキサリプラチンなどの白金製剤がDNA付加体を形成し、がん細胞の修復能力を飽和させることで細胞死を誘導します。この際、NER能力が高い腫瘍細胞は白金製剤に対して耐性を示す傾向があり、NER関連遺伝子(特にERCC1-XPF)の発現量が化学療法感受性の予測バイオマーカーとして検討されてきました。非小細胞肺がんにおけるERCC1タンパク質発現と生存率の関係は複数の臨床試験で報告されており(IALT試験など)、現在も精力的に研究が続いています。
BERの観点では、PARP阻害剤が最も成熟した治療応用例です。オラパリブ(Olaparib)、ニラパリブ(Niraparib)、ルカパリブ(Rucaparib)などが卵巣がん・乳がん・膵がん・前立腺がんにおいてBRCA変異陽性例を適応に承認されています。これが原則です。また、PARP阻害剤はBRCA変異以外のHR欠損(HRD)を持つ腫瘍にも有効とされており、「BRCAness」という概念で適応拡大が進んでいます。
医療従事者として臨床的に押さえておくべき点として、DNA修復能の評価は現在、腫瘍の遺伝子パネル検査(例:国内では「がんゲノムプロファイリング検査」)によって実施可能です。国内では2019年より保険適用となったFoundationOne CDxやOncoGuide NCCオンコパネルなどがあり、HRD(相同組換え欠損)スコアや特定の修復遺伝子変異が報告されます。修復経路の知識があれば、これらの検査結果の解釈と治療戦略の立案に直接活用できます。
今後の展望として、NER因子XPA阻害剤やBER因子APE1阻害剤の開発も進んでおり、修復経路の阻害と既存抗がん剤との併用による相乗効果が前臨床試験で示されています。DNA修復経路の理解は、今後ますます個別化医療の中核知識となると言えるでしょう。
参考:がんゲノム医療に関する国内の情報は国立がん研究センターの公式サイトに詳しくまとまっています。
国立がん研究センター:がんゲノム医療情報(がんゲノムプロファイリング検査・HRD等)