ノンレム睡眠の第一段階(N1)は、覚醒状態から睡眠への移行期として重要な役割を担っています 。この段階では、覚醒時のアルファ波(8-13Hz)から、より低周波のシータ波(4-7Hz)へと脳波パターンが変化し、意識レベルが徐々に低下していきます 。
参考)https://banno-clinic.biz/nonrem-sleep/
N1段階は通常数分間という短時間しか持続せず、総睡眠時間のわずか5-10%程度を占めるのみです 。この時期は外部刺激に対する反応性が維持されており、軽い音や振動などで容易に覚醒状態へと戻ることが可能です 。
参考)https://www.jssr.jp/basicofsleep2
筋緊張は徐々に低下し始め、重い頭部を支えきれなくなって典型的な「居眠り」状態が観察されます 。眼球運動についても、ゆっくりとした回転性の動きが特徴的で、急速眼球運動は認められません 。
参考)https://wellness.or.jp/2025/05/20/%E7%9D%A1%E7%9C%A0%E7%94%9F%E7%90%86%E5%AD%A6%EF%BC%9A%E5%A4%9C%E3%81%AE%E4%BC%91%E6%81%AF%E3%81%AE%E8%83%8C%E5%BE%8C%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8B%E7%A7%91%E5%AD%A6/
N2段階は、ノンレム睡眠の中核を成す重要な睡眠段階で、全睡眠時間の約45-55%を占める最も長い睡眠期間です 。この段階の最も特徴的な脳波所見として、睡眠紡錘波(sleep spindles)とK複合体(K-complexes)の出現があげられます 。
参考)https://asitano.jp/article/7757
睡眠紡錘波は12-14Hzの周波数で律動的に連続する脳波パターンで、外部からの刺激を遮断するフィルター機能を果たしていると考えられています 。この機能により、軽微な環境音や触覚刺激による覚醒を防ぎ、睡眠の継続性を保つ重要な役割を担っています。
K複合体は大きな振幅を持つ単発の脳波で、外部刺激に対する脳の応答パターンとして出現します 。N2段階では覚醒閾値が上昇し、N1段階と比較してより強い刺激が覚醒に必要となります 。この段階における情報統合と記憶形成プロセスも重要な生理学的機能として注目されています 。
参考)https://www.jove.com/ja/science-education/v/17790/stages-of-sleep
N3段階は最も深いノンレム睡眠段階で、「徐波睡眠」または「デルタ睡眠」とも呼ばれる特別な睡眠状態です 。この段階の脳波は、1-3Hzの非常に低い周波数を持つ大振幅のデルタ波が優勢となり、睡眠中で最も遅く最も大きな脳波活動を示します 。
デルタ波は大脳皮質ニューロンの膜電位が同調してゆっくりと振動することにより生成され、脳の活動レベルが著しく低下していることを反映しています 。この深い睡眠状態では、外部刺激に対する応答性が最も低くなり、強い刺激でも覚醒させることが困難になります 。
参考)https://first.lifesciencedb.jp/archives/11921
徐波睡眠は神経可塑性に重要な貢献をしており、シナプス結合の強化や記憶の定着プロセスに関与することが明らかになっています 。また、この段階では脳脊髄液の循環が促進され、日中に蓄積された代謝産物や老廃物の排出が活発に行われます 。
参考)https://www.amed.go.jp/news/seika/kenkyu/20210901.html
ノンレム睡眠、特にN3段階の深い睡眠時には、成長ホルモン(GH)の分泌が著明に増加することが確認されています 。成長ホルモンは下垂体前葉から分泌される重要なペプチドホルモンで、睡眠初期の最初の90分間で最も大量に分泌されます 。
参考)https://nemuri-supporters.nttparavita.com/blog/column0017
成長ホルモンの分泌は、深いノンレム睡眠中の特徴的な徐波活動と密接に関連しており、デルタ波の出現パターンと同期して最大となります 。この分泌パターンは、視床下部の成長ホルモン放出ホルモン(GHRH)ニューロンの活動リズムと、ソマトスタチンによる抑制制御のバランスによって調節されています。
参考)https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20210902_n01/
成人における血中成長ホルモン濃度が最も高くなる総睡眠時間は7時間前後とされており、睡眠時間の短縮は成長ホルモン分泌量の著明な減少を引き起こします 。このホルモンは細胞修復、タンパク質合成、脂肪分解の促進、糖代謝の調節、免疫機能の向上など、生命維持に不可欠な多様な生理学的機能を調節しています 。
参考)https://www.fureaikanpou.com/post/%E3%83%8E%E3%83%B3%E3%83%AC%E3%83%A0%E7%9D%A1%E7%9C%A0%E3%81%A8%E3%83%AC%E3%83%A0%E7%9D%A1%E7%9C%A0-%E4%B8%8D%E7%9C%A0%E7%97%87-%E3%81%9D%E3%81%AE4
近年の神経科学研究により、ノンレム睡眠が記憶の定着と再編成において極めて重要な役割を果たすことが明らかになってきました 。特に宣言的記憶(言語で説明可能な知識や出来事に関する記憶)の長期記憶への転送は、主にノンレム睡眠中に行われることが実験的に証明されています。
参考)https://www.riken.jp/press/2025/20250130_1/index.html
2025年の理化学研究所の最新研究では、情動を伴う学習時に同期発火した扁桃体-大脳皮質の神経細胞集団が、ノンレム睡眠時に扁桃体を起点として再び同期発火することで、情動にひもづいた記憶を強く定着させるメカニズムが解明されました 。従来はレム睡眠が情動記憶処理の中心的役割を担うとされてきましたが、この研究結果はノンレム睡眠の重要性を支持する画期的な発見となっています。
また、2023年の理化学研究所の研究では、ノンレム睡眠中のシナプス可塑性が神経細胞間の情報伝達を最大化する「情報量最大化学習則」という新しい理論的枠組みが提唱されました 。この理論は、徐波のアップ・ダウン状態の役割や、徐波の空間スケールに応じた機能的差異を説明し、睡眠の根本的意義を「情報伝達の向上」という観点から解明する可能性を示しています。
参考)https://www.riken.jp/press/2023/20230112_1/index.html
情動記憶強化における扁桃体-大脳皮質間協調活動の詳細な神経メカニズム
ノンレム睡眠中の徐波とシナプス可塑性に関する情報量最大化学習理論