低マグネシウム血症は投与終了後も続くため、退院後に症状が悪化して患者が救急搬送されるケースがあります。
ネシツムマブ(商品名:ポートラーザ点滴静注液800mg)は、上皮成長因子受容体(EGFR)に対する遺伝子組換えヒトIgG1モノクローナル抗体であり、2019年11月に日本で販売が開始されました。製造販売は日本化薬株式会社が担っています。添付文書上の効能・効果は「切除不能な進行・再発の扁平上皮非小細胞肺癌」の1つのみです。
この適応範囲は、医療従事者が特に意識しておくべき点です。非小細胞肺癌の中でも腺癌や大細胞癌には適応がなく、あくまで扁平上皮型に限定されています。国内試験(JFCM試験)の部分集団解析では、EGFRのHスコア=0の症例(12例)ではハザード比が0.78(95%CI:0.27–2.25)と明確な生存延長が示されていない一方、Hスコア>0(75例)ではハザード比0.62(95%CI:0.43–0.89)と良好な結果が得られています。
Hスコアが0の症例への投与は効果が不明確です。添付文書の「5.2 効能・効果に関連する注意」には「臨床成績を熟知し、本剤の有効性及び安全性を十分に理解した上で、適応患者の選択を行うこと」と明記されており、患者選択の段階から添付文書の臨床成績欄の精読が求められます。
また、添付文書の「5.1」には「術後補助療法における有効性及び安全性は確立していない」と明記されています。外科切除後の再発予防目的での使用は適応外となる点も見落とされやすいポイントです。これは基本です。
なお、本剤の開発経緯についてはPMDAの審議結果報告書でも確認できます。
PMDA:ポートラーザ点滴静注液800mg 審議結果報告書(2019年)
添付文書に規定されている用法・用量は、ゲムシタビン及びシスプラチンとの3剤併用投与です。通常、成人にはネシツムマブとして1回800mgを「およそ60分」かけて点滴静注し、週1回投与を2週連続し、3週目は休薬します。これを1コースとして繰り返します。
「60分」という投与時間は単なる目安ではありません。添付文書「14.1.6」にはネシツムマブ800mg(50mL)を日局生理食塩液200mLと混和し、合計250mLとして使用することが規定されています。また、投与終了後はラインを生理食塩液でフラッシュすることも要件です(14.2.2)。調製には日局生理食塩液のみ使用し、ブドウ糖溶液との配合は避けてください(14.1.5)。
調製後の安定性にも注意が必要です。冷蔵保存(2〜8℃)では24時間以内、室温保存(30℃以下)では4時間以内に投与を開始する必要があります(14.1.8)。4時間という制限は、通常の点滴調製業務の感覚と比較すると短めです。意外ですね。
減量が必要な場合、添付文書「7. 用法・用量に関連する注意」に詳細な休薬・減量基準が定められています。皮膚障害のグレード3では休薬し、6週間以内にグレード2以下に回復すれば400mgで再開可能です。その後、問題なければ600mg→800mgと段階的に増量できます。3回目の減量が必要となった場合は投与中止となります。減量手順は複数段階あるため、チームで事前に共有しておくことが重要です。
ネシツムマブの重大な副作用の中で、発現頻度が最も高いのが低マグネシウム血症(26.4%)です。4人に1人以上が経験する副作用ということになります。国内試験(JFCM試験)のデータでは、有害事象共通用語規準のグレード3以上の低マグネシウム血症は23.4%に達しています。
低マグネシウム血症の症状は、倦怠感・筋痙縮・振戦などが代表的ですが、初期段階では自覚症状が出にくく、定期的な血清電解質測定なしには発見が遅れることがあります。添付文書「8. 重要な基本的注意」には、投与開始前・投与中・投与終了後を通じて「血清中電解質(マグネシウム、カルシウム、カリウム及びリン)をモニタリングすること」と明記されています。
ここで重要なのは「投与終了後」もモニタリングが必要とされている点です。マグネシウムを補充しても再び低下するケースがあり、外来移行後も測定を継続する管理体制の構築が求められます。投与終了後も油断は禁物です。
モニタリングの実務では、各コースの投与日前に血清電解質値を確認するフローを組み込み、基準値を下回った場合の対応プロトコルを院内で整備しておくことが推奨されます。重度の症候性低マグネシウム血症(Mg 1.25 mg/dL未満)では、硫酸マグネシウムの静注補充が必要となる場合もあり、レジメン指示書にあらかじめ補充薬剤を記載している施設も見られます。電解質補充が条件です。
PMDA公開のRMPでも低マグネシウム血症は安全性重要事項として指定されており、定期モニタリングの重要性が強調されています。
PMDA:ポートラーザ リスク管理計画(RMP)−安全性検討事項と対策の詳細
ネシツムマブの添付文書で特に注目すべき安全性情報が、血栓塞栓症と心肺停止に関するデータです。添付文書「15.1.2」(その他の注意)には、海外第Ⅲ相試験(SQUIRE試験)における「原因不明の心肺停止」の発現率について、GC群(ゲムシタビン+シスプラチン)では0.6%であったのに対し、GC+N群(ネシツムマブ併用群)では2.8%と、約4.7倍高い傾向が報告されています。
この記載は警告枠ではなく「その他の注意」に位置しているため、見落とされやすい情報です。しかし臨床的な意義は決して小さくありません。GC+N群における死亡例15例中12例が、本剤の最終投与から30日以内に死亡しており、血栓塞栓症が関与した可能性を排除できないと添付文書は述べています。
重大な副作用として記載されている血栓塞栓症の頻度も確認しておきましょう。
添付文書「9.1.1」には「血栓塞栓症又はその既往歴のある患者」は特定の背景を有する患者として注意が必要と明記されています。SQUIRE試験の解析では、動脈血栓塞栓症の既往歴がある患者では、既往歴のない患者と比較して動脈血栓塞栓症発現の相対リスクが約2.696倍高いことが示されています。既往歴は必ず確認が条件です。
投与前のリスク評価として、問診・画像検査による血栓症の確認、投与中は下腿浮腫や突然の呼吸困難などの観察が重要になります。また、間質性肺疾患の既往がある患者も「9.1.2」で注意対象に挙げられており、肺症状の変化にも注意が必要です。
ネシツムマブで最も頻度が高い副作用が皮膚障害であり、国内試験(JFCM試験)では78.5%と8割近い患者に何らかの皮膚症状が出現しています。内訳は、ざ瘡様皮膚炎(78.9%)、皮膚乾燥(52.2%)、爪囲炎(48.9%)、そう痒(7.8%)、手掌・足底発赤知覚不全症候群(6.7%)などです。
これはEGFR阻害薬に共通した副作用メカニズムによるものです。EGFRは正常な皮膚細胞の分化にも関与しているため、EGFRを阻害すると角化異常や皮脂腺・毛包の障害が生じやすくなります。ざ瘡様皮疹は顔面・前胸部・背部に集中して出現しやすく、患者のQOLに直接影響する症状です。
重度皮膚障害(グレード3以上)の発現率は8.3%です。重度皮膚障害として添付文書「11.1.5」に記載されているのは、ざ瘡様皮膚炎(1.9%)や多形紅斑(0.2%)などです。グレード3の硬結・線維化では休薬の基準が設けられており、グレード4では直ちに投与中止となります。
皮膚障害への対策として、投与開始前からの予防的スキンケアが重要です。日焼け止めの使用、保湿剤の塗布、刺激の少ない洗顔料の選択などを、投与開始前から患者に指導することが推奨されています。これは使えそうです。
| 皮膚障害の種類 | 国内試験(JFCM)頻度 | 海外試験(SQUIRE)頻度 |
|---|---|---|
| 皮膚障害(全体) | 95.6% | 75.7% |
| ざ瘡様皮膚炎 | 78.9% | 15.1% |
| 皮膚乾燥 | 52.2% | 5.9% |
| 爪囲炎 | 48.9% | 5.8% |
なお、国内試験と海外試験でざ瘡様皮膚炎の頻度に大きな差(78.9% vs 15.1%)があることは見落とされやすい点です。海外試験の数字だけを参照している場合、実際の臨床で想定より高い頻度で皮膚症状が出現し、患者・家族への説明が不十分だったと感じる場面が生じることがあります。国内データの確認が必須です。
皮膚障害対策の詳細については、EGFR系阻害薬の皮膚障害に関する専門的な情報源も参考になります。