NK(ナチュラルキラー)細胞は、白血球の一種であるリンパ球の約10~30%を占める免疫細胞です。文字通り「生まれつきの殺し屋」として機能し、体内を常時パトロールしながら異常細胞を監視しています。
NK細胞の最大の特徴は、T細胞やB細胞のような獲得免疫とは異なり、事前の活性化や抗原提示を必要とせずに標的細胞を攻撃できることです。この即応性により、がん細胞やウイルス感染細胞が体内に現れた瞬間から攻撃を開始することが可能となっています。
NK細胞は「MHC(主要組織適合遺伝子複合体)クラスI欠失認識システム」という独特な標的認識機構を持っています。正常な細胞表面には「MHCクラスI」という分子が発現していますが、細胞ががん化したりウイルス感染を受けると、この分子が消失することがあります。
NK細胞は常にMHCクラスIの存在をチェックしており、この分子が欠失している細胞を異常と判断して攻撃対象とします。このシステムにより、正常細胞への誤った攻撃を回避しながら、効率的に異常細胞を排除することができます。
また、NK細胞表面には活性化受容体と抑制性受容体が存在し、これらのバランスによって攻撃の実行が決定されます。標的細胞からの「攻撃せよ」というシグナルが「攻撃するな」というシグナルを上回った時に、NK細胞は攻撃を開始します。
NK細胞が標的細胞を攻撃する際には、主に2つのメカニズムを使用します。第一の方法は、グランザイムとパーフォリンという細胞毒性分子の分泌です。パーフォリンが標的細胞の膜に穴を開け、グランザイムがその穴を通って細胞内に侵入し、細胞死を誘導します。
第二の方法は、Fasリガンドなどの細胞死誘導分子の発現による攻撃です。これらの分子が標的細胞表面の死受容体と結合することで、アポトーシス(プログラム細胞死)を誘発します。
攻撃プロセスは以下のように進行します。
この攻撃メカニズムは非常に強力で、健康な人でも一日に数千個発生するとされるがん細胞の除去に重要な役割を果たしています。
NK細胞の活性は年齢や生活習慣、ストレス状態などによって大きく変動します。特に注目すべき点は、NK細胞の数と活性は20歳頃をピークとして徐々に減少することです。これが40歳以降にがんの発症率が急激に上昇する要因の一つと考えられています。
NK細胞活性を向上させる要因として、以下が報告されています。
また、LPS(リポポリサッカライド)という物質がNK細胞を活性化することが実験的に確認されています。LPSはグラム陰性細菌の外膜成分で、玄米や根菜類、海藻類などの食品に含まれており、自然な免疫力向上に寄与する可能性があります。
一方、免疫抑制状態や慢性的なストレス、栄養不良、加齢などはNK細胞活性を低下させる要因となります。これらの状態では、がん細胞やウイルス感染細胞に対する監視能力が低下し、疾患リスクが上昇する可能性があります。
近年、NK細胞の優れた抗腫瘍効果を活用したNK細胞療法が注目を集めています。この治療法では、患者の血液からNK細胞を採取し、体外で増殖・活性化させた後、点滴によって体内に戻すことで、より強力ながん細胞攻撃を実現します。
従来のT細胞を用いた免疫療法と比較して、NK細胞療法には以下の利点があります。
さらに、iPS細胞技術を活用したNK細胞の大量培養や、CAR(キメラ抗原受容体)技術を応用したCAR-NK細胞療法の開発も進んでいます。これらの技術により、より効率的で標的特異性の高い治療が可能になると期待されています。
また、NKT(ナチュラルキラーT)細胞を用いた治療法も開発されており、NK細胞とT細胞の両方の特性を活用した新しいアプローチとして研究が進められています。
現在、多くの医療機関でNK細胞療法が「自由診療」として提供されており、健康な方からがん患者まで幅広い対象に適用されています。今後の臨床データの蓄積により、さらなる治療効果の向上と適応拡大が期待されます。
これらの次世代免疫治療戦略は、従来の化学療法や放射線療法では困難だった個別化医療やprecision medicineの実現に向けた重要な一歩となっており、がん治療の新たなパラダイムを築く可能性を秘めています。