メニエール病は、内耳の疾患であり、主に「内リンパ水腫」というメカニズムにより引き起こされます。内耳にある前庭や蝸牛の中でリンパ液の循環が滞ることで、浮腫み(水ぶくれ)が生じ、神経伝達が正常に行われなくなることが原因です。
主な症状としては、以下の三徴候が特徴的です。
これらの症状に加えて、悪心・嘔吐、耳閉感(耳が詰まった感じ)なども伴うことがあります。発作の頻度や強さは個人差が大きく、数か月に1回程度の軽症例から、週に数回の重症例まで様々です。
メニエール病の発症年齢は20歳から50歳の間にピークがあり、特に几帳面で真面目な性格の方に多く見られます。精神的過労、肉体的過労、睡眠不足などが発症要因として挙げられます。また、気象条件も影響し、梅雨や台風による気圧の変化によって発作が誘発されることがあります。
内リンパ水腫の発生機序については、まだ完全には解明されていませんが、内リンパ嚢の機能不全、内リンパ吸収障害、内リンパ産生過剰などの要因が複合的に関与していると考えられています。また、ストレスによる自律神経の乱れも重要な誘因となります。
メニエール病の診断は、典型的な症状の確認と他疾患の除外によって行われます。日本めまい平衡医学会が定める診断基準では、以下のポイントが重要です。
診断に用いられる主な検査方法は以下の通りです。
聴力検査
メニエール病では特徴的な聴力像を示します。初期には低音域(125Hz、250Hz、500Hz)の聴力低下が見られ、発作を繰り返すことで次第に全周波数に及ぶ感音難聴へと進行します。発作間欠期には聴力が回復することもありますが、発作を繰り返すごとに難聴が固定化していく傾向があります。
グリセロールテスト
内リンパ水腫の存在を間接的に確認する検査です。グリセロールを内服することで浸透圧利尿作用により内リンパ圧が低下し、一時的に聴力が改善するかを確認します。改善が見られれば陽性と判断し、内リンパ水腫の存在を支持する所見となります。
蝸電図検査
内耳の電気的活動を記録する検査で、メニエール病患者では特徴的な波形変化(SP/AP比の増大)が認められます。この検査は内リンパ水腫の存在を示す客観的な指標となりますが、施行できる施設が限られます。
眼振検査・前庭機能検査
めまい発作時には、患側と反対側に向かう水平回旋混合性眼振が観察されます。また、カロリックテストにより前庭機能の低下を評価することができます。
画像検査
MRIなどの画像検査は、聴神経腫瘍や脳幹・小脳病変など他疾患の除外に有用です。近年では、ガドリニウム造影MRIの遅延撮影(内リンパ腔と外リンパ腔を区別して描出する技術)により、内リンパ水腫を視覚化することも可能になってきています。
こうした検査を組み合わせることで診断の精度を高めますが、現時点でメニエール病を確定診断できる単一の検査法はありません。臨床症状と経過観察、複数の検査結果を総合して診断することが重要です。
メニエール病の治療は、急性期(発作時)の対症療法と発作予防の二つのアプローチに分けられます。薬物療法はその中心的役割を担っています。
急性期(めまい発作時)の薬物療法
発作時には以下の薬剤が用いられます。
これらの薬剤は症状に応じて組み合わせて使用されます。発作が重篤な場合は入院の上、点滴による治療が行われることもあります。
発作予防のための薬物療法
メニエール病の発作予防には、内リンパ水腫を改善する薬剤が中心となります。
イソソルビドは非カリウム喪失性の浸透圧利尿薬で、メニエール病治療の第一選択薬として広く使用されています。内リンパ液の産生を抑制し、内リンパ水腫を改善する効果があります。日本では「イソバイド®」の商品名で処方され、通常1日3回の内服で開始します。効果が確認できれば徐々に減量していきます。
ヒスタミンH1受容体作動薬であり、内耳の血流を改善する効果があります。日本では「メリスロン®」として処方されることが多く、めまい発作の予防に有効とされています。
五苓散(ごれいさん)や柴苓湯(さいれいとう)などの利水作用を持つ漢方薬も内リンパ水腫の改善に効果があるとされています。特に、体質や随伴症状に応じて選択されることがあります。
難治例に対しては、ステロイドの全身投与や鼓室内注入が考慮されることもあります。鼓室内注入は内耳に直接作用させる方法で、全身的な副作用を軽減できるメリットがあります。
利尿薬による治療は比較的安全で非侵襲的ですが、効果の現れ方には個人差があります。治療効果の判定には少なくとも2〜3か月の継続投与が必要です。また、腎機能障害や重度の心疾患がある患者では使用に注意が必要です。
薬物療法の効果を高めるためには、後述する生活指導(減塩食、ストレス管理など)との併用が重要です。60-80%の患者は適切な薬物療法と生活指導の組み合わせによって症状のコントロールが可能とされていますが、残りの患者では外科的治療が検討されることになります。
薬物療法や生活環境の改善によっても症状のコントロールが困難な難治例に対しては、手術療法が検討されます。メニエール病に対する手術治療は大きく保存的手術と破壊的手術に分けられます。
保存的手術(機能温存手術)
最も一般的な保存的手術法です。乳様突起を削開して内リンパ嚢にアクセスし、内リンパ嚢を開放することで内リンパ液の排出路を確保します。また、内リンパ嚢にシャントチューブを設置して持続的な排液を促す変法もあります。聴力を保存しながらめまい発作を抑制することが目的です。成功率は70-80%程度とされていますが、長期成績は不安定な場合もあります。
手術ほど侵襲的ではない方法として、鼓膜に装着した圧力発生装置(メニエット)を用いて中耳腔に間欠的な圧力を加え、内リンパ圧を調整する治療法です。外来で実施可能で、一定の効果が報告されていますが、長期的な有効性については更なる研究が必要とされています。
破壊的手術(前庭機能破壊術)
内耳の聴覚機能は温存しつつ、めまいを引き起こす前庭神経だけを選択的に切断する手術です。高度な技術を要しますが、聴力を保存しながら95%以上の高い確率でめまいをコントロールできるとされています。
アミノグリコシド系抗生物質であるゲンタマイシンは前庭毒性を有することが知られています。この性質を利用して、鼓膜を通じて中耳腔にゲンタマイシン溶液を注入し、内耳前庭機能を化学的に破壊します。外来で行える比較的低侵襲な治療法ですが、聴力低下のリスクがあります。近年は低濃度・少量投与法により聴力への影響を最小限に抑える工夫がなされています。
最も確実にめまいを抑制できる方法ですが、手術側の聴力は完全に失われます。そのため、すでに高度難聴がある場合や、他の治療法が無効であった最終手段として選択されます。
手術療法の適応基準
手術治療の適応は一般的に以下の条件を満たす場合に検討されます。
特に破壊的手術を選択する際には、聴力状態や両側性病変の可能性、患者の年齢や全身状態などを総合的に評価することが重要です。両側性メニエール病の場合、両側の前庭機能を破壊すると平衡障害が永続するリスクがあるため、慎重な判断が必要です。
手術治療法の選択には専門医による詳細な評価と患者との十分な話し合いが不可欠であり、個々の患者の状況に応じたテーラーメイドの治療方針を立てることが重要です。
メニエール病の治療において、薬物療法や手術療法と並んで重要なのが生活習慣の改善です。適切な生活管理により発作の頻度や重症度を軽減できることが多くの臨床経験から示されています。
減塩食の実践
塩分の過剰摂取は体内の水分貯留を促し、内リンパ水腫を悪化させる可能性があります。そのため、メニエール病患者には1日の食塩摂取量を6g以下に抑える減塩食が推奨されています。
具体的な減塩のポイント。
食事記録をつけることで塩分摂取量を把握し、徐々に減塩に慣れていくことが大切です。
水分摂取のバランス
過度の脱水も内リンパ液の濃縮を招き、症状を悪化させる可能性があります。一方で、急激な大量の水分摂取は体液バランスを乱すことがあります。適切な水分摂取を心がけ、アルコールやカフェインの過剰摂取は避けることが望ましいです。
「水分摂取療法」と呼ばれる方法もありますが、心臓病や腎臓病などの持病がある場合は医師と相談の上で行う必要があります。
ストレス管理の重要性
メニエール病は精神的ストレスによって誘発・悪化することが知られています。几帳面で真面目な性格の方に多いとされ、過度な責任感やプレッシャーが発症に関与している可能性があ