マルスタシマブの効果と副作用:血友病治療の新選択肢

2025年3月に発売された血友病治療薬マルスタシマブの効果と副作用について、作用機序から臨床データまで詳しく解説。医療従事者が知っておくべき重要な情報とは?

マルスタシマブの効果と副作用

マルスタシマブの基本情報
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抗TFPIモノクローナル抗体

組織因子経路インヒビターを阻害し、外因系凝固経路を活性化

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週1回皮下投与

初回300mg、以降150mg(体重50kg以上で効果不十分時は300mg)

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主な副作用

注射部位反応(11.2%)、そう痒症、血栓塞栓性事象(重大な副作用)

マルスタシマブの作用機序と血友病への効果

マルスタシマブ(商品名:ヒムペブジ皮下注150mgペン)は、2024年12月27日に承認され、2025年3月24日に発売された抗TFPIモノクローナル抗体薬です。本剤は血友病Aおよび血友病Bの患者における出血傾向の抑制を目的として開発されました。

 

血友病では内因系の血液凝固反応が機能しないため、外因系経路の活用が重要となります。マルスタシマブは組織因子経路インヒビター(TFPI)を選択的に阻害することで、外因系血液凝固カスケードを増強します。TFPIは通常、活性型血液凝固第Ⅹ因子の働きを抑制していますが、マルスタシマブがこの阻害を解除することで、第Ⅶa因子による第Ⅹa因子の産生が促進され、最終的にフィブリンの産生も増加します。

 

国際共同第3相試験(BASIS試験)では、マルスタシマブの定期投与により年間出血率が大幅に改善されました。出血時補充療法群では観察期間の年間出血率38.00回/年に対し、マルスタシマブ投与期間では3.18回/年と91.6%の減少を示しました。また、定期補充療法群でも7.85回/年から5.08回/年へと有意な改善が認められています。

 

マルスタシマブの副作用プロファイルと安全性

マルスタシマブの副作用発現頻度は19.8%(23/116例)と報告されており、比較的良好な安全性プロファイルを示しています。最も頻度の高い副作用は注射部位反応で11.2%の患者に認められ、具体的には紅斑、そう痒感、腫脹、出血、浮腫、硬結、疼痛などが含まれます。

 

3%以上の副作用:

3%未満の副作用:

重大な副作用として血栓塞栓性事象(頻度不明)およびショック、アナフィラキシー(いずれも頻度不明)が挙げられています。特に血栓塞栓性事象については、ラットを用いた6ヵ月間反復投与毒性試験において、臨床曝露量の7.6倍に相当する用量から血栓形成が認められており、血栓形成に対する無影響量および安全域は得られていません。

 

マルスタシマブの用法・用量と投与上の注意

マルスタシマブの用法・用量は、通常12歳以上かつ体重35kg以上の患者に対して、初回に300mgを皮下投与し、以降は1週間隔で1回150mgを皮下投与します。体重50kg以上で効果不十分な場合には、1週間隔で1回300mgに増量して皮下投与することが可能です。

 

投与に際しては以下の点に注意が必要です。
投与前の準備:

  • 冷蔵庫から取り出し、直射日光を避けて外箱に入れたまま15~30分間かけて室温(30℃以下)に戻す
  • プレフィルドペン製剤のため、薬剤調製は不要
  • 在宅自己注射が可能

投与上の制限:

  • 出血傾向の抑制を目的とした定期的な投与のみに使用
  • 出血時の止血を目的とした投与は行わない
  • 12歳未満の小児を対象とした臨床試験は実施されていない

類薬のアレモ皮下注(コンシズマブ)が毎日投与かつ体重に応じた投与量であるのに対し、マルスタシマブは週1回の固定用量投与であり、患者の利便性が向上しています。

 

マルスタシマブの薬物動態と特殊集団での使用

マルスタシマブの薬物動態については、日本人および外国人健康成人男性を対象とした単回投与試験が実施されています。300mg単回皮下投与時の薬物動態パラメータは、日本人でCmax 18.5μg/mL、AUClast 3551μg・h/mL、半減期74.7~122時間と報告されています。

 

定常状態における薬物動態では、成人と青年で異なるプロファイルを示します。成人ではCmin,ss 8.32μg/mL、Cmax,ss 12.8μg/mL、AUCss 1910μg・h/mLであるのに対し、青年ではより高い血中濃度が維持されます(Cmin,ss 23.4μg/mL、Cmax,ss 30.5μg/mL、AUCss 4720μg・h/mL)。

 

特殊集団での使用における注意点:
高齢者: 一般に生理機能が低下していることが多いため、患者の状態を観察しながら慎重に投与する必要があります。
妊婦: 治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与します。雌動物を用いた生殖発生毒性試験は実施されておらず、ヒトIgGは胎盤を通過することが知られているため、胎児および出生児における血栓形成リスクが否定できません。
小児: 12歳未満の小児を対象とした臨床試験は実施されていないため、この年齢層での安全性および有効性は確立されていません。現在、1~18歳未満の小児患者を対象としたBASIS KIDS試験が実施中です。

マルスタシマブと既存治療法の比較における臨床的意義

マルスタシマブは、既存の血友病治療法と比較して独特の臨床的意義を持ちます。従来の凝固因子補充療法では、血友病Aで約20%、血友病Bで約3%の患者にインヒビターが産生され、治療が困難になる場合がありました。

 

既存治療法との比較における優位性:
マルスタシマブは血液凝固第VIII因子または第IX因子に対するインヒビターを保有しない患者を対象としていますが、その作用機序から理論的にはインヒビター保有患者にも効果が期待されます。実際、類薬のアレモ皮下注(コンシズマブ)はインヒビターの有無に関わらず使用可能であり、マルスタシマブも今後の適応拡大が期待されています。

 

投与頻度の利便性: 週1回投与というマルスタシマブの投与スケジュールは、毎日投与が必要な類薬と比較して患者のQOL向上に寄与します。また、固定用量での投与が可能なため、体重に応じた用量調整が不要です。
薬価と医療経済学的側面: マルスタシマブの薬価は883,108円/キットと設定されており、週1回投与を考慮すると年間約4,600万円の薬剤費となります。高額ではありますが、出血による入院や合併症の予防効果を考慮した医療経済学的評価が重要です。
長期安全性データの蓄積: 国際共同第III相延長試験(B7841007試験)では、投与期間中央値193日での副作用発現が継続的に評価されており、長期使用における安全性プロファイルの確立が進んでいます。
マルスタシマブは血友病治療における新たな選択肢として、特に従来の補充療法で十分な効果が得られない患者や、より利便性の高い治療を求める患者にとって重要な治療選択肢となることが期待されます。ただし、血栓塞栓性事象のリスクを十分に理解し、適切な患者選択と継続的なモニタリングが不可欠です。

 

医療従事者向けの詳細な添付文書情報
https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00071599.pdf
ファイザー社の製品情報および臨床試験データ
https://www.pfizer.co.jp/pfizer/company/press/2025/2025-03-24