クレピタスとは、顎関節における持続時間の長い摩擦音(捻髪音)を指し、特に変形性顎関節症の特徴的な症状の一つです。これは単発的な「クリック音」とは明確に区別されます。クリック音が関節円板の位置異常に関連する短い単音であるのに対し、クレピタスは関節表面の退行性変化に伴う持続性の音として現れます。
変形性顎関節症において、クレピタスは以下の病理学的変化を反映しています。
特に注目すべき点として、クレピタスの発現は疾患の進行段階を示す重要な指標となります。クレピタスが確認される場合、単なる関節円板障害から骨構造の変化を伴う段階へと病態が進行していることを示唆します。医療従事者はこの音を注意深く評価し、適切な診断・治療方針の決定に活用する必要があります。
また、クレピタスの特性(音の大きさ、持続時間、発生タイミング)は病態の進行度を反映することがあり、継時的な変化の観察が重要です。患者自身も自覚できる症状であるため、自己モニタリングの指標としても活用できます。
クレピタスを正確に評価するためには、系統的な診断アプローチが不可欠です。以下に診断手順と各検査の特徴を示します。
診断においては、「顎関節症と鑑別を要する疾患あるいは障害」を適切に除外することが重要です。特に以下の疾患はクレピタスに類似した症状を呈することがあります。
クレピタスの診断的意義は高いものの、単独の所見での確定診断は避け、総合的な評価を行うことが望ましいでしょう。
クレピタスを伴う変形性顎関節症の治療は、病態の進行度や患者の症状に応じて選択します。以下に主な治療法とその効果・副作用を示します。
1. 保存的治療
薬物療法。
理学療法。
アプライアンス療法。
2. 専門的治療
関節腔洗浄療法。
ヒアルロン酸注入。
3. 外科的療法
顎関節鏡視下手術。
人工関節置換術。
治療選択においては、変形性顎関節症が加齢とともに自然経過として発症頻度が高まることを考慮し、過度な侵襲的治療は慎重に検討する必要があります。また、非復位性顎関節円板障害例の約半数に変形性顎関節症が続発することから、早期の適切な介入が重要です。
クレピタスを伴う顎関節症は、患者の生活の質に大きく影響する可能性があります。音が発生する違和感や不安感から社会的活動を控えるなど、心理的影響も無視できません。以下にその管理方法を示します。
患者教育とセルフケアの重要性
顎関節症の初期治療では「顎関節症の説明」「疾患教育とセルフケアの指導」が共通治療として挙げられています。特にクレピタスに関しては。
が重要です。
心理社会的アプローチ
顎関節症が慢性疼痛化している場合には、「心身医学・精神医学的な対応」が専門治療として推奨されています。クレピタスの患者においても。
などが効果的です。
特に、日常生活での発症・増悪因子(環境因子)として「緊張する仕事、多忙な生活、対人関係の緊張など」が指摘されており、これらへの対応が症状管理において重要です。
「メインテナンスと顎関節症安定期治療」を適切に行うことで、クレピタスの進行抑制と症状の安定化を図ることができます。患者自身が症状をモニタリングし、医療従事者と協働して長期的な管理を行う体制構築が望ましいでしょう。
クレピタスを含む顎関節症の患者数と治療効果について、疫学データから考察します。
発症頻度と性差
「平成28年歯科疾患実態調査」によると、顎関節に何らかの症状がみられる患者数は約1900万人と推定されています。また、顎関節の痛みを自覚する者の割合は。
と報告されており、女性に多い傾向がみられます。
別の調査では、顎関節症の疑いは就労者において。
と高い割合で存在することが示されています。
受診状況と治療効果
日本における保険医療での顎関節症関連治療(床副子)の請求件数は。
と推定されています。これは推定患者数からするとまだ未受診の患者が多いことを示唆しています。
クレピタスを伴う変形性顎関節症の長期的予後については、以下の特徴があります。
これらの疫学データから、クレピタスを伴う顎関節症は適切な介入なしでは進行することが多いものの、初期の適切な対応により症状の安定化が期待できると考えられます。特に「顎関節症治療の指針2024(案)」で示されている体系的なアプローチに従った治療提供が重要です。
治療効果の予測因子
クレピタスに対する治療効果を予測する因子
などが挙げられます。特に早期介入の重要性が強調されており、クレピタスが確認された時点での適切な治療開始が予後改善に寄与すると考えられます。
以上のように、クレピタスは顎関節症、特に変形性顎関節症の重要な症状であり、その適切な評価と管理は患者のQOL向上に直結します。効果的な治療介入と副作用の最小化を図るためには、病態の正確な理解に基づいた系統的アプローチが不可欠です。また、定期的な経過観察と患者教育を通じて、長期的な症状管理を実現することが重要です。
医療従事者は「顎関節症治療の指針」を参考に、エビデンスに基づいた適切な介入を行い、患者個々の状況に応じたオーダーメイドの治療提供を心がけましょう。クレピタスという一見小さな症状も、患者の生活に大きな影響を与える可能性があることを常に念頭に置いた診療が求められます。