ハーセプチン(トラスツズマブ)は、抗HER2ヒトモノクローナル抗体として開発された分子標的薬です 。従来の抗がん剤とは異なり、HER2(ヒト上皮成長因子受容体2)タンパク質に特異的に結合する設計により、正常細胞への影響を最小限に抑えながらがん細胞を攻撃します 。
参考)https://ubie.app/byoki_qa/medicine-clinical-questions/m0duzoexnsrr
HER2は細胞の増殖シグナルに関与する受容体で、乳がんや胃がんの一部で正常より過剰に発現している場合、がん細胞の増殖が速く、治療に対する反応が乏しいことが知られています 。この特性を利用したハーセプチンは、2001年の乳がん治療への適応承認以来、がん治療の分野で革新的な役割を果たしています 。
参考)https://oncolo.jp/drugs/herceptin
分子標的薬としてのハーセプチンの最大の利点は、HER2を細胞表面に発現している細胞のみを選択的に攻撃することです 。これにより、従来の化学療法で見られるような全身への強い副作用を軽減しながら、高い治療効果を実現することが可能になりました。
ハーセプチンの作用機序は、複数の機能が組み合わさった複合的なメカニズムによって成り立っています。主要な作用として、HER2受容体へのシグナル伝達阻害があります 。がん細胞表面のHER2受容体にハーセプチンが結合することで、細胞増殖因子による刺激を遮断し、がん細胞の増殖を停止させます。
さらに、免疫系の活性化という重要な機能も併せ持ちます 。ハーセプチンがHER2陽性がん細胞に結合すると、ADCC(抗体依存性細胞傷害)と呼ばれる作用により、細胞障害性T細胞などの免疫細胞を呼び寄せて腫瘍細胞を攻撃します 。
また、CDC(補体依存性細胞傷害)作用も働きます 。抗体が結合することにより補体と呼ばれる免疫システムの構成要素の力を借りて、HER2陽性細胞を選択的に破壊する仕組みです。これらの複合的な作用により、ハーセプチンは高い抗腫瘍効果を発揮します。
特筆すべきは、化学療法との併用効果です 。他の抗がん剤と組み合わせることで、相乗的な治療効果を生み出し、単独治療よりも優れた治療成績を実現することが多くの臨床試験で確認されています。
ハーセプチンの適応となるがん種は、HER2過剰発現が確認された特定の悪性腫瘍に限定されます 。現在承認されている適応症は、HER2過剰発現が確認された乳がん、治癒切除不能な進行・再発の胃がん、根治切除不能な進行・再発の唾液腺がん、がん化学療法後に増悪したHER2陽性の治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸がんです。
治療適応の判定には、IHC法(免疫組織化学的方法)とFISH法(蛍光in situハイブリダイゼーション法)による検査が必要です 。IHC法では染色強度がスコア化され、0、1+は陰性(治療不適正)、3+は陽性(治療適正)、2+は境界域として追加のFISH法検査が推奨されます 。
参考)https://hiroshimakinen-hp.kkr.or.jp/news/files/Palette23.pdf
胃がんにおけるHER2発現の陽性率は報告によって差がありますが、8~31%の範囲とされており、国立がん研究センター東病院の研究ではIHC法で23.0%、FISH法で27.1%の陽性率が確認されています 。この検査結果に基づいた適応判定が、ハーセプチン治療の成功の鍵となります。
乳がん領域においては、早期乳がんに対する補助療法としても使用され、化学療法後1年間のハーセプチン投与により、化学療法のみの患者と比較して乳がん再発が半減することが大規模国際臨床試験で実証されています 。
参考)https://www.cancerit.jp/gann-kiji-itiran/nyuugann/post-6310.html
ハーセプチン治療で最も注意すべき副作用は心機能障害です 。心不全などの心毒性は3%から16%の患者に発生し、心不全症状は1%から9%に生じると報告されています 。特にアントラサイクリン系抗がん剤の投与歴を有する患者では、心障害のリスクが高くなることが一致した見解となっています 。
心毒性の特徴として、アントラサイクリン系抗がん剤による心不全とは異なる病態を示すことが知られています 。心筋生検を行ってもほとんど異常は見られず、治療はハーセプチンの中止と一般的な心不全治療により、69%から79%の患者で左室駆出率が55%以上に回復するという良好な予後を示します 。
最新の研究では、トラスツズマブによる重症心毒性の新たなメカニズムとして、炎症シグナルの亢進が関与することが明らかになっています 。重症心毒性発症群では、心保護経路であるErbB2が維持してきたパワーバランスが崩れ、炎症誘導経路の活性化などの細胞傷害要因による負の影響が顕著に現れる可能性が示されています 。
その他の重大な副作用として、ショック・アナフィラキシー、間質性肺炎・肺障害、血液毒性(白血球減少・好中球減少・血小板減少・貧血)、肝機能障害、腎障害などが報告されており 、定期的な検査による早期発見と適切な対応が不可欠です。
ハーセプチンの投与方法には、週1回投与のA法と3週間毎投与のB法があります 。乳がん治療ではA法またはB法を選択でき、胃がん・唾液腺がん・結腸直腸がん治療では他の抗悪性腫瘍剤との併用でB法を使用します 。
A法では、初回投与時4mg/kg(体重)、2回目以降2mg/kgを90分以上かけて週1回点滴静注します 。B法では、初回投与時8mg/kg(体重)、2回目以降6mg/kgを90分以上かけて3週間間隔で点滴静注します 。初回投与の忍容性が良好であれば、2回目以降の投与時間を30分間まで短縮可能です 。
投与前の前処置として、アレルギー反応や点滴反応(インフュージョン・リアクション)の予防が重要です 。ハーセプチン点滴中または点滴後24時間以内に発熱・悪寒・嘔吐などの症状が現れることがあり 、これらの管理には医療従事者の十分な観察と適切な対応が求められます。
参考)https://www.okayama-med.jrc.or.jp/file/upload/4/pdf/347.pdf
治療期間中は定期的な心機能評価が不可欠で、左室駆出率の測定を含む心エコー検査を治療前、治療中、治療後に実施する必要があります 。また、血液検査による肝機能・腎機能・血球数の監視も重要な管理項目として位置づけられています。
参考)https://passmed.co.jp/di/archives/3404
基づいて収集した情報から、医療従事者向けの「ハーダー」に関する記事を作成します。