トラスツズマブの重大な副作用として心機能障害があり、投与患者の3%から17%に無症候性心機能低下が、1%から11%に症候性心不全が発生します。特にアントラサイクリン系抗癌剤の投与歴を有する患者では心機能低下が27%に達することが報告されています。心機能障害の主な症状には、呼吸困難、むくみ、胸痛、みぞおちや頚部の圧迫感、冷汗などがあります。トラスツズマブによる心障害は、neuregulin-1のシグナル伝達を遮断することにより発生すると考えられており、総投与量に依存せずに発症するため予測が困難です。
参考)https://www.tobu.saiseikai.or.jp/yakuzai2020/breastcancer/breastcancerbooklet/P%E3%80%90BRE022%E3%80%91VNR+Pertuzumab+Tmab.pdf
心機能障害を早期に発見するためには、投与前および投与中の定期的な心エコー検査による左室駆出率(LVEF)のモニタリングが不可欠です。研究によると、トラスツズマブ中止後は約80%の症例で心機能が回復し予後は良好とされていますが、少数ながら心不全死の報告もあります。最近の日本の研究では、トラスツズマブ治療を受ける患者の約10%に副作用として心毒性が生じ、発症をきっかけに乳癌治療を中断せざるを得ないケースもあることが示されています。
参考)https://www.jcc.gr.jp/journal/backnumber/bk_jjc/pdf/J051-2.pdf
心機能障害の危険因子としては、アントラサイクリン系抗癌剤の投与歴、基礎心疾患の存在、高齢、投与前のLVEF低値、タキサン系抗癌剤の併用などが挙げられます。トラスツズマブに関連した心機能障害の臨床的特徴(日本心臓財団)
インフュージョンリアクションはトラスツズマブ投与中または投与開始24時間以内に発現する副作用で、発熱、悪寒、頭痛、発疹、痒み、疼痛、咳などの症状が出現します。臨床試験では、トラスツズマブとペルツズマブの初回投与時のインフュージョンリアクション発現率は約40%と報告されています。特に初回投与時で投与後2時間以内に発生しやすく、重篤な場合にはアナフィラキシー様症状として低血圧、頻脈、めまい、喘鳴、血管・咽頭浮腫などが認められます。
参考)https://www.tdc.ac.jp/Portals/0/images/igh/about/file/2020/20-75.pdf
対策としては、投与前に抗ヒスタミン薬やH2受容体拮抗薬、副腎皮質ステロイドなどの前投薬を実施することが推奨されます。また、投与中は特に初回から2回目までの観察を厳重に行い、患者に少しでも異常を感じたらすぐに医療スタッフに申し出るよう指導することが重要です。症状出現時には解熱鎮痛剤や抗アレルギー剤、ステロイド剤を使用し、2回目以降は頻度が減少する傾向があります。投与速度の調整も有効な対応策の一つで、初回投与では90分かけて点滴し、忍容性が良好であれば2回目以降は30分まで短縮することが可能です。
参考)https://saiseikai.hita.oita.jp/shinryokabumon/bumon/yakuzaibu/files/chemo/0058.pdf
間質性肺炎はトラスツズマブの重大な副作用の一つであり、酸素を取り込む肺胞の壁に炎症が起こることで発症します。主な症状には空咳(痰の出ない咳)、発熱、息切れ、呼吸困難などがあり、ただの風邪と見過ごされることもあるため注意が必要です。トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)においては、日本人乳癌患者での間質性肺炎の発生率が高く、DESTINY-Breast01試験では日本人参加者の33.3%、DESTINY-Breast02試験では13.3%に発生したという結果が得られています。
参考)https://www.tobu.saiseikai.or.jp/yakuzai2020/breastcancer/breastcancerbooklet/P%E3%80%90BRE021%E3%80%91HAL+Pertuzumab+Tmab.pdf
症例報告では、パクリタキセルとトラスツズマブの併用術前化学療法後に間質性肺炎を発症した例が報告されており、胸部CTで両側肺野にスリガラス状陰影と浸潤影が認められ、KL-6が694U/mlと高値を示しました。この症例ではステロイドパルス療法(methylprednisolone 1g/day)を3日間施行し、開始当日より解熱とCRPの低下、呼吸苦の著明な改善が認められました。トラスツズマブ単剤での再投与では間質性肺炎の再燃が認められなかったことから、原因薬剤はパクリタキセルである可能性が高いと推察されました。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjcs/36/2/36_2_141/_pdf/-char/ja
間質性肺炎の早期発見には、投与前後でのKL-6、SP-D、SP-Aなどのバイオマーカーのモニタリングとともに、患者に対する症状出現時の速やかな受診の重要性を指導することが求められます。トラスツズマブ デルクステカンによる間質性肺炎発現状況とリスク因子(大阪国際がんセンター)
参考)https://oici.jp/file/houkatu/ken-yakkyoku-63.pdf
トラスツズマブはHER2(ヒト上皮成長因子受容体2)陽性の乳癌や胃癌の治療に使用される分子標的治療薬であり、HER2を標的とした最初のヒト化モノクローナル抗体です。HER2は細胞膜上に存在する受容体型チロシンキナーゼで、一部の癌細胞の表面に過剰発現しており、癌細胞の増殖や進行を促進します。通常、乳癌の20~30%でHER2の過剰発現が認められ、これらの患者は予後不良とされてきましたが、トラスツズマブの開発により治療成績が大幅に改善しました。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6210751/
トラスツズマブの主な作用機序は、HER2の細胞外ドメインに特異的に結合することでHER2のホモ二量体化を阻害し、細胞内のPI3K/AKTシグナル伝達経路の活性化を抑制することです。これにより癌細胞の増殖や複製が抑えられ、最終的にHER2陽性癌の増殖が遅延します。さらに、トラスツズマブはNK細胞や単球を作用細胞とした抗体依存性細胞傷害作用(ADCC)を惹起し、免疫細胞が癌細胞を認識して破壊することを助けます。また、HER2の細胞表面からの遊離(シェディング)を抑制する作用も知られています。
参考)トラスツズマブ(ハーセプチンⓇ)の作用するメカニズムを教えて…
トラスツズマブの開発は20世紀における最も重要な癌治療薬開発プロジェクトの一つであり、分子病態の理解と薬剤作用機序に基づく新時代の癌治療の幕開けとなりました。HER2標的療法の進歩により、抗体薬物複合体(ADC)であるトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)など、より強力な新規薬剤も登場しています。ペルツズマブ及びトラスツズマブの作用機序(中外製薬)
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11193558/
トラスツズマブの血液学的副作用として、稀ではあるものの重症血小板減少症の報告があります。症例報告では、81歳女性が術後補助療法としてトラスツズマブ初回投与を受けた2日後に、血小板数0.1万/μlという著明な血小板減少を呈し、口腔内出血と全身の紫斑を認めました。この症例では、血小板輸血、ステロイドパルス療法、およびステロイド経口投与により治療が行われ、投与後29日目に血小板数は正常値まで回復しました。トラスツズマブによる薬剤性血小板減少症は極めて稀であり、発症メカニズムは完全には解明されていませんが、投与後早期の血小板数モニタリングの重要性が示唆されています。
参考)https://cir.nii.ac.jp/crid/1390001204855707392
トラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)においては、より高頻度に血小板減少症が報告されており、発現率は28.0%とされています。血小板減少の症状には、鼻や歯茎からの出血、青あざができやすいなどがあり、重症化すると生命に関わる可能性があります。他の血液学的副作用として、白血球減少、好中球減少、貧血も報告されており、これらは抗癌剤投与後7~14日目頃に最も減少すると考えられています。
参考)トラスツズマブ エムタンシン(カドサイラⓇ)では、どのような…
対策としては、定期的な血液検査による白血球数、好中球数、血小板数、ヘモグロビン値のモニタリングが必須です。血小板減少が認められた場合は、出血リスクを考慮した生活指導(転倒予防、外傷回避など)が重要となります。重症例では血小板輸血やステロイド治療が必要となる場合もあり、早期発見・早期対応が患者の安全確保に直結します。
トラスツズマブ投与に伴うその他の主な副作用として、悪心、嘔吐、倦怠感、頭痛、鼻出血などが報告されています。トラスツズマブ エムタンシンでは、悪心や倦怠感の頻度が高く、患者のQOL低下につながる可能性があります。消化器症状に対しては、制吐剤の予防的投与や対症療法が有効であり、セロトニン拮抗薬やNK1受容体拮抗薬などの使用が推奨されます。
参考)https://kmah.jp/wp-content/uploads/2024/02/DTXendkisanTmab.pdf
肝機能障害もトラスツズマブの重要な副作用の一つで、トラスツズマブ エムタンシンでは28.2%に肝機能障害が、頻度不明ながら肝不全も報告されています。軽度であれば無症状のこともありますが、進行すると疲労感、食欲不振、黄疸などが出現します。定期的なAST、ALT、総ビリルビン値のモニタリングが必須であり、Grade 3以上の肝機能障害が認められた場合は投与中止や減量を検討する必要があります。
末梢神経障害もトラスツズマブ エムタンシンで13.8%に報告されており、手足のしびれ、痛み、脱力感、つまずきなどの症状が出現します。神経障害性疼痛に対してはプレガバリンやデュロキセチンなどの薬物療法が有効な場合があります。便秘も頻度の高い副作用であり、積極的な水分摂取と必要に応じた緩下剤の使用が推奨されます。医療従事者は、これらの多様な副作用に対する包括的な管理と患者教育を行い、治療継続を支援することが求められます。
ペルツズマブ/トラスツズマブ/ドセタキセル療法の副作用と対策(国立がん研究センター中央病院)