顔面骨骨折は、外傷により顔面の骨格が損傷を受けた状態を指します。顔面は人間にとって機能的にも外見的にも非常に重要な部位であり、単なる「骨をくっつける」だけでなく、「きれいに治す」ことが求められる領域です。
顔面の骨格は、頭蓋骨と顔面骨の合計15種類23個の骨が複雑に組み合わさって構成されています。これらの骨は一部が卵の殻のように薄い箇所があり、外力が加わると骨折を起こしやすい特性を持っています。
顔面骨骨折の原因はほとんどの場合、何らかの外傷によるものです。交通事故、暴力行為、スポーツ外傷、高所からの転落などが代表的な受傷原因となります。
診断は主に身体所見とCTなどの画像検査によって行われます。顔面骨骨折が疑われる場合、専門医による診察と適切な画像診断が早期治療への鍵となります。
顔面骨骨折の分類は主に解剖学的部位によって行われ、以下のような主要な骨折タイプがあります。
それぞれの骨折タイプによって症状や治療法は異なりますが、多くの場合は形成外科での治療が基本となります。これは顔面骨折の治療目標が機能性と整容性の両方の改善にあり、骨だけでなく顔面の複雑な神経、血管、筋肉などの軟部組織の知識が必要とされるためです。
顔面骨骨折は発生部位によって異なる症状を呈します。各部位の典型的な症状と特徴について詳しく見ていきましょう。
鼻骨骨折:顔面骨骨折の中で最も頻度が高い骨折タイプです。主な症状として鼻出血、鼻の変形(斜鼻変形、鞍鼻変形)、鼻閉などが認められます。鼻骨骨折は比較的軽微な外力でも発生することがあり、スポーツ外傷などでよく見られます。
頬骨骨折:鼻骨骨折に次いで頻度の高い骨折です。整容面での症状としては頬部の平坦化、眼球位置の異常、外眼角下降などが現れます。機能的障害としては、眼球運動障害による複視(物が二重に見える)、転位した骨片による側頭筋圧迫や下顎骨への干渉に起因する開口制限などが認められます。また、骨折によって神経が圧迫されると、頬部から前歯部歯肉にかけての知覚障害が発生することもあります。
頬骨弓骨折:頬部の内方への凸型変形が特徴的です。頬の陥没感や非対称性が見られ、咀嚼時に痛みを感じることがあります。
眼窩骨折:眼球周囲の筋肉や脂肪組織が眼窩の薄い骨を破って周囲の副鼻腔(上顎洞や篩骨洞)に嵌頓した状態です。主な症状としては、複視(嵌頓した筋肉の動きが制限されることで物が二重に見える)、眼球陥凹(嵌頓した脂肪組織により眼窩内容が減少し、左右の眼の突出度が異なる)、眼窩底部を走行する神経が損傷することによる頬部から前歯部歯肉の感覚鈍麻などが挙げられます。特に小児では、眼窩内圧の変化による眼球運動制限(「トラップドア現象」)により、激しい嘔気や目眩を認めることがあり、この場合は緊急手術が必要になります。
上顎骨骨折:Le Fort(ル・フォー)I型、II型、III型、矢状骨折に大きく分類されます。Le Fort I型・矢状骨折では、咬合異常、上顎の動揺性、歯周組織の知覚異常などの症状が見られます。Le Fort II型・III型ではこれらの症状に加えて、顔面の高度腫脹、頭蓋底損傷による髄液鼻漏・嗅覚障害なども認められることがあります。
鼻篩骨骨折:内眼角部離開(左右の眼の間が開いてしまう)、内眼角鈍化、鞍鼻、短鼻、眼窩縁の段差などが見られます。機能的障害としては涙道閉鎖による流涙が認められます。
前頭骨骨折:おでこの陥没が整容面での主な症状です。機能面では前額部の知覚障害が見られ、眼窩内に骨片が入り込むことで眼球運動障害による複視を生じることもあります。また髄液鼻漏を認めることもあり、脳損傷を併発している可能性もある重篤な損傷です。
これらの症状は患者さんの訴えと身体所見に加え、CTなどの画像検査によって確定診断されます。顔面の腫脹がある場合は、骨折の詳細な状態を把握するためにCT検査が特に重要となります。
顔面骨骨折の正確な診断は、適切な治療方針の決定に不可欠です。診断プロセスは主に問診、視診、触診などの身体所見と画像検査から成り立っています。
問診と身体所見
問診では受傷機転(どのように怪我をしたか)、受傷からの時間経過、自覚症状(痛み、感覚異常、機能障害など)を詳細に確認します。視診では顔面の左右対称性、腫脹、変形、眼球の位置異常、開口障害などをチェックします。触診では骨の段差や動揺、圧痛部位を慎重に評価します。
特に重要な身体所見として以下の点を確認します。
画像診断
顔面骨骨折の画像診断では主に以下の検査が行われます。
診断のポイント
各骨折タイプによる診断のポイントは以下の通りです。
画像診断では、単に骨折があるかどうかだけでなく、骨片の転位の程度、神経・血管への影響、機能障害の原因となる構造的問題などを総合的に評価することが重要です。これらの情報を基に、手術の必要性や手術方法の選択が決定されます。
顔面骨骨折の治療は、骨折の程度や部位によって異なりますが、大きく分けて保存的治療と手術的治療の2つのアプローチがあります。最近では手術技術や材料の進歩により、より確実で美的にも優れた治療結果が得られるようになってきました。
保存的治療
骨折の程度が軽微で、骨片の転位がほとんどなく、機能障害を伴わない場合には、手術をせずに自然治癒を待つ保存的治療が選択されることがあります。この場合、安静、冷却、消腫療法、抗菌薬投与などの対症療法が行われます。例えば、軽度の鼻骨骨折では、外鼻の保護と腫脹の軽減により保存的に治療することが可能です。
手術的治療のタイミング
骨折直後は顔面の腫脹がある場合が多く、正確な手術が困難なことがあります。そのため、一般的には骨折から1~2週間後に手術を行うのが理想的とされています。ただし、眼窩骨折で筋肉の嵌頓による重度の複視がある場合や、開放骨折で感染リスクが高い場合などは、より早期の手術介入が必要となることもあります。
各骨折タイプにおける標準的な手術時期は以下の通りです。
手術アプローチと切開法
顔面に目立つ瘢痕を残さないために、形成外科医は様々な工夫を凝らした切開アプローチを用います。多くの場合、口腔内切開や眼瞼結膜切開など、体表面に切開線が出ないアプローチが選択されます。
骨折タイプ別の代表的な切開法は以下の通りです。
骨折の固定方法と材料
骨折部の固定には、主に以下の材料が使用されます。
特殊な骨折タイプにおける固定方法。
特殊な状況:陳旧性顔面骨骨折
骨折から1ヶ月以上経過すると、骨折部はすでに癒合して動かなくなります(陳旧性顔面骨骨折)。こうした場合、単純な整復固定では対応できず、骨切り術や骨・軟骨移植などのより複雑な手術が必要となります。形成外科医による専門的な治療計画が必要とされ、機能的・整容的回復を目指した治療が行われます。
顔面骨骨折の治療は手術で終わるわけではなく、その後の適切なリハビリテーションと長期的なフォローアップが機能的・整容的な最終結果に大きく影響します。この分野は一般的な骨折治療のリハビリテーションとは異なる特殊性を持っています。
早期リハビリテーション
術後早期のリハビリテーションでは、まず腫脹の軽減と疼痛コントロールが重要です。冷却療法や適切な薬物療法が行われます。また、骨折部位によっては早期からの機能訓練が必要となります。
中長期的なケアと予後管理
顔面骨骨折の治療後は、以下のような中長期的なケアと予後管理が重要となります。
長期予後に影響する因子
顔面骨骨折の長期予後には以下の因子が影響します。
顔面骨骨折に特有の長期合併症
長期的に観察が必要な合併症には以下のようなものがあります。
顔面骨骨折の治療においては、急性期の手術的治療だけでなく、このような中長期的な視点での管理が患者さんのQOL(生活の質)向上に不可欠です。形成外科医を中心に、眼科医、歯科医、リハビリテーション専門家などの多職種連携によるアプローチが理想的な治療となります。
顔面骨骨折の治療において、形成外科医が果たす役割は非常に重要です。形成外科は機能的回復と整容的回復を両立させることを専門とする診療科であり、顔面という特に目立つ部位の骨折治療においてこの専門性が最大限に発揮されます。
形成外科医が顔面骨骨折を担当する理由
顔面骨折の治療目標は単に骨をつなぎ合わせることだけではなく、機能性と整容性の両面からの改善が求められます。そのためには以下の知識と技術が必要です。
機能と整容の両立における課題
顔面骨骨折治療における最大の課題は、機能的回復と整容的回復を同時に達成することです。例えば。
形成外科的アプローチの特徴
形成外科医による顔面骨骨折治療の特徴は以下の点にあります。
患者中心の医療の実践
顔面骨骨折治療においては、患者さんの希望や生活背景を十分に考慮した治療方針の決定が重要です。形成外科医は患者さんに対して。
などについて、分かりやすく説明し、患者さんと共に最適な治療方針を決定することが求められます。また、術後の定期的な経過観察を通じて、必要に応じた追加治療やサポートを提供することも形成外科医の重要な役割です。
このように、顔面骨骨折の治療においては、形成外科医の専門性が患者さんの機能的・整容的回復に大きく貢献しており、単なる「骨折の治療」を超えた総合的なアプローチが実践されています。