エンドセリン受容体拮抗薬を投与しても、一部の肺高血圧症患者では運動耐容能がほとんど改善しないケースが約30〜40%存在します。
エンドセリン(Endothelin)は1988年に柳沢正史らによって発見された、21アミノ酸からなる内因性血管収縮ペプチドです。発見当初から「最強の血管収縮物質」として注目を集め、現在も循環器・腎臓・呼吸器領域で研究が続いています。
エンドセリンにはET-1・ET-2・ET-3の3種類のアイソフォームが存在します。それぞれ分布と機能が異なります。
ET-1の産生は、プレプロエンドセリン→ビッグエンドセリン→ET-1という2段階の切断によって行われます。最終段階を担う酵素がエンドセリン変換酵素(ECE)です。
ECEはZn²⁺依存性メタロプロテアーゼであり、この酵素を標的にした治療薬研究も進んでいます。つまり産生経路自体も治療介入の標的です。
ET-1は産生後、血中にはほとんど放出されず、主に傍分泌・自己分泌的に作用します。血中濃度は非常に低い(健常人で1〜2 pg/mL程度)一方、組織局所濃度は高く保たれています。これが基本です。
エンドセリンの作用を理解するうえで、受容体サブタイプの違いは欠かせない知識です。ET_A受容体とET_B受容体は構造・分布・シグナル経路が大きく異なります。
| 受容体 | 主な分布 | リガンド親和性 | 主な作用 |
|---|---|---|---|
| ET_A | 血管平滑筋、心筋 | ET-1 ≧ ET-2 >> ET-3 | 血管収縮、細胞増殖・線維化促進 |
| ET_B | 血管内皮、肺、腎集合管 | ET-1 = ET-2 = ET-3 | NO・PGI₂産生→血管拡張、ET-1クリアランス |
ET_B受容体は内皮細胞に発現する場合はNO(一酸化窒素)やプロスタサイクリンの産生を促し、血管拡張に働きます。一方、平滑筋のET_B受容体は収縮を引き起こします。これは意外ですね。
このように同一受容体サブタイプでも、発現細胞によって正反対の作用が生じる点が、エンドセリン系の複雑さの核心です。
また、ET_B受容体には肺でのET-1クリアランス機能があります。肺は全身で産生されたET-1の50〜80%を除去する「フィルター臓器」として機能しており、ET_Bがその主役を担っています。ET_B機能低下は血中ET-1上昇に直結します。
シグナル伝達については、いずれの受容体もGタンパク質共役型(GPCR)であり、Gq/G11を介したIP₃産生→細胞内Ca²⁺上昇が血管収縮の主要経路です。加えてGi経路やMAPKの活性化も関与し、増殖・線維化シグナルへとつながります。
ET-1の血管収縮力は、アンジオテンシンIIの約10倍、ノルエピネフリンと比べても数倍から10倍以上強力とされています。これは使えそうです。
さらに特徴的なのはその持続時間です。アドレナリン系の血管収縮が数分単位で消退するのに対し、ET-1による収縮は30分〜数時間にわたって持続します。受容体結合後の解離が極めて遅いためです。
この「遅い解離」は臨床上重要な意味を持ちます。ET-1が一度組織に作用し始めると、薬物で受容体をブロックしても作用が残存するリスクがある点は、エンドセリン受容体拮抗薬を使用する際に頭に入れておく必要があります。
血管収縮以外にも、ET-1は心筋の陽性変力作用(心収縮力増強)を示します。冠動脈の収縮作用と合わさると、心筋虚血を誘発するリスクがあります。冠攣縮性狭心症(異型狭心症)の一部でET-1関与が示唆されているのは、この機序によるものです。
腎臓においては、輸入・輸出細動脈を収縮させることでGFRを低下させます。また集合管のET_B受容体を介してNa排泄を促進するという、利尿・ナトリウム排泄促進の側面も持ちます。収縮と拡張、双方向の作用が同時に存在するのがエンドセリン系の難しさです。
エンドセリン系の過剰活性化は、複数の重要な病態の増悪因子として確立されています。
肺動脈性肺高血圧症(PAH) では、肺血管内皮でのET-1産生が著しく亢進しており、患者の血漿ET-1濃度は健常人の2〜10倍に達することがあります。ET-1は肺血管の収縮・リモデリング(平滑筋肥厚・線維化)の両方を促進し、病態の悪化ループを形成します。
この知見を背景に開発されたのがエンドセリン受容体拮抗薬(ERA)であり、ボセンタン(トラクリア®)、アンブリセンタン(ヴォリブリス®)、マシテンタン(オプスミット®)が日本でも承認されています。
慢性心不全 においても、心拍出量低下に伴い代償的にET-1が上昇します。ET-1はレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)や交感神経系と並んで、心不全の神経体液性因子の一つに位置づけられています。ただし、心不全へのERA投与は一部試験で有害事象が示され、現状では承認適応外となっています。これには注意が必要です。
慢性腎臓病(CKD) では、ET-1が腎血管収縮・メサンギウム細胞増殖・線維化を促進します。2023年以降、ET_A選択的受容体拮抗薬であるスパルセンタン(米国承認)がIgA腎症の尿蛋白低減に有効であることが示され、腎領域での応用が広がっています。
エンドセリンの作用は血管にとどまりません。神経系・内分泌系・免疫系への多面的な関与が明らかになっており、これは見逃しやすい領域です。
中枢神経系 では、ET-1・ET-3ともに脳内に分布し、痛覚増強(痛覚過敏)への関与が示されています。がん性疼痛モデルでET_A受容体拮抗薬が疼痛を軽減したというデータがあり、将来的な鎮痛薬標的として研究されています。
内分泌系との関連では、アルドステロン分泌促進作用があることも知られています。ET-1は副腎皮質に直接作用してアルドステロン産生を高め、RAASとの相乗効果によって体液貯留・血圧上昇を増幅させます。つまりRAASとエンドセリン系は独立した昇圧系ではなく、互いを増強し合う関係です。
また、メラノサイト刺激ホルモン(α-MSH)と構造的に類似したペプチドがET-3であり、皮膚のメラノサイト増殖を促します。これはエンドセリン系研究の初期から注目されており、色素細胞の発達・維持にET-3が不可欠であることがノックアウトマウス実験で確認されています。
腸管神経系では、ET-3とET_B受容体の欠損がヒルシュスプルング病(先天性巨大結腸症)の一因となることが遺伝的に示されています。エンドセリン系は腸管神経叢の発達に必須であるということです。
これらの非血管作用は、エンドセリン受容体拮抗薬の副作用(浮腫・貧血・肝障害以外の副作用)を解釈する際にも参考になります。
参考として、エンドセリン系の基礎から臨床まで網羅的にまとめられた日本循環器学会の肺高血圧症治療ガイドラインは、ERAの選択・モニタリング指針を確認するうえで有用です。
日本循環器学会「肺高血圧症治療ガイドライン(2017年改訂版)」- エンドセリン受容体拮抗薬の適応・用量・注意事項を含む
また、エンドセリンの発見者・柳沢正史氏(現:テキサス大学)による原著および関連総説は、ET系の全体像を把握するうえでの一次情報として価値があります。