バイエッタ(エキセナチド1日2回製剤)を現在も使い続けていると、経過措置期限後に保険請求が通らず患者対応が後手に回ります。
エキセナチドは、アメリカドクトカゲ(Heloderma suspectum)の唾液から発見されたペプチド「Exendin-4」と同一のアミノ酸配列を持つGLP-1受容体作動薬です。世界初のGLP-1受容体作動薬として2005年に米国で承認され、日本では2010年10月に「バイエッタ皮下注」として製造販売承認を取得、2型糖尿病治療の選択肢を大きく広げました。
その後、週1回投与製剤のビデュリオン(エキセナチドER)が2013年5月に日本で発売されましたが、こちらは2022年5月に先行して販売中止となっています。1日2回製剤のバイエッタについても、2024年6月にアストラゼネカ株式会社より「諸般の事情」による販売中止が通知され、同年9月に販売中止。経過措置期間満了日はどちらも2025年3月31日とされました。
| 製品名 | 一般名 | 投与回数 | 販売中止時期 | 経過措置満了 |
|---|---|---|---|---|
| バイエッタ皮下注5μg/10μgペン300 | エキセナチド | 1日2回 | 2024年9月 | 2025年3月31日 |
| ビデュリオン皮下注用2mgペン | エキセナチド(徐放製剤) | 週1回 | 2022年5月 | 2023年3月31日 |
経過措置期間を過ぎた後は保険請求が認められません。これが原則です。経過措置期間内であれば在庫品の処方・調剤は可能でしたが、2025年3月末以降は薬価基準からも削除されています。
なお、同じ時期にリキシセナチド(リキスミア)も2024年11月に販売中止(経過措置期間満了2025年3月末)となっており、日本では1日1回・1日2回の短時間作用型GLP-1受容体作動薬の注射製剤がすべて市場から姿を消したことになります。GLP-1注射製剤は週1回製剤に一本化されたということですね。
アストラゼネカ社公式:バイエッタ皮下注5μgペン300・10μgペン300 販売中止のお知らせ(経過措置期間満了予定2025年3月末記載あり)
販売中止理由はアストラゼネカ社から「諸般の事情」とされており、明確な単一理由は公表されていません。ただし、医薬品市場の構造的変化を踏まえると、背景は複数の要因が重なっていることが分かります。
第一に、投与利便性の問題です。エキセナチド1日2回製剤は、食事前60分以内という投与タイミングの制約と、1日2回の自己注射という負担が患者のアドヒアランス低下につながりやすい薬剤でした。バイエッタ発売当初から、消化器系副作用(悪心・嘔吐)が強く出やすいという臨床的評価があり、継続率は必ずしも高くありませんでした。これは使いやすいとは言えませんでした。
第二に、後継製剤の台頭です。週1回製剤のデュラグルチド(トルリシティ:2015年上市)やセマグルチド(オゼンピック:2020年上市)は、利便性・血糖降下効果・体重減少効果のいずれの面でも日2回製剤のエキセナチドを上回ります。さらに2023年にはGIP/GLP-1受容体作動薬のチルゼパチド(マンジャロ)が登場し、臨床的なポジションがより明確になりました。
第三に、心血管アウトカムエビデンスの格差です。エキセナチドを用いた大規模心血管アウトカム試験(CVOT)では、主要心血管イベント(MACE)に対する有意な優越性が示されていません。一方、デュラグルチドはREWIND試験(2019年)で一次予防も含む集団でのMACE抑制を示し、セマグルチドはSUSTAIN-6試験以降の複数試験で心血管・腎保護エビデンスを積み重ねています。現在の糖尿病治療ガイドラインでは心血管疾患既往患者や高リスク患者へのGLP-1受容体作動薬使用において、こうしたエビデンスの有無が処方選択の重要な軸となっています。
日本医事新報:GLP-1受容体作動薬、その適用と注意点(エキセナチドERの販売中止経緯にも言及)
2026年3月現在、日本で使用可能なGLP-1受容体作動薬の注射製剤は、週1回製剤の3剤に絞られています。つまり代替薬の選択肢は限られています。
エキセナチドから切り替える際には、「同じGLP-1受容体作動薬だから」と安易に同等量で始めることは危険です。これが原則です。各製剤は分子構造・半減期・受容体への作用強度が異なるため、保険診療上も他のGLP-1受容体作動薬への変更時は最低用量から開始するルールがあります。
切り替え初期は胃腸症状(悪心・便秘・下痢)が再燃しやすいため、患者への事前の丁寧な説明が重要です。食欲が落ちた、食べる量が自然に減ったという変化が「効いているサイン」であることを伝えておくと、患者の不安軽減につながります。これは使えそうです。
| 薬剤名 | 投与回数 | 心血管エビデンス | HbA1c低下(最大用量目安) | 体重減少(最大用量目安) |
|---|---|---|---|---|
| セマグルチド(オゼンピック) | 週1回 | ◎(SUSTAIN/FLOW) | 約-1.5〜1.6% | 約-4〜5 kg |
| デュラグルチド(トルリシティ) | 週1回 | ○(REWIND) | 約-0.8% | 約-2 kg |
| チルゼパチド(マンジャロ) | 週1回 | △(検討中) | 約-2.1〜2.8% | 約-7〜10.7 kg |
なお、インスリン併用患者(ゾルトファイ配合注・ソリクア配合注使用者)は別途の考慮が必要です。ソリクア(リキシセナチド+グラルギン)については、GLP-1成分であるリキシセナチドが同様に販売中止となっているため、配合剤の継続可否についても確認が求められます。
Dr.U@糖尿病メモ(note):GLP-1受容体作動薬の使い方・考え方(2026年)- 製剤一覧・エビデンス・使い分けが詳細にまとめられています
代替薬への切り替えで最も見落とされやすいのが腎機能の再評価です。意外ですね。なぜなら、エキセナチドはCCr(クレアチニンクリアランス)30mL/min未満の患者に対して禁忌であったにもかかわらず、代替薬の腎機能基準が異なることを把握できていないケースがあるからです。
エキセナチドは腎排泄性の薬剤で、重度腎機能障害(CCr<30mL/min)や透析患者では悪心・嘔吐・下痢などの消化器系副作用が著明に増強するリスクがあり、添付文書上も禁忌とされています。この点は各製剤の添付文書を必ず確認することが条件です。
代替候補となる週1回製剤の腎機能制限については、各薬剤で異なります。セマグルチドやデュラグルチドは主として腎排泄に依存しないため、eGFRが低下した患者でも一定の使用が可能とされているものがあります。ただし、eGFR・CCrに基づく慎重投与・禁忌の境界は製剤によって異なるため、添付文書の最新版を確認してから切り替えを判断してください。
もし担当患者のeGFRや血清クレアチニン値が直近で測定されていない場合は、切り替え前に採血を行うことが推奨されます。切り替えのタイミングは腎機能確認後が基本です。日本腎臓薬剤師会が公開している「腎機能低下時に最も注意の必要な薬剤投与量一覧」や、各施設の処方提案マニュアルも活用する価値があります。
また、高齢者では筋肉量の低下により血清クレアチニン値が見かけ上低く算出され、実際の腎機能よりeGFRが過大評価されることがあります。やせ・低筋肉量の高齢者への切り替えでは、シスタチンCを用いた腎機能評価も検討に値します。
日本腎臓薬剤師会:腎機能低下時に最も注意の必要な薬剤投与量一覧(2024年改訂版)- GLP-1受容体作動薬の腎機能別投与基準も掲載
エキセナチドを使用していた患者が代替薬へ切り替わる際、デバイスの操作方法・投与タイミング・保存方法がすべて変わります。一つでも説明が抜けると患者が自宅で混乱するリスクがあります。
バイエッタはダイヤル式ペンで1日2回・食事前60分以内という投与タイミングが必要でした。一方、週1回製剤は曜日を固定して投与できるため、生活リズムへの影響は大幅に少なくなります。ただし「週1回だから少しくらい忘れても大丈夫」という誤解が生まれやすい点には注意が必要です。
SU薬との併用は特に重要です。SU薬(グリメピリドなど)はインスリン分泌を強制的に促進するため、GLP-1受容体作動薬を追加または切り替えた際に相乗的な低血糖を起こすことがあります。冷や汗・手の震え・強い空腹感といった低血糖症状が出た場合に備え、ブドウ糖10g相当を常時携帯するよう患者に指示しておくことが安全管理の基本です。
なお、インスリンから急にGLP-1受容体作動薬のみに切り替えた症例で、急激な高血糖・糖尿病性ケトアシドーシスが発現した事例が国内でも報告されています。1型糖尿病が疑われる患者・インスリン依存状態の患者への誤処方・誤切り替えは厳禁です。インスリンからの切り替えは段階的に行い、血糖・尿糖のモニタリングを継続することが原則です。
日本医師会:糖尿病治療のエッセンス(2022年版)- GLP-1受容体作動薬の使用上の注意・低血糖リスク管理についての解説あり