ディフェンシンは18から45個のアミノ酸残基からなる小さなタンパク質で、3個のジスルフィド結合により安定した三次構造を保持している。この特殊な構造により、ディフェンシンは正電荷を持つ塩基性ペプチドとして機能し、微生物の細胞膜に結合する能力を獲得している。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%B3
抗菌メカニズムでは、ディフェンシンが微生物の細胞膜と結合すると、細胞膜に孔のような欠損を形成することで重要なイオンと栄養分の流出を引き起こし、病原体を不活性化する。この膜破壊作用は、従来の抗生物質とは異なる作用機序であり、薬剤耐性菌に対しても有効性が期待されている。
脊椎動物では6個の保存されたシステイン残基を含み、無脊椎動物では8個のシステイン残基を持つという構造的差異が知られている。この構造的特徴により、ディフェンシンは種を超えて保存された古い生体防御システムとして進化してきたと考えられている。
哺乳類のディフェンシンは主にα-ディフェンシン、β-ディフェンシン、θ-ディフェンシンの3つのタイプに分類される。それぞれが異なるジスルフィド結合パターンと発現部位を持ち、特徴的な生理機能を担っている。
参考)https://bifidus-fund.jp/keyword/kw036.shtml
α-ディフェンシンは好中球の細胞内顆粒に4種類(HNP1-HNP4)が存在し、貪食した病原体の殺菌に重要な役割を果たしている。また、小腸のパネト細胞からはHD5とHD6が分泌され、腸管内の細菌叢制御に寄与している。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jim/33/3/33_129/_article/-char/ja/
β-ディフェンシンは最も広範囲に分布するタイプで、皮膚、呼吸器、消化管、腎臓、眼、生殖器などの粘膜上皮で発現している。感染刺激により産生が誘導され、局所の感染防御において重要な役割を担っている。
θ-ディフェンシンは動物界で唯一の環状ペプチドとして知られており、旧世界のサル類の白血球でのみ発見されている。ヒトではθ-ディフェンシン遺伝子は存在するが、終止コドンにより発現が阻害されている偽遺伝子となっている。
パネト細胞から分泌されるα-ディフェンシンは、病原菌に対しては強力な殺菌活性を示す一方で、ビフィズス菌や乳酸菌などの有益な常在菌にはほとんど殺菌活性を示さない選択的な抗菌特性を持つ。この特徴により、腸内細菌叢の適切なバランス維持に重要な役割を果たしている。
参考)https://shizenmeneki.org/symposium/202303/nakamura.pdf
α-ディフェンシンの分泌異常は腸内細菌叢の構成異常(dysbiosis)を引き起こし、クローン病、炎症性腸疾患、肥満症、移植片対宿主病などの様々な疾病の発症に関与することが明らかになっている。特にクローン病患者では回腸ディフェンシンの減少が認められ、疾患発症との関連が示唆されている。
パネト細胞は感染刺激やコリン作動性刺激に迅速に反応し、α-ディフェンシンを豊富に含む顆粒を小腸内腔に分泌する。この応答システムにより、腸管は常に病原体の侵入に対して即座に防御体制を構築できる仕組みを維持している。
近年の研究により、ディフェンシンは細菌や真菌だけでなく、ウイルスに対しても強力な抗ウイルス活性を持つことが明らかになっている。人工的に作製されたレトロサイクリン(ヒトθ-ディフェンシン)は、HIV、単純ヘルペスウイルス、A型インフルエンザウイルスなど多くのウイルスに対して効果的であることが示されている。
マダニ由来のHEディフェンシンは、抗ウイルス活性、抗菌活性、抗原虫活性という幅広い抗微生物スペクトルを持つことが判明し、新たな治療薬開発への応用が期待されている。このような知見から、ディフェンシンは感染症の治療・予防において革新的な医療材料としての可能性を秘めている。
参考)https://www.rpip.tohoku.ac.jp/seeds/profile/1235/lang:jp/
植物由来のディフェンシンも注目を集めており、イネのディフェンシンはヒト病原性真菌を強力に殺菌し、既存の抗真菌薬とは異なりアポトーシスを誘導する新規な作用メカニズムを示すことが発見されている。このような多様な作用機序により、薬剤耐性病原体に対する新たな治療戦略の開発が進められている。
参考)https://www.eng.niigata-u.ac.jp/connected_research/page/8291.html
皮膚科領域において、β-ディフェンシンの産生促進によるアンチアクネ療法の研究開発が進んでおり、従来の抗生物質治療に代わる新たな治療選択肢として期待されている。また、皮膚ディフェンシンの平衡異常はざ瘡発症の一因となることから、皮膚疾患の病態解明にも重要な手がかりを提供している。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/4191cafe4a165692cf1c36899cda626e67af4238
統合失調症患者のT細胞においてα-ディフェンシンの有意な増加が観察され、疾患の危険性評価における生体指標としての可能性も示唆されている。このような精神疾患との関連性は、ディフェンシンが単なる抗菌ペプチドを超えて、より複雑な生体機能に関与していることを示している。
加齢に伴う免疫老化では、α-ディフェンシンの分泌量低下により腸内細菌叢の破綻が生じることが明らかになっており、高齢者の感染症リスク増加の一因として注目されている。身体活動の増加が高齢者の唾液中ディフェンシン分泌を高めることから、運動療法による免疫機能向上の可能性も示されている。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-21700705/21700705seika.pdf
参考資料として、ディフェンシンの詳細な分類と機能については以下のサイトが有用です。
ディフェンシンの基本的な分類と機能解説 - ビフィズス菌研究会
腸内細菌叢制御における最新の研究成果については以下が参考になります。
北海道大学による抗菌ペプチド異常と腸炎発症メカニズムの研究成果