2014年に発表されたDSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)において、従来のアルコール関連疾患の分類が大幅に見直されました。この改訂以前は、アルコール乱用とアルコール依存症という2つの異なる診断カテゴリーが存在していましたが、DSM-5ではこれらを統合し、「アルコール使用障害(Alcohol Use Disorder: AUD)」という単一の診断名に変更されました。
参考)http://alcoholic-navi.jp/understand/condition/
この変更により、以下の重要な変化が起こりました。
参考)https://www.niaaa.nih.gov/sites/default/files/publications/AUD-A-Comparison_Japanese.pdf
アメリカ国立アルコール乱用・依存症研究所(NIAAA)によると、AUDには「アルコール乱用、アルコール依存症、アルコール中毒症、および俗称『アル中』と呼ばれる病状を含みます」と定義されており、従来の複数の診断名を包括する概念として位置づけられています。
参考)https://www.niaaa.nih.gov/sites/default/files/publications/Alcohol-Use-Disorder_Japanese.pdf
DSM-5によるアルコール使用障害の診断では、過去1年間に以下の症状のうち2項目以上が該当する場合に診断されます:
参考)https://www.kanen.jihs.go.jp/study_download/20141205_03.pdf
飲酒量・頻度に関する症状
渇望と制御の喪失
参考)https://miharahp.com/information/treatment/alcohol.html
身体的・精神的症状
重症度は症状の該当数により分類され、2〜3項目で軽度、4〜5項目で中等度、6項目以上で重度と判定されます。
国際的な診断基準がアルコール使用障害に変更されたにも関わらず、日本の医療現場では「アルコール依存症」という用語が広く使用され続けています。これには以下の理由があります:
文化的・社会的要因
診断基準の適用状況
日本の精神科診療では、ICD-10(国際疾病分類第10版)の診断基準も併用されており、こちらでは以下の6項目のうち過去1年間に3項目以上が同時に1か月以上続いた場合にアルコール依存症と診断されます:
このように、実質的にはアルコール使用障害とアルコール依存症は同じ病態を異なる診断基準で表現したものと理解することができます。
現代の医学研究により、アルコール使用障害は単なる意志の弱さや性格の問題ではなく、脳の器質的変化を伴う医学的疾患であることが明らかになっています。
参考)https://www.mdpi.com/2227-9059/10/5/1192/pdf?version=1653111652
神経伝達物質への影響
アルコールは複数の神経伝達物質システムに作用し、以下のような変化を引き起こします:
脳回路の機能障害
これらの神経伝達物質の変化により、以下の脳回路に機能障害が生じます:
この神経生物学的な理解により、アルコール使用障害は「一度かかると完治せず、何十年経過しても、飲酒をコントロールできるようにはなりません」という特徴を持つ慢性疾患として認識されています。
参考)https://minnano-mental.com/alcohol.html
診断基準の変更に伴い、治療アプローチも多様化しています。従来は「断酒」が唯一の治療目標とされていましたが、現在では患者の重症度や状況に応じた柔軟な治療選択肢が提供されています。
参考)https://tohokukai.com/medical/index.html
治療目標の多様化
包括的治療プログラム
現在の治療は「治療の3本柱」として以下が重視されています:
薬物療法の進歩
心理社会的介入
アルコール使用障害は、他の精神疾患との併存率が非常に高い特徴があります。この併存関係は診断や治療を複雑化させる重要な要因となっています。
参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyt.2024.1420508/full
高頻度で併存する精神疾患
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/121263fd8d1f7d4a95c8eb03c8f6ff4c7500309b
併存疾患による治療への影響
これらの併存疾患は、アルコール使用障害の治療を困難にする要因となります。
双方向的な影響関係
興味深いことに、アルコール使用障害と精神疾患の関係は一方向的ではありません。
このような複雑な関係性を理解することは、医療従事者にとって適切な治療計画を立案する上で不可欠です。近年の研究では、併存疾患を同時に治療するintegrated treatmentアプローチの重要性が強調されています。
社会的な影響と予後
アルコール使用障害患者の平均寿命は52〜54歳程度と著しく短縮されており、これは進行性の致死性疾患としての性格を示しています。また、飲酒運転や自殺との強い関連性も報告されており、個人の健康問題を超えた社会的影響を持つ疾患として理解される必要があります。
治療においては、本人だけでなく家族への支援も重要であり、「長い間、アルコール問題に巻き込まれ、精神的にも肉体的にも疲弊している」家族に対する精神的サポートや治療が必要な場合があります。これは共依存関係の改善や、適切な治療環境の構築において重要な要素となります。
現在の医学的理解では、アルコール使用障害は「気持ちや性格の問題ではなく、アルコールの科学的な作用による『病気』」として位置づけられており、適切な医学的介入により「治療可能、回復可能な病気」として認識されています。医療従事者は、この疾患の複雑性と重要性を理解し、患者や家族に対して適切な情報提供と支援を行うことが求められています。