アデノスキャン心筋シンチグラフィは、アデノシンの直接的な冠血管拡張作用を利用した薬剤負荷検査です。アデノシンは健常冠動脈支配領域の血流を著明に増加させる一方、狭窄病変を有する冠動脈支配領域の血流増加は制限されるため、両者間に顕著な血流量差が生じます。
参考)https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00050610
この生理学的原理により、虚血部位の細動脈はすでに最大拡張した状態にあり、外部よりアデノシンを投与しても拡張反応が乏しく、正常部位との間に明確なコントラストが形成されます。冠動脈血流量に比例して心筋細胞に取り込まれる201Tlまたは99mTc標識製剤を併用することで、精度の高い虚血診断が実現できます。
参考)https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F11101812amp;contentNo=1
海外では140μg/kg/minが標準用量として使用されていますが、日本では120μg/kg/minの6分間持続静脈内投与が承認用量とされており、アデノシン総投与量は0.72mg/kgに設定されています。
参考)https://www.pdradiopharma.com/products/1237/
アデノスキャン心筋シンチグラフィは運動負荷検査と同等の虚血診断能を有することが複数の臨床試験で確認されています。国内第III相試験では、アデノシン120μg/kg/minの6分間持続静脈内投与による負荷201Tl心筋シンチグラフィと運動負荷201Tl心筋シンチグラフィとの虚血診断一致率が検討され、良好な結果が得られています。
特に脳血管障害、大動脈瘤等の疾患を有する患者や下肢運動障害、術後・PTCA後で運動制限されている患者において、十分な運動負荷をかけられない場合の代替診断法として重要な位置づけにあります。
虚血心筋量の定量評価と再灌流療法の適応決定にも有用であり、年間800例以上の検査が実施されている施設もあり、実臨床での有用性が確立されています。
参考)https://jsnm.org/wp_jsnm/wp-content/themes/theme_jsnm/doc/kaku_bk/51-4/k-51-4-01.pdf
アデノスキャンの標準的な投与プロトコルは、シリンジポンプを用いた6分間持続静脈内投与であり、投与開始から3分後に放射性診断薬を静注します。従来は薬剤投与時の安全性確保のため、アデノシンと放射性診断薬を別々の投与経路で確保する2静脈ライン法が推奨されていました。
しかし近年の研究では、1つの静脈ラインを使用する1静脈ライン法でも、副作用の増強なく安全に実施可能であることが示されています。この方法では左上肢に静脈ラインを確保し、20cmの延長チューブと三方活栓を介してシリンジポンプを接続し、アデノシン必要投与量を生理食塩水で40mlに希釈して400ml/時の速度で投与します。
重要な注意点として、検査前24時間はカフェイン含有の薬物や飲食物の摂取を控える必要があります。これらの摂取はアデノシンの効果を減弱させるため、検査精度に影響を与える可能性があります。
参考)https://www.jsnc.org/p-jsnc-seminar/001/2010/0719-6
アデノスキャンの重大な副作用として、心停止、心室頻拍、心室細動、心筋梗塞、過度の血圧低下、洞房ブロック、完全房室ブロック、呼吸障害、肺浮腫、脳血管障害、アナフィラキシーが報告されています。
特に注意すべき点として、アデノシンが急速に投与されるとII度またはIII度房室ブロックや徐脈、血圧低下等の発現が増強するおそれがあります。このため、投与速度の管理と患者の全身状態の継続的な監視が不可欠です。
アデノシンの血中半減期は極めて短く(約10秒)、投与終了後速やかに体内から消失するため、副作用が発現した場合でも投与中止により比較的短時間で回復することが期待できます。この薬物動態学的特性は、安全性の観点から重要な利点となっています。
また、デュアルポートYコネクターと三方活栓の比較検討では、99mTcの静注に伴う房室ブロックの頻度に差異があることが報告されており、投与システムの選択も安全性に影響を与える要因として考慮する必要があります。
参考)https://jsnc.org/sites/default/files/2020-12/jsnc-16-1-24.pdf
近年のアデノスキャン心筋シンチグラフィでは、検査効率化と画質向上を目的とした革新的な技術導入が進んでいます。特に小児領域では、安静時先行アデノシン負荷99mTc心筋血流シンチグラムにおいて、安静時撮像を先行させる手法と体位工夫(MONZEN-position)により、腸管や肝臓のアーチファクトを抑制し、全体の撮像待機時間を1時間程度に短縮するBIWAKO-protocolが開発されています。
参考)https://jspccs.jp/wp-content/uploads/j2704_176.pdf
このプロトコルの利点として、201Tlと比較してS/N比が良好で鮮明な画像を得やすいこと、総被ばく量が少ないこと、核種の入手調整が容易であること、さらに三次元自動解析法(QGS)による壁運動評価や駆出率評価が可能であることが挙げられます。
また、最新のGPU加速技術を用いたデジタルツイン心臓モデルとの組み合わせにより、心筋血流動態の詳細な解析や予測診断への応用も研究されており、将来的にはより高精度な診断と治療戦略の決定が可能になると期待されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10203142/
これらの技術革新により、アデノスキャン心筋シンチグラフィは単なる診断ツールから、個別化医療を支援する統合的な心疾患評価システムへと発展していく可能性を秘めています。検査時間の短縮と診断精度の向上により、患者負担の軽減と医療効率の改善が同時に実現され、循環器診療における標準的検査法としての地位がより確固たるものになると考えられます。