BCGワクチンの接種時期は日本では時代と共に変化してきました。現在の最新情報について正確に把握しておくことは、医療従事者にとって非常に重要です。
【変遷の歴史】
この変更の背景には、いくつかの重要な理由があります。2005年の変更は、WHO(世界保健機関)の勧告を受けて乳幼児の結核予防効果を高めることを目的としていました。当時は生後6ヶ月までの接種が推奨されていましたが、その後乳児期に接種するワクチンの種類が増加したため、すべてのワクチンを適切に接種できる期間を確保する必要が生じました。
興味深いことに、2005年以降、多くのBCG接種が生後3~4ヶ月に集中するようになり、重篤な乳幼児結核(髄膜炎など)の減少が見られました。しかし一方で、この年齢層を中心にBCGによる骨炎などの副反応報告が増加したことも報告されています。この報告数の増加が実際の発生数増加によるものなのか、あるいは診断技術の向上による発見率の上昇なのかは、現時点では明確になっていません。
現在の標準的な接種時期である生後5~8ヶ月という設定は、結核予防効果と副反応リスクのバランスを考慮した結果と言えます。ただし、各市区町村の結核発生状況によっては、より早い時期の接種が行われる場合もあります。
BCGワクチンの歴史は1921年にさかのぼります。この名称は、開発者であるフランスのパスツール研究所の研究者、カルメット(Calmette)とゲラン(Guérin)の名前に由来しています。BCGとは「Bacille Calmette-Guérin(カルメットとゲランの菌)」の頭文字をとったものです。
BCGの開発過程は非常に興味深いものでした。本来は牛に感染する牛型結核菌を、長い時間をかけて弱毒化することで作られました。1921年に初めて新生児への投与が行われたのが、BCGワクチン接種の始まりです。
日本へのBCGの導入は、1924年に北里研究所の志賀潔博士がヨーロッパから直接持ち帰ったことに端を発します。カルメット自身から分与されたBCG株は、北里研究所の渡辺義政、東京帝国大学伝染病研究所の佐藤秀三と今村荒男らによって研究が進められました。その後、1938年から日本学術振興会による多施設共同研究によって結核予防効果が確認され、日本の結核対策の中心的な柱となりました。
さらに特筆すべきは、1965年に日本の菌株(Tokyo 172株)から作られたBCGワクチンが、WHOの国際参照品に指定されたという事実です。これは日本のBCG研究が世界的に高く評価された証でもあります。
BCGワクチンの結核予防効果は、多くの研究によって確認されています。様々な文献を総合的に評価した結果によると、乳幼児期にBCGを接種することで、結核の発症を52~74%程度予防できることが報告されています。特に重篤な髄膜炎や全身性の結核に対しては、64~78%程度の高い予防効果が期待できます。
また、一度BCGワクチンを接種すれば、その効果は10~15年程度持続すると考えられています。この持続期間は、結核の感染リスクが高い時期をカバーする上で重要な意味を持ちます。
興味深いのは、日本と米国の結核発生率の比較です。日本の結核患者の発生率は米国の約4倍ありますが、小児に限ってみると日本の方が低い発生率を示しています。この違いの一因として、米国では広く行われていないBCG接種の効果が考えられています。
BCGの作用メカニズムについては、結核菌がマクロファージ(免疫細胞の一種)内で増殖するという特性に関連しています。通常、マクロファージは外部から入ってきた異物を貪食し破壊しますが、結核菌はマクロファージ内での消化を阻害し増殖する能力を持っています。
BCG接種により、弱毒化された結核菌に対する免疫応答が誘導され、T細胞が感作されて記憶細胞として残ります。これにより、実際の結核菌に感染した際に素早く強力な免疫応答が可能となり、発症を防ぐか症状を軽減することができるのです。
BCGワクチン接種後には、様々な副反応が見られることがあります。これらを正しく理解し適切に対処することは、医療従事者にとって重要な知識です。
【一般的な副反応の進行】
BCG接種後の副反応には、リンパ節の腫れや局所・全身の皮膚症状などが報告されています。BCGは世界中で長年使用されてきたワクチンであり、重大な副反応の報告は比較的稀ですが、注意が必要です。
過去6年間(2011-2017年)のBCG接種後副反応を示した7例の報告では、男児5例、女児2例が観察されました。受診時年齢は5~11ヵ月で、BCG予防接種は全例6ヵ月以内に行われ、接種から副反応発現までの期間は平均1.3ヵ月でした。
この研究によると、7例中4例はBCG接種部位を中心に全身に紅色丘疹が散在する「丘疹状結核疹」と考えられ、残りの3例はBCG接種部位近傍に拇指頭大ほどの皮下結節を認める「BCG肉芽腫」と診断されました。
より重篤な副反応としては、骨髄炎や全身のBCG感染の報告もあります。特に、BCG接種後の骨炎については、その発生頻度は10万件の接種に対して0.2例程度と非常に稀ですが、注意が必要です。
【副反応への対処法】
また、接種後に強く赤く腫れることがある「コッホ現象」は、通常の反応と見分けがつきにくいため、不安な場合は医師に相談することが推奨されています。
BCGワクチンと他のワクチンを接種する際の間隔について正確に理解することは、効果的な予防接種計画を立てる上で非常に重要です。
ワクチンは「注射生ワクチン」、「経口生ワクチン」、「不活化ワクチン」の3つに分類されます。BCGワクチンは経皮接種で行われますが、分類上は注射生ワクチンに含まれます。
【接種間隔のルール(2020年10月1日改定後)】
乳幼児期には多くのワクチンを計画的に接種する必要があるため、医師が必要と認めた場合には、複数のワクチンを同時に接種することも可能です。これにより、保護者と子どもの負担を軽減しながら、効率的にワクチン接種を進めることができます。
同時接種を検討する際は、かかりつけ医に相談することが推奨されています。医師は子どもの健康状態や発達状況、地域の感染症流行状況なども考慮して、最適な接種スケジュールを提案します。
なお、BCGワクチン接種前には、どのワクチンをいつ接種したかを確認することが大切です。母子健康手帳にはワクチン接種の記録を正確につけておくことが、適切な接種間隔を守るために役立ちます。
BCGワクチンの接種方針は国によって大きく異なり、日本と世界の状況にはいくつかの顕著な違いが見られます。
【世界のBCG接種状況】
日本では1951年から2003年まで、まずツベルクリン反応試験を行い、陰性の場合にBCG接種を行う方式が採用されていました。2003年までは小中学生も接種対象でしたが、その後対象年齢が徐々に低下し、現在の生後1歳未満での1回接種に至っています。
また、日本では1967年から9針のスタンプを用いた経皮接種法を採用しています。これは日本独自の接種方法であり、諸外国とは異なる点の一つです。
日本の結核対策とBCG接種の取り組みは、小児の結核発生率の低さとして成果が現れています。前述の通り、日本の総結核発生率は米国の約4倍にもかかわらず、小児に限ると日本の方が低い発生率を示しています。これは日本のBCG接種政策の成功を示す一つの指標と考えられます。
興味深いことに、BCGは結核予防以外の効果も研究されています。例えば膀胱がん治療への応用や、最近では新型コロナウイルス感染症の重症化予防への可能性も研究されています。これらの研究では、BCG接種が免疫系に幅広い影響を与え、接種を受けた人の免疫応答を強化する可能性が示唆されています。
国立感染症研究所:日本の結核発生状況と対策の詳細
BCGワクチンの接種率は、日本では他の予防接種と比べても高い水準を維持しています。これは結核という疾患への国民の認識と、日本の公衆衛生政策の成果と言えるでしょう。今後も結核の流行状況や医学的知見の進展に応じて、BCGワクチン接種のあり方が検討され続けることが予想されます。