アデノ随伴ウイルス(AAV:Adeno-Associated Virus)は、遺伝子治療において最も注目されているベクターシステムです。AAVは元来非病原性のウイルスで、ヒトに対する病原性が非常に低いことが特徴です。
AAVゲノムにはrepとcapの2つの主要遺伝子が存在し、repは複製に必要な非構造タンパク質(Rep78、Rep68、Rep52、Rep40)を、capは3種の構造タンパク質(VP1、VP2、VP3)をコードしています。これらのタンパク質により形成される20面体のカプシドが、目的遺伝子を細胞内に効率的に運搬する役割を果たします。
AAVベクターの最大の利点は、非分裂細胞への遺伝子導入が可能であることです。これにより神経細胞や筋細胞など、従来の遺伝子治療では困難とされていた細胞への治療遺伝子導入が実現しています。また、導入された遺伝子は染色体外に存在し、ゲノムへの組み込みリスクが極めて低いことも重要な特徴です。
AAVを用いた遺伝子治療の代表的成功例として、血友病治療が挙げられます。特に血友病Bに対するscAAV2/8-LP1-hFIXco投与の長期追跡研究では、治療から13年後でも第IX因子の発現が持続し、臨床的ベネフィットが維持されていることが確認されました。
この研究では、重症血友病Bの男性患者10例に対して3つの用量群(低用量、中用量、高用量)で治療を実施しました。驚くべきことに、治療後の追跡期間中央値13.0年において、遅発性の安全性に関する懸念は認められませんでした。
血友病以外でも、網膜色素変性症や嚢胞性線維症に対する臨床試験が実施されており、これまでベクターに関係した重大な副作用は報告されていません。このような実績により、AAVベクターは現在の遺伝子治療において主流の位置を確立しています。
従来のAAVベクター製造では、**中空粒子(empty vector)**の大量発生が深刻な問題となっていました。この中空粒子はゲノムを持たない空の粒子で、不必要な免疫反応や副作用を誘発するため、臨床使用前に除去する必要があり、製造コストの増加要因となっていました。
自治医科大学の研究グループは、この課題を解決する革新的な製造法を開発しました。従来のAAVプロモーター制御システムから、Rep発現をCMVプロモーターで、**Cap発現をテトラサイクリン依存性プロモーター(TetP)**で制御する分離システムに改変することで、市販システムと比較して効率的なAAVベクター産生を実現しました。
この改変により、以下の効果が確認されています。
近年、AAVベクターの長期安全性について新たな知見が報告されています。イヌを用いた10年間の長期研究において、肝臓がんのリスクを上昇させる可能性のあるゲノム変化が確認されました。この研究では、AAVベクターのゲノムがイヌの染色体に挿入され、細胞増殖やがんに関連する遺伝子への影響が検出されました。
特に注目すべき所見として、2頭のイヌで凝固第VIII因子の血中濃度が4年間安定した後、予期せず上昇し始め、研究終了時には初期濃度の3倍に達したことが報告されています。ただし、この濃度でも健康なイヌと比較してはるかに低く、現在進行中の臨床試験では同様の現象は観察されていません。
日本の規制当局も、複数の臨床試験で死亡例を含む重篤な有害事象が発生したことを受け、AAVベクターの安全性確保に向けた対応を強化しています。現在、日米欧で8品目が承認済みですが、16品目が第三相臨床試験中という状況で、継続的な安全性モニタリングが重要視されています。
AAV遺伝子治療の最大の課題の一つが、中和抗体の存在です。学童期で人口の50%以上がAAVに対する抗体陽性となるため、十分な治療効果を得られない患者が多く存在します。
この問題を解決するため、革新的なナノマシン技術が開発されました。ワインや茶に含まれるタンニン酸と精密合成高分子のフェニルボロン酸を組み合わせたAAV搭載ナノマシンは、以下の優れた特性を示します:
効果的な抗体回避。
副作用軽減効果。
さらに、マイクロバブル集束超音波照射との組み合わせにより、脳への遺伝子導入選択性を6倍向上させることにも成功しています。この医用デバイスとの融合技術は、将来の脳神経疾患治療に新たな可能性をもたらすものと期待されています。