ゾルゲンスマは2020年5月に国内で保険適用された脊髄性筋萎縮症(SMA)の治療薬で、薬価は1億6707万7222円に設定されています。この価格は従来の国内最高額であった白血病治療薬「キムリア」の3349万円を大幅に上回り、現在でも国内最高額の医薬品となっています。
参考)https://medicaldoc.jp/news/202005n0116/
薬価算定において、ゾルゲンスマは類似薬であるスピンラザ(949万3024円)との比較で評価されました。スピンラザが定期的な投与を必要とするのに対し、ゾルゲンスマは一回の静脈内投与で治療が完了する可能性が高く、「疾患の根治可能性がある」「患者の負担が軽くなる」などの有用性が認められ、高額な薬価が設定されています。
参考)https://gemmed.ghc-j.com/?p=33919
年間対象患者数は約15-25人と推定されており、2歳未満の乳児型SMA患者が主な適応となります。投与は専門的な医療機関での一回限りの点滴治療として実施されます。
参考)https://gendai.media/articles/-/71108
1億円を超える治療費に対し、患者の実際の自己負担額は高額療養費制度により大幅に軽減されます。一般的な所得の場合、月額の自己負担限度額は約8万円程度となりますが、1ヵ月の自己負担額が21,000円(家族全員が69歳以下)を超えた方が家族の中に複数いる場合は、医療費を合算して高額療養費制度を利用することが可能です。
参考)https://www.okusuri.novartis.co.jp/zolgensma/support
高額療養費制度では、年収約370万円未満の方であれば月額57,600円、年収約770万円未満の方であれば月額80,100円+(医療費-267,000円)×1%が自己負担上限となります。年収1,160万円以上の高所得者でも、月額252,600円+(医療費-842,000円)×1%が上限額となり、1億円の治療費に対しても月額約150万円程度の負担に抑えられます。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/07f7bed9949e75bf730acab41db849d1e8e55927
制度申請は加入している健康保険組合、協会けんぽ、または市町村の国民健康保険窓口で行います。事前に限度額適用認定証を取得することで、医療機関窓口での支払いを自己負担限度額までに抑えることができます。
ゾルゲンスマの適応となる脊髄性筋萎縮症は小児慢性特定疾病事業の対象疾患であり、患者の自己負担額はさらに軽減されます。この制度では、世帯の所得に応じて自己負担上限月額が設定されており、最高でも月額15,000円以内に抑えられます。
小児慢性特定疾病制度の自己負担上限額は以下のとおりです。
さらに、対象となる患者は2歳未満であるため、多くの自治体が実施している乳幼児医療費助成制度(こども医療費助成制度)も併用できます。この制度により、自治体によっては所得制限なく全額助成されるため、実質的な自己負担はほとんど発生しない状況となります。
医療経済学の観点から、ゾルゲンスマの費用対効果は従来治療と比較して優位性が認められています。スピンラザによる継続治療では、患者の生涯にわたって定期的な髄腔内投与が必要となり、総医療費は長期間にわたって累積されます。
一方、ゾルゲンスマは一回の投与で治療が完了する可能性が高く、長期的には医療費削減効果が期待されています。また、髄腔内注射による患者・家族の身体的・精神的負担、通院に伴う社会的コストの削減効果も評価されています。
医療機関においては、高額薬剤の在庫管理や事前準備、専門的な投与手技の習得が必要となります。投与にあたっては日本小児神経学会が策定した「適正使用指針」に基づく厳格な適応判定と、十分な説明同意が求められています。
国の医療費財政への影響については、年間対象患者数が限定的であることから、制度運営への深刻な影響は回避されていますが、今後同様の高額治療薬の登場に備えた制度設計の検討が継続されています。
薬剤費以外にも、ゾルゲンスマ治療には多くの関連コストが発生します。専門医療機関への通院・入院に伴う交通費、宿泊費、家族の仕事調整による機会損失などが挙げられます。特に地方在住の患者家族にとって、都市部の専門病院への長期間の通院は大きな経済的負担となる場合があります。
これらの課題に対し、製薬企業であるノバルティスは患者支援プログラムを提供しており、治療に関する情報提供や医療機関との連携支援を行っています。また、公益財団法人等による交通費助成制度や宿泊費補助制度も活用できる場合があります。
心理社会的支援の観点では、高額治療薬への罪悪感や将来への不安を抱く家族への精神的サポートも重要です。医療ソーシャルワーカーによる相談支援、患者家族会との連携、長期フォローアップ体制の整備が治療成功の鍵となります。
投与後の継続的なモニタリングには、定期的な検査や評価が必要で、これらの費用も医療保険の適用対象となります。遺伝子治療の特性上、長期にわたる安全性監視が必要であり、医療機関には継続的な患者管理体制の構築が求められています。