線維化とは、慢性的な臓器傷害によって引き起こされる修復過程で、過剰な細胞外マトリックス物質が蓄積する病態です。特に肝臓においては、慢性肝炎やアルコール性肝疾患、脂肪肝などの長期的な傷害により線維化が進行し、最終的には肝硬変や肝細胞がんに至る重要なプロセスとなります。この線維化の進行度を正確に評価することは、治療介入の時期や効果判定において非常に重要です。
従来、臓器の線維化評価の確実な方法としては生検があります。肝臓の場合、肝生検は体の表面から針を刺して肝臓の細胞を直接採取し、顕微鏡で観察する検査法です。しかし、この方法は侵襲的で入院が必要となり、患者への身体的負担が大きいだけでなく、採取した組織が必ずしも臓器全体の状態を反映しないという限界もあります。
そこで注目されているのが血液中の線維化マーカーです。これらのマーカーは採血のみで評価可能であり、外来で簡便に実施でき、繰り返し検査することで経過観察にも適しています。主な線維化マーカーには以下のようなものがあります。
これらのマーカーは、まず採血による評価を行い、必要に応じて肝生検を検討するという流れで使用されることが一般的です。また、患者によってはマーカーのみで経過観察を行う場合もあります。
肝臓の線維化を評価するマーカーは、それぞれ異なる特性と感度を持っています。これらのマーカーを適切に選択し解釈することで、侵襲的な肝生検を回避しながらも高精度な線維化評価が可能になります。
ヒアルロン酸は、線維化と炎症の双方を反映するマーカーです。肝臓の線維化が進むと、肝臓内の伊東細胞や線維芽細胞からのヒアルロン酸産生が亢進します。さらに、通常は肝類洞内皮細胞がヒアルロン酸の約90%以上を分解していますが、線維化に伴いこの機能が低下するため、血中濃度が上昇します。臨床的には肝硬変と非肝硬変の鑑別に有用性が高く、C型慢性活動性肝炎におけるインターフェロン治療効果予測にも役立ちます。ただし、関節リウマチなどの炎症性疾患でも上昇するため、他の疾患の影響を考慮する必要があります。
IV型コラーゲンとIV型コラーゲン7Sは、基底膜の主要成分であり、肝臓の血管と胆管に存在しています。肝臓が損傷すると、これらのコラーゲンが産生されて損傷部位を修復しようとするため、血中濃度が上昇します。特にIV型コラーゲン7Sは肝線維化の良好なマーカーとして知られています。
**III型プロコラーゲンN末端ペプチド(P-III-P)**は、コラーゲン合成過程で放出される前駆物質です。肝線維化では、コラーゲン生成が活発になるため、血中のP-III-P濃度が上昇します。しかし、このマーカーも腎疾患など他の病態で上昇することがあるため、解釈には注意が必要です。
これらの従来のマーカーに比べて、M2BPGiは肝線維化に対するより高い特異性を持つ新しいマーカーです。M2BPGiは肝線維化の進行に伴って変化する糖鎖修飾タンパク質で、他の臓器の影響を受けにくいという利点があります。2017年に産業技術総合研究所とシスメックス株式会社は、このM2BPGiを用いた世界初の糖鎖マーカーによる肝線維化検査技術を開発し、わずか17分という短時間で高精度な判定が可能になりました。
各マーカーの感度と特異度を比較すると、M2BPGiが最も優れているとの報告が多いですが、患者の基礎疾患や臨床状況によって最適なマーカーは異なります。例えば、C型肝炎では抗ウイルス治療の効果予測にヒアルロン酸が有用であるのに対し、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)ではM2BPGiの有用性が高いとされています。
また、単一のマーカーよりも複数のマーカーを組み合わせたスコアリングシステムが開発されています。例えば、FIB-4インデックスはAST、ALT、血小板数、年齢を用いた計算式で、NAFLD fibrosis scoreは年齢、BMI、高血糖の有無、血小板数、アルブミン、AST/ALT比を組み合わせたスコアです。これらの複合スコアは、単独マーカーよりも高い診断精度を提供することが多いです。
M2BPGi(Mac-2結合蛋白糖鎖修飾異性体)は、肝線維化マーカーとして近年特に注目されている糖鎖マーカーです。このマーカーは、肝線維化の進行過程で糖鎖構造が変化するという現象に着目して開発されました。
M2BPGiの最も重要な臨床的意義は、肝線維化の高精度評価にあります。従来のマーカーであるヒアルロン酸、IV型コラーゲン、P-III-Pなどは、肝臓以外の要素からも影響を受ける可能性があるため、特異性に一部限界がありました。それに対してM2BPGiは肝臓に特異的な変化を評価できるため、その精度は非常に高いとされています。
特に注目すべき点は、M2BPGiが線維化の進行度評価だけでなく、将来の肝細胞がん発生リスク予測にも有用であることです。慢性肝疾患患者における肝発がんリスクの層別化に役立ち、より厳格な経過観察が必要な患者を特定することが可能になります。
M2BPGiの測定は、自動免疫測定法により僅か17分で結果が得られるという迅速性も大きな利点です。これは産業技術総合研究所とシスメックス株式会社の共同研究によって実現したもので、肝生検や画像診断に比べて簡便かつ非侵襲的に肝線維化の評価が可能になりました。
従来のマーカーと比較すると、M2BPGiの優位性は以下の点にあります。
M2BPGiは特に非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD/NASH)や慢性C型肝炎などの疾患において、肝線維化の進行を早期に検出するのに有用であることが多くの研究で示されています。2018年のJournal of the Association of Medical Technologistsに掲載された研究では、M2BPGiが肝の線維化と良好に相関し、他のマーカーや係数と比較して最も有効であることが報告されています。
また、興味深いことにM2BPGiは食事の影響を受ける可能性があることも報告されており、検査前の条件を統一することで、より正確な評価が可能になるとされています。
M2BPGiマーカーの登場により、肝線維化の評価は新たな段階に入ったと言えるでしょう。従来の侵襲的な生検に頼らず、より患者負担の少ない方法で高精度な線維化評価が可能になり、早期の治療介入や効果判定に大きく貢献しています。
線維化は肝臓だけでなく、膵臓や肺など他の臓器でも重要な病態です。近年、これらの臓器における線維化を評価するための新規マーカーの研究が進んでいます。
膵臓の線維化マーカーとしては、2023年に名古屋大学と藤田医科大学の共同研究グループにより、画期的な発見がありました。研究チームは、膵星細胞に存在する膜タンパク質「メフリン(Meflin、遺伝子名Islr)」が、膵星細胞を特定するためのマーカーとして利用できることを発見しました。
膵星細胞は、膵臓の間質に存在する細胞で、その名の通り星形の形状をしています。通常は膵臓の恒常性維持に関わっていますが、慢性膵炎や膵がんなどの病態では、線維化に深く関与すると考えられています。しかし、これまで生体内での挙動や働きについては詳しくわかっていませんでした。
メフリンというマーカーを用いることで、慢性膵炎や膵がんといった膵臓疾患において、膵星細胞がどのように振る舞うかを詳細に解析することが可能になりました。研究の結果、膵星細胞が線維芽細胞を生み出す起源となっていること、また慢性膵炎では膵星細胞が膵臓の修復(線維化の抑制や細胞増殖のサポート)に関わっている可能性も示唆されました。
これらの発見は、膵臓の線維化メカニズム解明に向けた重要な一歩となり、将来的には慢性膵炎や膵がんの新たな治療法開発につながることが期待されています。
肺の線維化マーカーについては、2024年6月に大阪大学の研究グループが注目すべき成果を発表しました。間質性肺炎は肺に不可逆的な線維化を起こす難病で、2022年には日本における死因の第11位とも報告されています。抗線維化薬の開発が進んでいるものの、一度形成された線維化を正常に戻すことは困難なため、早期介入が重要です。
研究チームは、血中を流れる細胞外小胞(エクソソーム)に着目し、網羅的解析を行った結果、肺サーファクタント蛋白B(SP-B)が線維化進行を予測できる新規バイオマーカーであることを発見しました。血清中の細胞外小胞に含まれるSP-Bを測定することで、線維化進行リスクのある患者を早期に特定し、抗線維化薬などの早期介入が可能になると期待されています。
これらの新規マーカーの発見は、それぞれの臓器における線維化の理解を深め、早期診断や治療効果の評価、さらには新規治療法の開発に貢献する可能性があります。特に、従来は生検など侵襲的な方法でしか評価できなかった臓器内部の変化を、血液検査など比較的簡便な方法で評価できるようになることは、臨床的に大きな意義を持ちます。
糖鎖構造の変化に着目した線維化マーカーの研究は、最新のバイオマーカー開発において注目される分野です。2025年1月の最新研究では、脂肪肝の一種である代謝機能不全関連脂肪性肝疾患(MASLD、旧称NAFLD)における肝線維化の進展と相関する糖鎖群が発見されました。
名古屋大学と北海道大学の共同研究グループは、組織学的に線維化ステージを精密に評価した患者由来の血清を用いて網羅的なN型糖鎖解析を実施しました。その結果、肝線維化の進展に伴いバイセクトN型糖鎖群が有意に発現上昇することを見出しました。特筆すべきは、これらのバイセクトN型糖鎖が従来の線維化評価パラメーターであるFIB4 index、M2BPGiやF因子と相関を示す一方で、炎症に関連する病理パラメーターとは相関しないことです。これは、純粋に線維化のみを反映する可能性を示唆しています。
さらに詳細な解析により、この糖鎖群はタンパク質IgAに結合していることが明らかになりました。研究チームはこの知見を活かし、糖鎖とタンパク質に着目した簡易診断キットを作成し、MASLD(特にその一部であるMASH)における肝線維化の進展を評価できることを実証しました。
この研究成果は、従来の評価法である肝生検が患者への負担が大きく出血や感染症などのリスクがあるという問題を解決する新たな非侵襲診断マーカーとして期待されています。IgAバイセクトN型糖鎖は、MASLDにおける肝硬変や肝がんへの移行リスク評価を簡易かつ精密にスクリーニングできる可能性があります。この研究成果は2025年1月24日に国際医学雑誌『Journal of Gastroenterology』に掲載されました。
糖鎖に着目したアプローチの先駆けとしては、2017年に産業技術総合研究所とシスメックス株式会社が開発した糖鎖マーカーを用いた肝線維化検査技術があります。このM2BPGiを活用した検査は、血液検査だけでわずか17分という短時間で高精度な判定を可能にしました。
糖鎖構造は、タンパク質に結合し、細胞の接着、分化、免疫、感染など多くの生命現象において重要な役割を果たしています。疾患の進行に伴い糖鎖構造が変化するという特性を利用することで、より特異的かつ鋭敏なバイオマーカーの開発が可能になります。
糖鎖マーカーの大きな利点は、特定の病態に対する高い特異性と感度です。特に肝線維化の文脈では、他の原因で上昇する可能性がある従来のマーカーと比較して、より正確に線維化の進行度を反映することが期待されています。また、糖鎖マーカーは早期の変化を捉えられる可能性があり、線維化の初期段階からの介入を可能にするかもしれません。
今後の研究課題としては、より多様な臨床背景を持つ患者での検証や、治療介入による糖鎖構造の変化の追跡などが挙げられます。また、肝臓以外の臓器における線維化に対しても、同様の糖鎖解析アプローチが有効である可能性があり、幅広い応用が期待されています。
肝線維化進展の分子機序と血中肝線維化マーカーに関する詳細な解説
大阪大学による肺線維化を予測する新規マーカーの研究
名古屋大学による脂肪肝の肝線維化を識別する糖鎖マーカーの最新研究