デルマタン硫酸(DS)は、L-イズロン酸またはD-グルクロン酸とN-アセチル-D-ガラクトサミンの2糖が反復する糖鎖に硫酸が結合したグリコサミノグリカンで、コンドロイチン硫酸Bとも呼ばれている 。この物質は、プロテオグリカンという構造でタンパク質と結合し、動物の皮膚や種々の結合組織に多く存在している 。
参考)https://www.iwai-chem.co.jp/products/pg/dermatan-sodium-sulfate/
DSの最も顕著な効果は、その高い保水能力にある 。細胞の周りで水分を蓄える役割を担い、肌の水分保持・調節に深く関与している 。皮膚の構成要素として、肌は70%がヒアルロン酸、25%がデルマタン硫酸で成り立っており 、ヒアルロン酸やコンドロイチンと同様に、肌の潤いを保つために不可欠な成分として機能している 。
参考)http://www.pg-r.com/DS.html
さらに、DSは表皮のターンオーバーサイクルを正常化することで、肌の柔軟性向上と明るさの改善にも寄与している 。これらの生理活性は、皮膚の健康維持において重要な役割を果たしている。
参考)https://bio-i.co.jp/material/material10/
デルマタン硫酸は、コラーゲン線維の形成過程において重要な調節機能を発揮している。研究によると、DS鎖は添加量に関係なくコラーゲンのフィブリル形成を促進することが明らかになっている 。この効果は主に電気的な相互作用によるもので、DSの分子量にも関連している 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/chikusan1924/65/1/65_1_33/_article/-char/ja/
CHST14遺伝子の変異によるD4ST1(デルマタン4-O-硫酸基転移酵素-1)の欠損は、デコリンに付加するグリコサミノグリカン鎖の組成変化を引き起こす 。正常では デルマタン硫酸であるべき部分が、患者ではコンドロイチン硫酸に置換され、デコリンを介するコラーゲン細線維のassembly不全が生じる 。
参考)https://www.nanbyou.or.jp/wp-content/uploads/2013_pdf/s111.pdf
エーラス・ダンロス症候群の研究から、DSの欠損は皮膚コラーゲンネットワーク構造に異常を来すことが確認されており 、デコリン陽性線維の分布が粗になることが観察されている 。これらの知見は、DSがコラーゲン線維の適切な組織化において必須の役割を担っていることを示している。
参考)https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/23156
デルマタン硫酸は血管系において重要な保護機能を有している。DSは血管、大動脈弁、腱、肺などで見出され 、凝固・線溶系、心血管疾患、発癌、感染、線維症、外傷治癒における役割が報告されている 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%82%BF%E3%83%B3%E7%A1%AB%E9%85%B8
皮膚毛細血管の構成成分の一つとしてDSは機能し、毛細血管の強化、血行促進、血液の酸性化防止に寄与している 。血管内皮細胞におけるDSの生合成は、血管の構造維持において重要である。
興味深いことに、カドミウム曝露による動脈硬化の進展において、DSが病変進展に関与することも報告されている 。血管内皮細胞にカドミウムが作用すると、デルマタン硫酸糖鎖の伸長が認められ、糖鎖伸長酵素CHSY1がPKCαを介して誘導される 。この研究は、DSが血管の病的変化においても重要な役割を果たすことを示している。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-19K19418/19K19418seika.pdf
筋拘縮型エーラス・ダンロス症候群(mcEDS)は、デルマタン硫酸の生合成酵素欠損に基づく代表的な遺伝性疾患である 。CHST14の病的バリアントによるデルマタン4-O-硫酸基転移酵素-1(D4ST1)の欠損、またはDSE遺伝子変異によるデルマタン硫酸エピメラーゼの欠損により発症する 。
参考)https://glycoforum.gr.jp/glycoword/glycopathology/GD-C02J.html
この疾患では、全身性のデルマタン硫酸欠乏により、進行性結合組織脆弱性(皮膚過伸展・脆弱性、全身関節弛緩・慢性脱臼・変形、巨大皮下血腫など)および発生異常(顔貌の特徴、先天性多発関節拘縮など)を呈する 。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-19H03616/
患者では、皮膚は過伸展性から弛緩性で易出血性を示し、容易に離開し萎縮性瘢痕を残す特徴がある 。創傷治癒の遅延も認められ、皮膚線維芽細胞を用いた検討では、Chst14欠損由来の細胞で顕著な機能低下が観察される 。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-19K08745/19K087452022jisseki/
これらの病態は、正常な結合組織機能におけるDSの不可欠性を逆説的に証明しており、DSが皮膚の機械的強度と修復機能において中心的役割を果たすことを示している。
関節軟骨において、デルマタン硫酸はコンドロイチン硫酸、ケラタン硫酸と並んで最も一般的なグリコサミノグリカンの一つである 。これらのGAGは、アグリカンなどのプロテオグリカンの構成要素として、軟骨の構造維持と機能発現において重要な役割を担っている 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpan/15/Suppl/15_Suppl_15/_pdf
変形性関節症の治療において、グルコサミンやコンドロイチンと同様に、DSは軟骨の構造的完全性の維持に寄与している。軟骨は圧縮に対する抵抗力を持つ必要があり、DSを含むプロテオグリカンがこの機能を支えている 。
参考)https://www.ejim.mhlw.go.jp/pro/overseas/c03/21.html
小型犬の骨関節疾患症例への長期栄養支持研究では、コンドロイチン硫酸、ケラタン硫酸およびデルマタン硫酸が関節軟骨の健康維持において相乗的に作用することが示されている 。これらの成分は、関節の生理的機能を支える微小環境の形成に不可欠である。
また、ラット歯槽骨の発達・成熟過程における免疫組織化学的研究では、DSを含むグリコサミノグリカンの分布が骨の成長と密接に関連していることが報告されている 、これは骨組織の代謝におけるDSの重要性を示唆している。
参考)http://www.jstage.jst.go.jp/article/perio1968/36/4/36_4_794/_article/-char/ja/
デルマタン硫酸は創傷治癒過程において多面的な効果を発揮する。皮膚細胞の分裂・増殖を調節し 、細胞の活性化を通じて組織修復を促進している。この効果は、DSが細胞外マトリックスの構成要素として、細胞の微小環境を整える役割に由来している。
創傷治癒用材料として用いられるヒト羊膜組織においても、DSは重要な構成成分として含まれている 。プロテオグリカンとしてデルマタン硫酸およびルミカンが含有され、線維芽細胞増殖因子(FGF)と協働して細胞増殖を促進し、コラーゲンマトリックスの形成を支援している 。
参考)https://www.mimedx.jp/EPIFIX_Product_Brochure.pdf
エーラス・ダンロス症候群のマウスモデル研究では、DS欠損が創傷治癒の遅延を引き起こすことが確認されている 。正常な創傷治癒過程では、DSが線維芽細胞の機能を支え、適切なコラーゲン合成と組織リモデリングを可能にしている。
特に注目すべきは、DSが炎症の抑制、瘢痕組織形成の低減にも寄与することである 。これらの多様な生理活性により、DSは創傷治癒の各段階において最適な微小環境の形成を支援し、組織の機能的回復を促進している。