空腹時に生じる胃痛が食事摂取後も改善しない症例では、通常の胃酸過多による痛みとは異なる病態が関与している。正常な生理状態では、空腹時に分泌された胃酸は食事摂取により中和され、痛みは軽減される。しかし、機能性ディスペプシア患者では胃排出能の低下や内臓知覚過敏により、食事後も症状が持続する特徴がある。
胃酸分泌のメカニズムは以下の通り。
機能性ディスペプシアの病態では、胃底部の適応弛緩障害が重要な役割を果たしている。正常では食物摂取時に胃底部が弛緩し、食物を受容するが、この機能が障害されると早期満腹感や食後の胃痛が生じる。
従来の胃潰瘍では空腹時痛が典型的とされるが、食べても治らない胃痛を呈する特殊な病型が存在する。特に胃角部や前庭部に位置する潰瘍では、胃排出能の低下により食後も症状が持続することがある。
胃潰瘍の病型別症状パターン。
ピロリ菌感染胃炎では、胃酸分泌パターンの変化により典型的でない症状を呈することが多い。特に胃体部萎縮が進行した症例では、胃酸分泌の低下により空腹時痛が軽減される一方、胃運動機能の障害により食後症状が遷延する。
Rome IV基準による機能性ディスペプシアの診断では、食後愁訴症候群(PDS)と心窩部痛症候群(EPS)の2つのサブタイプに分類される。空腹時から食後まで持続する胃痛では、両サブタイプの重複例が多く認められる。
機能性ディスペプシアの診断基準(Rome IV)。
日本消化器病学会の機能性ディスペプシア診療ガイドライン2021では、症状に基づく診断の重要性が強調されている。特に「食べても治らない」胃痛は、従来の潰瘍性疾患とは異なる病態を示唆する重要な臨床所見である。
内視鏡検査による器質的疾患の除外が診断の前提となるが、軽微な胃炎所見の存在は機能性ディスペプシアの診断を否定するものではない。ピロリ菌感染の有無による症状の差異も考慮する必要がある。
空腹時から食後まで持続する胃痛に対して、近年注目されているのが漢方薬の六君子湯(りっくんしとう)の効果である。六君子湯は日本で開発された伝統医学であり、機能性ディスペプシアや胃運動機能障害に対する有効性が複数の臨床研究で実証されている。
六君子湯の作用機序。
ラット実験では、六君子湯投与により胃排出能が有意に改善し、胃粘膜損傷に対する保護効果も確認されている。また、がん化学療法による食欲不振や嘔吐に対しても、制吐薬との併用により有効性が報告されている。
二重盲検比較試験において、六君子湯は機能性ディスペプシア様症状を有意に改善し、特に食欲不振や悪心に対する効果が確認された。空腹時から食後まで持続する胃痛に対しても、従来の酸分泌抑制薬では効果不十分な症例で六君子湯の追加投与が有効である可能性がある。
機能性ディスペプシアに対する六君子湯のメタアナリシスでは、プラセボと比較して有意な症状改善効果が示されている。特にアジア系患者において効果が高いことが報告されており、日本人の機能性ディスペプシア患者には第一選択薬として考慮すべき治療選択肢である。
機能性ディスペプシアの病態に関する詳細な解説
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8831363/
空腹時から食後まで持続する胃痛の診断には、胃排出シンチグラフィーによる客観的評価が重要である。胃麻痺(gastroparesis)では、胃排出の著明な遅延により食後症状が遷延し、空腹時痛の改善が期待できない。
胃運動機能検査の適応。
胃麻痺の診断基準では、4時間後の胃内残存率が10%以上(固形食)または20%以上(液体食)の場合に胃排出遅延と判定される。特に糖尿病患者では、血糖コントロール不良により胃運動機能が障害され、特徴的な症状パターンを呈する。
胃電図検査も胃運動機能評価の有用な手法である。正常では3回/分の胃電気活動リズムが観察されるが、機能性ディスペプシアでは徐脈性不整脈や頻脈性不整脈が認められることがある。
感染後機能性ディスペプシアでは、感染性腸炎の既往後に胃運動機能障害が生じることが知られている。カンピロバクター感染後では、特に胃排出遅延が高頻度に認められる。
胃麻痺の最新の診断と治療に関するコンセンサス
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8259275/