鉄欠乏性貧血の患者に「空腹時に飲むと吸収率が上がりますよ」と伝えると、かえって治療効果が落ちることがあります。

医療の場でよく耳にする「第一鉄」と「第二鉄」という名称は、鉄のイオン価数を指しています。第一鉄(Fe²⁺、2価鉄)はフェロミア®などで代表される従来の経口鉄剤で、胃酸の存在下で溶けやすく、古くから使われてきた形態です。一方、第二鉄(Fe³⁺、3価鉄)はクエン酸と結合した構造をもつクエン酸第二鉄水和物(商品名:リオナ®錠)が代表で、消化管内でリン酸と結合しリンの吸収を抑える作用も持っています。
もともとリオナ®錠は慢性腎臓病(CKD)患者の高リン血症の改善薬として承認されていましたが、鉄欠乏性貧血への適応が2021年に追加されました。これは意外なルートでの承認といえます。
一般的な化学の知識では「Fe²⁺(第一鉄)のほうが消化管から吸収されやすく、Fe³⁺(第二鉄)は吸収効率が低い」とされています。これは事実です。しかし、リオナ®錠の国内第Ⅲ相比較試験では、貧血改善効果においてクエン酸第一鉄ナトリウム(フェロミア®)に対する非劣性が示されています。つまり、効果は同等ということですね。
その理由は、十二指腸に存在するシトクロムb(Dcytb)という酵素がFe³⁺をFe²⁺に還元して吸収するメカニズムが存在するためです。また、リオナ®錠は食事由来のリン酸と結合して安定した複合体を消化管内で形成するため、遊離鉄による消化管粘膜への直接刺激が軽減され、吐き気や胃痛といった副作用が少ない傾向があります。
サプリメントの世界においても、クエン酸第二鉄は「クエン酸第二鉄アンモニウム」などの形で鉄分含有サプリに配合されることがあります。患者が市販品と処方薬の両方を使用している可能性があるため、医療従事者としては成分の確認が不可欠です。
リオナ®の鉄吸収メカニズム(鳥居薬品・Riona.jp)|Dcytbによる還元・吸収の流れを図解で確認できます
鉄剤は空腹時に服用するほうが吸収率が高い——これは長年の常識として医療従事者の間にも広く浸透しています。しかし、クエン酸第二鉄水和物に関しては、この常識がそのまま当てはまりません。
2025年11月に『International Journal of Hematology』に掲載された国内研究者による無作為化クロスオーバー試験では、鉄欠乏性貧血患者12例を対象に、クエン酸第二鉄水和物500mgを「空腹時」と「食直後」に投与し、鉄吸収を比較しました。結果として次のことが明らかになっています。
| 評価項目 | 空腹時投与 | 食後投与 | 差 |
|---|---|---|---|
| ΔCmax(血清鉄最大変化量) | 基準 | 39%高値 | 📈 +39% |
| ΔAUC0-24(24時間曲線下面積) | 基準 | 29%高値 | 📈 +29% |
| 有害事象 | − | 報告なし | ✅ 差なし |
これは従来の非ヘム鉄(硫酸第一鉄など)では「食後に飲むと吸収が低下する」という知見と逆の結果です。意外ですね。
なぜ食後のほうが吸収率が高くなるのでしょうか?クエン酸第二鉄水和物は、食事由来のリン酸と結合することで消化管内で安定した構造をとります。その状態で胃酸や消化酵素が作用することで、鉄が緩やかに放出されて吸収効率が上がると考えられています。またリオナ®錠は食直後服用が添付文書でも明記されており、この試験結果はその用法の根拠を科学的に補強するものです。
患者への服薬指導では「食事の直後に飲むのが大切です」と具体的に伝えることが、実際の吸収率と服薬アドヒアランスを同時に高めることにつながります。食後投与が正解です。
CareNet.comニュース(2025年11月)|Int J Hematol掲載・食後投与で吸収39%増加の試験結果の詳細
クエン酸第二鉄水和物(リオナ®錠)の最大の特徴のひとつが、従来の鉄剤と比べて消化器副作用が少ないことです。過去に鉄剤を服用して吐き気や胃痛がひどかった患者でも、リオナ®錠への切り替え後は症状が軽減したという報告が臨床現場では少なくありません。
国内臨床試験データでは、主な副作用として以下が報告されています。
下痢が生じた場合は1日2錠(500mg)を1錠(250mg)に減量することで改善するケースが多いです。これは条件として覚えておけばOKです。
なお、従来の経口第一鉄剤では「消化器症状が出るため、副作用軽減目的で食後に服用する」という指導が行われていましたが、これには「食後に飲むと吸収率が落ちる」というトレードオフがありました。クエン酸第二鉄はそもそも食後に吸収率が上がるため、副作用軽減と吸収率向上を同時に達成できる点が大きなメリットです。
また、クエン酸第二鉄水和物がリオナ®錠と他の鉄含有製剤(フェロミア®など)を同時に使用する場合は、鉄過剰症を引き起こすリスクがあります。鳥居薬品の公式FAQでも「併用注意ではないが過剰症のおそれあり」と明記されています。患者が市販の鉄サプリを自己購入・併用していないかの確認は重要です。
鳥居薬品 リオナ®よくあるご質問Q9|他の鉄含有製剤との併用リスクについての公式見解
医療従事者として特に注意したいのが、患者が医師の処方とは別に、インターネット通販で海外製の鉄サプリを購入・服用しているケースです。これは今や珍しい状況ではありません。
2024年12月25日、国民生活センターは「海外事業者の鉄サプリメントの長期使用により鉄過剰症を発症」という重大な注意喚起を発表しました。具体的な事例は以下のとおりです。
日本人の食事摂取基準(2025年版)における鉄の耐容上限量は、成人男性で50mg/日、成人女性で40mg/日です。通常の推奨摂取量は成人女性で6〜10.5mg程度ですから、海外製サプリ1錠で既に推奨量の5〜10倍を摂っていることになります。これは痛いですね。
問題となる「キレート鉄」とは、アミノ酸と鉄をキレート結合させた形態のサプリで、通常の腸管吸収経路(調節機能つき)ではなく、アミノ酸の吸収経路から体内に取り込まれます。通常、体内の鉄が過剰になるとヘプシジンが上昇して腸管での鉄吸収を抑制する仕組みが働きますが、キレート鉄はこの調節機能をすり抜けるため、過剰症が起きやすいのです。
鉄過剰症が進行すると、フェリチン値が著明に上昇(2000ng/mLを超えることもある)し、肝臓・心臓・膵臓などの臓器に鉄が沈着して重篤な臓器障害につながります。患者に「貧血に良いと思ってネットで買ったサプリ」がある場合は、成分と含有量の確認を必ずするのが原則です。
国民生活センター(2024年12月25日)|海外製鉄サプリメントによる鉄過剰症発症事例の注意喚起詳細
鉄剤の効果を最大化するための指導として、これまであまり知られていない重要なポイントがあります。それがヘプシジンと服薬回数の関係です。
ヘプシジンは肝臓から分泌されるペプチドホルモンで、体内の鉄量を調節する中心的な役割を担っています。鉄を摂取するとヘプシジンが上昇し、腸管での鉄吸収を抑制する仕組みが作動します。注目すべきは、鉄剤を1日2〜3回に分けて服用すると、ヘプシジン濃度が継続的に上昇した状態が続き、かえって鉄の吸収が抑制されてしまうという点です。
最新のガイドラインでも「分服(1日2〜3回)よりも1日1回の服用が推奨される」という方向性が示されています。また、隔日(1日おき)投与のほうが毎日投与より吸収効率が高いという研究も報告されており、1日の鉄吸収量には生理的な上限(約10mg)が存在することが背景にあります。
これを患者目線で説明するなら、「毎日3回飲むより、1日1回確実に飲む方が効果的です」という言い方が伝わりやすいです。これは使えそうです。
さらに、貧血治療において最も起こりやすい失敗は早期の服薬中止です。鉄剤を開始してから血清ヘモグロビンは1〜2週間で上昇し始め、6〜8週間で正常域に入ることが多いです。しかし、貯蔵鉄(フェリチン)が十分に回復するまでには4〜5か月かかります。
患者はヘモグロビンが正常化した時点で「もう治った」と判断し、自己中断してしまいがちです。フェリチン値が低い状態が続くと、倦怠感・集中力低下・抜け毛・爪の変形などの症状が残存します。医療従事者からの継続指導が、治療転帰を大きく左右します。
日本鉄バイオサイエンス学会|鉄欠乏性貧血の治療法・貯蔵鉄が回復するまでの期間について