抗ヒト胸腺細胞ウマ免疫グロブリン(ATG)は、ヒト由来の胸腺細胞で免疫したウマの血漿から分離精製した免疫グロブリンGです。この薬剤は分子量約150,000のポリクローナル抗体として機能し、生体内でT細胞と特異的に反応します。
ATGの作用機序は、T細胞表面の抗原と結合することで、末梢血中のリンパ球数を著明に減少させることにあります。この免疫抑制効果により、自己免疫的な機序で造血幹細胞が破壊される再生不良性貧血において、造血機能の回復を促進します。
国内では主にウマ由来のATG製剤(アトガム)が使用されており、ウサギ由来のATG製剤(サイモグロブリン)と比較して、より長い臨床使用実績があります。両製剤ともに免疫抑制剤として分類され、薬効分類番号6399に該当します。
ATG療法の有効性は、1970年のMathe'sらの報告に端を発します。当初は骨髄移植の前処置として使用されていましたが、ATG単独投与により自己造血の回復が観察されたことから、再生不良性貧血の治療法として確立されました。
再生不良性貧血の重症度分類において、ATGは以下の患者群に適応されます。
ATG療法の奏効率は患者の重症度や年齢により異なりますが、適切な症例選択により60-70%の患者で血球数の改善が期待できます。特に若年患者や発症から治療開始までの期間が短い症例で良好な成績が報告されています。
海外では30年以上にわたって使用されており、腎移植における拒絶反応の治療にも適応があります。日本では1992年より再生不良性貧血に対する開発が開始され、現在では標準的な治療選択肢として位置づけられています。
ATGは異種蛋白であるため、様々な副作用が報告されています。副作用は投与時期により以下のように分類されます。
即時型アレルギー反応
投与中に発現する最も重要な副作用で、以下の症状に注意が必要です。
血液学的副作用
循環器・呼吸器系副作用
血清病
投与後7-14日頃に発現する遅発性副作用で、関節痛、筋肉痛、発熱を特徴とします。免疫複合体の形成により生じ、症状は通常自然軽快しますが、重篤な場合はステロイド治療を要することがあります。
副作用の管理には、投与前の皮内テストの実施、投与中の厳重なモニタリング、緊急時対応の準備が不可欠です。特に初回投与時は、医師の立会いのもと、救急処置が可能な環境で行う必要があります。
ATGの標準的な投与方法は以下の通りです。
投与量
投与方法
投与上の重要な注意点
投与前準備として、以下の点が重要です。
併用禁忌薬として、生ワクチン(おたふくかぜ、麻疹、風疹ワクチン等)があります。ATGの免疫抑制作用により、弱毒生ワクチンが発病する可能性があるためです。
また、他の免疫抑制剤(シクロスポリン等)との併用時は、過度の免疫抑制による感染症やリンパ増殖性疾患のリスクが高まるため、慎重な投与が必要です。
ATGの薬物動態は、患者の免疫状態や体重により大きく影響を受けます。血中半減期は約8-16日と比較的長く、投与終了後も数週間にわたって免疫抑制効果が持続します。
特殊な患者群への配慮
妊娠・授乳婦
ATGはIgGであり胎盤を通過する可能性があるため、胎児および出生児に免疫抑制作用が引き起こされる可能性があります。妊娠中の投与は、治療上の有益性が危険性を上回る場合のみ検討されます。
高齢者
高齢者では一般に生理機能が低下しているため、副作用が発現しやすい傾向があります。投与量の調整や、より頻回なモニタリングが推奨されます。
腎機能・肝機能障害患者
ATGは主に網内系で代謝されるため、腎機能障害の影響は比較的少ないとされています。しかし、肝機能障害患者では代謝が遅延する可能性があり、慎重な投与が必要です。
薬物相互作用
ATGは主に物理的・化学的な相互作用を示します。他の注射薬との配合変化に注意し、同一ルートでの同時投与は避ける必要があります。
投与中は定期的な血液検査により、血球数、肝機能、腎機能、電解質バランスをモニタリングし、副作用の早期発見に努めることが重要です。特に感染症の兆候(発熱、白血球数の異常な変動)には十分な注意が必要です。
ATG療法は専門的な知識と経験を要する治療法であり、血液内科専門医による適切な管理のもとで実施されるべき治療です。患者・家族への十分な説明と同意取得、多職種チームでの連携が治療成功の鍵となります。
NTT東日本関東病院血液内科の詳細な治療プロトコール
https://www.nmct.ntt-east.co.jp/divisions/hematology/atg/
KEGG医薬品データベースでの詳細な薬剤情報
https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00070804