コリスチンメタンスルホン酸ナトリウムは、体内で一度も「そのまま」抗菌作用を示さない——投与した薬の約70%は抗菌活性を持たないまま腎臓から排泄されます。
コリスチンメタンスルホン酸ナトリウム(CMS-Na)は、1950年に小山らがBacillus colistinusから発見したサイクリックポリペプチド系抗菌薬「コリスチン」の誘導体です。 当初は硫酸塩・塩酸塩として開発されましたが、より低毒性の誘導体を求めた研究の結果、メタンスルホン酸エステル化したCMS-Naが実用化されました。chemotherapy+1
CMS-Na自体はほとんど抗菌活性を持たず、静脈内投与後に体内で加水分解されてコリスチンへと変換されて初めて抗菌作用を発揮します。つまりプロドラッグです。 この変換効率は約30%にとどまり、残り約70%はコリスチンメタンスルホン酸のまま腎臓から排泄されます。japic+1
これは重要な点です。
多くの医療従事者が「投与量=抗菌活性量」と無意識に考えがちですが、CMS-Naの場合、実際に抗菌活性を示すコリスチンへの変換は投与量の3割程度に過ぎません。この特性が血中濃度の予測を難しくし、TDM(治療薬物モニタリング)の重要性に直結しています。
| 成分 | 抗菌活性 | 主な排泄経路 |
|---|---|---|
| CMS-Na(投与形態) | ほぼなし | 腎排泄(大部分) |
| コリスチン(活性体) | あり(殺菌的) | 腎排泄・代謝 |
コリスチンの標的は細菌の外膜です。 グラム陰性菌の外膜を構成するリポポリサッカライド(LPS)の脂質A部分は、通常、負電荷を帯びたリン酸基を持っています。コリスチンの環状ペプチド構造に含まれるジアミノ酪酸(Dab)の正電荷がLPSの負電荷と静電的相互作用を引き起こし、外膜の安定性を低下させます。kegg+1
この結果、外膜に局所的な障害が生じます。細菌の細胞内物質が流出し、最終的に殺菌活性が発揮されます。 要するに「細菌の外壁を物理的に壊す」作用機序です。
参考)https://www.jshp.or.jp/content/2015/0402-4-2.pdf
だからこそ、β-ラクタム系や aminoglycoside系など「細菌の代謝経路を標的」とする抗菌薬とは交差耐性が生じにくいのです。 多剤耐性菌に対しても有効である根拠がここにあります。
参考)https://www.japic.or.jp/mail_s/pdf/24-05-1-07.pdf
コリスチンの抗菌スペクトルで注意すべきは、グラム陽性菌やセファロスポリン耐性グラム陰性菌の一部(プロテウス属・セラチア属など)には無効である点です。 この事実を見落とすと、広域カバーを期待して使用しても効果がない状況に陥ります。
コリスチンはグラム陰性桿菌に対して殺菌的に作用します。 主な感受性菌は大腸菌、シトロバクター属、クレブシエラ属、エンテロバクター属、緑膿菌、アシネトバクター属です。特に注目されるのは多剤耐性緑膿菌(MDRP)や多剤耐性アシネトバクター(MDRA)です。
in vitroのデータでは、緑膿菌は3.13 μg/mLで約71%の発育抑制、大腸菌・赤痢菌は1.56 μg/mLで100%の発育抑制が確認されています。 数値だけではピンとこないかもしれませんが、1.56 μg/mLというのは「1Lの生理食塩水に1.56 mgを溶かした濃度」のイメージです。非常に微量で高い抗菌力を発揮します。
🦠 主な感受性菌(注射剤)。
感受性菌でも、カルバペネマーゼ産生菌(KPC株)やNDM-1産生株に対してin vitroで抗菌力を示す報告があります。 これが「最後の切り札」と呼ばれる根拠です。
一方で感受性がない菌に使っても効果ゼロです。投与前に必ず感受性試験の実施と確認が必要です。
コリスチンの最大の臨床的課題は腎毒性です。使用成績調査の最終報告(280例)では、腎機能障害の発現割合は27.1%(76/280例) に上ります。 神経毒性は2.9%(8/280例)でした。
これは深刻な数字です。
腎毒性の機序として、近年の研究ではNLRP3インフラマソームの過剰活性化がトリガーになっていることが示唆されています。 コリスチンはIL-1βとHMGB1という2つの炎症増幅因子の放出を同時に促進し、相乗的に炎症を惹起することが明らかになっています。 「単なる腎毒性薬」ではなく、免疫炎症反応を介した複雑な機序があります。
腎毒性発現のリスクファクターには以下があります。 :
参考)https://www.chemotherapy.or.jp/uploads/files/guideline/colistin_guideline.pdf
また、神経毒性(末梢神経障害・神経筋接合部障害)は投与前から神経障害を持つ患者でリスクが上昇します。 患者背景の確認が必須です。
腎機能障害がある場合、CMS-Naの排泄が遅延し体内蓄積が起きます。用量調節なしに継続すると腎毒性が急速に悪化するリスクがあります。腎機能に応じた用量調節を適正使用指針に従って必ず実施してください。
参考)https://www.chemotherapy.or.jp/uploads/files/guideline/colistin_guideline_update.pdf
CMS-Naはプロドラッグであるため、通常の維持投与のみでは有効血中濃度(コリスチンとして)に達するまでに数時間〜1日以上かかることがあります。この遅延が治療失敗の一因になり得ます。
そこで近年注目されているのがローディングドーズ(負荷投与) です。 初回に通常の2倍程度の用量を投与することで、有効血中濃度への到達を早める戦略です。
参考)http://www.kanazawa-med.ac.jp/~kansen/situmon3/colistin.html
PK/PDパラメータでは、コリスチンの抗菌効果はfAUC/MICと高い相関性があることが動物感染試験で示されています。 これは「濃度依存的というより、暴露量依存的」であることを意味します。
一方で、ローディングドーズは腎毒性リスクも上昇させる可能性があるため、腎機能が低下している患者には慎重な判断が必要です。静注時の投与では4.5日後の血漿中コリスチンCmaxは約2.2±1.1 μg/mL、AUC₀₋₈は約11.5±6.2 μg·hr/mL、t₁/₂は5.9±2.6時間と報告されています。
コリスチンの適正使用に関する詳細なガイドラインは、日本化学療法学会が公表している改訂版指針が参考になります。用量設定や腎機能別の調節方法が体系的にまとめられています。
コリスチンの適正使用に関するガイドライン(日本化学療法学会)。
コリスチンの適正使用に関する指針—改訂版—(日本化学療法学会)
「耐性を獲得しにくい」とされてきたコリスチンですが、近年mcr遺伝子による水平伝播可能な耐性機序が問題になっています。 mcr-1はLPSの脂質A部分にホスホエタノールアミンを付加することで、コリスチンとの静電的相互作用を減弱させます。つまり、作用機序の「入り口」を塞ぐ耐性です。
参考)https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/130702.pdf
国内の畜産由来株でもmcr-1の検出が報告されており、乳用牛で2.8%、豚で45.0%(特に子豚で80.0%)という陽性率が示されています。 人医療と動物医療の間での耐性菌拡散(One Health問題)は、臨床現場にとっても他人事ではありません。
耐性です。
コリスチン耐性が確認された場合、残る治療選択肢は極めて限られます。WHO もコリスチンをヒト臨床医療で最も重要な薬剤(critically important antimicrobials)の一つとして位置づけており、不必要な使用は厳に避けるべきです。
mcr遺伝子に関する最新の国内動向は農林水産省の情報が参考になります。
コリスチン耐性について(農林水産省 動物医薬品検査所)
コリスチンの作用機序・使用成績・副作用データの一次情報源として、日本薬学会のJAPIC資料も参照価値があります。
コリスチンメタンスルホン酸ナトリウム 薬効・副作用データ(JAPIC)