カテプシンKは、リソソームに局在するシステインプロテアーゼの一種であり、破骨細胞から分泌される主要なコラーゲン分解酵素です。骨組織においては、破骨細胞が酸とカテプシンKを主とした蛋白分解酵素を分泌することで、骨ミネラルの溶解とコラーゲンの分解を行い、骨組織を破壊・吸収します。
カテプシンK阻害薬は、この破骨細胞による骨吸収機能を選択的に抑制する薬剤です。従来のビスホスホネート製剤などの骨吸収抑制薬と大きく異なる点は、破骨細胞の分化や寿命には影響せず、骨吸収機能のみを抑制することにあります。そのため、破骨細胞による骨芽細胞誘導能を維持したまま骨吸収を抑制できるという特徴があります。
カテプシンKの活性中心は、チオール基を持つシステイン残基であり、カテプシンK阻害薬はこの活性中心に作用して酵素活性を阻害します。これにより、骨のコラーゲン分解が阻害され、骨吸収が抑制されるのです。
興味深いことに、カテプシンKの活性中心のアミノ酸配列は動物種によって大きく異なります。例えば、odanacatibはラットやマウスでは効果が発現しにくいため、動物モデルの研究ではウサギやサルが使用されています。
現在までに研究・開発されてきたカテプシンK阻害薬には、以下のような種類があります。
その他にも、研究用試薬として知られるものには以下があります。
これらの中で最も研究が進んでいたodanacatibは、長期間にわたる臨床試験で骨密度を増加させる効果が確認されています。しかし、各薬剤は選択性の違いや副作用プロファイルが異なるため、開発状況もそれぞれ異なっています。
カテプシンK阻害薬の中で最も臨床開発が進んでいたodanacatibについては、複数の臨床試験でその有効性が確認されています。
日本人患者を対象とした多施設共同二重盲検ランダム化比較試験では、odanacatibの52週間投与により、腰椎及びすべての股関節部位で用量依存的に骨密度(BMD)が増加することが示されました。具体的には、プラセボ群、odanacatib 10mg、25mg、50mg投与群における腰椎(L1~L4)BMDのベースラインからの変化率は、それぞれ0.5%、4.1%、5.7%、5.9%でした。
特筆すべき点として、odanacatibによる腰椎骨密度増加効果は直線的で経年的に減衰しないという特徴があります。また、大腿骨近位部、頸部などの骨密度も経年的に増加することが確認されています。
動物実験では、卵巣摘出後のニュージーランド白ウサギを用いた27週間の飼育試験において、odanacatib投与群ではアレンドロネート(ビスホスホネート製剤)投与群に比べて、骨形成率の抑制が少ないことが示されています。具体的には、偽手術(sham)群に対して、対照群では約1.96倍、アレンドロネート群では約0.98倍と増加が抑制されたのに対し、odanacatib群では約1.61倍と抑制が少なく、アレンドロネート群よりも高いレベルでした。
これらの結果は、カテプシンK阻害薬が従来の骨吸収抑制薬と比較して、骨形成を維持しながら骨吸収を抑制するという理想的な特性を持つことを示唆しています。
カテプシンKは当初、破骨細胞特異的な酵素と考えられていましたが、最近の研究では免疫系においても重要な役割を果たしていることが明らかになっています。
東京医科歯科大学の高柳広教授らのグループは、カテプシンKが免疫担当細胞である樹状細胞で働き、免疫の活性化に重要な役割を担うことを発見しました。具体的には、カテプシンKが樹状細胞を活性化するToll様受容体(TLR)9シグナルの信号伝達に関与していることが明らかになっています。
この発見を踏まえ、日本ケミファ社と共同で開発された新たなカテプシンK阻害薬NC-2300は、関節リウマチモデルの骨破壊を抑制するだけでなく、関節リウマチモデルにおける炎症も抑制することが示されました。さらに、多発性硬化症の動物モデルの治療にも有効であることが確認されています。
これらの研究成果は、カテプシンK阻害薬が従来考えられていた骨代謝だけでなく、免疫系にも作用する「骨免疫学」的な治療薬となり得ることを示唆しています。特に関節リウマチのような、免疫異常と骨破壊が同時に進行する疾患に対しては、両方の側面から治療効果を発揮する可能性があります。
カテプシンK阻害薬の臨床応用において、その安全性プロファイルと副作用の評価は極めて重要です。カテプシンK阻害薬の種類によって、選択性と副作用の発現状況は異なります。
例えば、balicatibはカテプシンK以外にもカテプシンB、Lなどにも阻害作用を示す非選択的な阻害薬であり、臨床試験でモルフェア様の皮膚症状が発現したため開発が中止されました。これは、カテプシンKに対する選択性が低く、他のカテプシンファミリーも阻害することによる副作用と考えられています。
一方、より選択的なodanacatibについては、日本人患者を対象とした臨床試験において高い忍容性が示されています。臨床試験で報告された副作用は比較的軽微なものが多く、重篤な副作用の発現は限定的でした。しかし、長期的な安全性については継続的な評価が必要です。
ONO-5334については、独自のWarheadを用いた選択的阻害剤として設計されており、選択性を高めることで副作用を軽減する戦略が取られています。
NC-2300に関しては、経口投与可能な低分子化合物として開発され、動物実験では関節リウマチモデルや多発性硬化症モデルにおいて有効性が示されています。しかし、ヒトにおける安全性データはまだ限られています。
カテプシンK阻害薬全般に関する懸念点としては、長期的な骨質への影響や他の臓器におけるカテプシンKの機能阻害による影響が挙げられます。カテプシンKは骨以外の組織でも一定の生理的役割を担っている可能性があり、その阻害による長期的な影響については慎重な評価が必要です。
また、薬物動態学的な観点からは、各カテプシンK阻害薬の体内分布や排泄経路、薬物相互作用なども安全性プロファイルを構成する重要な要素です。特に高齢者や腎機能・肝機能低下患者における安全性については、さらなる研究が必要とされています。
カテプシンK阻害薬は、骨代謝疾患の治療における新しいアプローチとして大きな期待を集めています。特に従来の骨吸収抑制薬では避けられなかった骨形成抑制作用が少ないという特徴は、長期的な骨質維持の観点から魅力的です。
今後の展望としては、以下のような点が注目されています。
一方で、克服すべき課題も存在します。
カテプシンK阻害薬は、その独自の作用機序から骨代謝疾患の治療に新たな選択肢をもたらす可能性を秘めています。今後の研究開発と臨床応用の進展により、患者QOLの向上に貢献することが期待されます。