GLP-1受容体作動薬と一緒に使うと、HbA1cがわずか0.12%しか下がらないケースがある。
イメグリミン(商品名:ツイミーグ錠500mg)は、2021年9月に日本で世界に先駆けて発売された新規クラスの経口血糖降下薬です。製造販売は住友ファーマ株式会社が担い、フランスのPoxel社が開発した化合物を日本の臨床試験で検証した経緯があります。
その作用機序を一言で表すなら「ミトコンドリア機能改善を起点にした血糖降下薬」です。ただし、この点については注意が必要です。
現時点で確立されている根拠は主に細胞実験・動物モデルのものが多く、「ミトコンドリア機能をヒトで直接測定して改善した」と言い切れるデータは限られています。臨床家としては"ミトコンドリア関連経路として説明されることが多い薬"という距離感で理解しておくのが安全です。
分子レベルでは、以下の2経路が主要な作用として報告されています。
| 作用経路 | 概要 |
|---|---|
| NAMPT遺伝子発現増強 | 膵β細胞内でのNAD⁺合成を促進。CD38→サイクリックADPリボース→小胞体からのCa²⁺放出という連鎖でインスリン分泌を増強する |
| ミトコンドリア呼吸鎖複合体Ⅰへの競合阻害 | 活性酸素(ROS)の産生を低下させ、β細胞保護・肝臓および骨格筋でのインスリン感受性改善に寄与する |
これらの経路によって発現する薬理作用は、大きく「膵作用」と「膵外作用」に分類されます。つまり2つの柱で血糖を制御するということですね。
膵作用においては、グルコース濃度依存的なインスリン分泌の促進が中心です。血糖が低いときにはインスリン分泌をほとんど促進しない性質があるため、単剤使用時の低血糖リスクは小さいとされています。さらに、β細胞のミトコンドリアに蓄積した"不良なミトコンドリア"を減少させることで、β細胞死を抑制しインスリン分泌能の維持・改善を促すという報告(杏林大学、2024年)もあります。これはメトホルミンにはない特有の作用です。
膵外作用では、肝臓での糖新生抑制と脂肪肝の抑制、骨格筋でのインスリン感受性亢進と糖取り込み促進が確認されています。肝臓への作用はメトホルミンと部分的に重複しますが、ミトコンドリアへの関与の強さに違いがあるため、乳酸アシドーシスのリスクプロファイルが異なるとされています。
参考:イメグリミン作用機序の基盤となる基礎研究(住友ファーマ 医療関係者向けページ)
ツイミーグ:作用機序 | 住友ファーマ 医療関係者向け
イメグリミンの構造はメトホルミンに非常に似ています。実際、メトホルミンの展開化合物を探索する研究の過程で偶然発見された化合物がイメグリミンの起源です。メトホルミンの重篤な副作用である乳酸アシドーシスを回避することを開発目的のひとつとしていました。
メトホルミンとの作用の違いは、以下の3点に集約されます。
| 比較項目 | メトホルミン | イメグリミン |
|---|---|---|
| ミトコンドリア複合体Ⅰへの影響 | 強い阻害 | 競合阻害(影響は軽微) |
| グルコース濃度依存的インスリン分泌促進 | なし | あり |
| β細胞保護・増加作用 | なし | あり(動物モデルで報告) |
| 乳酸アシドーシスリスク | あり(腎機能低下時は禁忌) | 臨床試験では明確なリスクは認められていないが否定もできない |
メトホルミンはeGFR 30未満が禁忌なのに対し、イメグリミンはeGFR 45未満が「推奨しない」という記載でした。この点が「実質的に腎機能が低下した患者には使えない」という印象を与えていました。これは注意点です。
ただし、2025年4月の添付文書改訂によってeGFR 10以上45未満の患者への投与指針が整備されました。腎機能低下例への適応が事実上拡大した意義は大きいです。
乳酸アシドーシスについては、PMDAの審議結果報告書(2021年)においても、メトホルミンと作用機序の一部が共通するため同リスクを検討したと明記されています。現時点では臨床試験での明確なリスク上昇は認められていないものの、「メトホルミンより低い可能性がある」という慎重な表現にとどまっています。
参考:PMDAによる審議結果報告書(乳酸アシドーシスリスクの評価経緯が記載)
審議結果報告書 令和3年6月1日|PMDA(PDF)
TIMES2試験ではメトホルミンとの併用群で消化器症状(悪心・下痢)が25%の患者に発生した、というデータもあります。副作用25%という数字はさすがに無視できません。両剤の作用重複に加え、消化管内環境への同時負荷が関係していると考えられています。メトホルミン服用中の患者にイメグリミンを追加する際は、メトホルミンの用量を先に落としてから導入する戦略が実臨床では取りやすいです。
作用機序の理解が最も臨床に直結するのは「誰に使うか」の判断です。イメグリミンが特に効果を発揮しやすい患者像が、実は国内の解析データからある程度見えてきています。
焼津市立総合病院のデータによると、「肥満患者では効果が減弱し、インスリン分泌が低下した患者では効果が増強する」という傾向が示されています。これはインスリン分泌能を底上げする膵作用が本剤の特長であることと合致します。
日本人の2型糖尿病の特徴として欧米と異なる点があります。日本人は体型が痩せ型あるいは軽度肥満でも発症しやすく、インスリン分泌能の低下が病態の主体であることが多いです。そのような患者層においては、インスリン抵抗性の改善だけに作用するメトホルミンや、単純にインスリンを増やすSU薬よりも、分泌を「グルコース濃度依存的に」助けるイメグリミンの方が理論的に適合しやすい面があります。
特に注目したいのは、β細胞保護作用という観点です。2型糖尿病は診断から年数が経過するにつれてβ細胞数と機能が低下していく進行性疾患です。診断後早い段階(インスリン分泌が比較的保たれているうち)にイメグリミンを導入することで、β細胞消耗のスピードを遅らせる可能性が理論上あります。これは使えそうな視点ですね。
ただし、すでに長期経過してβ細胞が高度に消耗した患者では、この作用の恩恵を受けにくい点も留意が必要です。
また、TIMES2試験での他剤との併用成績を見ると、DPP-4阻害薬との組み合わせでHbA1cが最大−0.92%低下したのに対し、GLP-1受容体作動薬との組み合わせでは−0.12%にとどまりました。これが驚きの結果です。両薬はともにインクレチン系やミトコンドリア機能に関与する点が重複しているため、上乗せ効果が出にくかった可能性が考えられています。GLP-1受容体作動薬をすでに使用している患者へのイメグリミン追加は、費用対効果の面からも慎重に検討する必要があります。
参考:TIMES2試験の長期有効性・安全性データ(住友ファーマ医療関係者向けページ)
ツイミーグ TIMES2試験データ|住友ファーマ
副作用プロファイルの理解は処方設計の根幹です。イメグリミンの安全性で特に押さえておくべきポイントを整理します。
🔷 低血糖リスクの分類
| 投与状況 | 低血糖発現率 |
|---|---|
| 単独投与(TIMES1) | 1.9%(プラセボ 0.9%) |
| 単独投与(TIMES2) | 1.5% |
| SU薬との併用(TIMES2) | 11.8% |
| インスリンとの併用(TIMES3) | 21.3%(プラセボ 15.9%) |
単独・非SU併用では低血糖は多くなりにくいです。これはグルコース濃度依存的なインスリン分泌機序に起因します。血糖が低いときにはあまり分泌を促さないため、DPP-4阻害薬と同様の安全性プロファイルを持ちます。
一方、SU薬やインスリンとの併用ではリスクが上昇します。11.8%という数字はかなり高い水準です。これらの薬を併用する際は患者への低血糖症状の事前教育と、必要であれば低血糖補正食の確保指導が欠かせません。
🔷 消化器症状
悪心・下痢・便秘は1〜5%未満に認められます。単剤使用時は多くの場合軽度ですが、メトホルミンとの併用では先述のとおり25%(下痢15.6%、悪心10.9%)と顕著に上昇します。消化器症状が心配な状況への対処としては、導入初期に500mgを1日2回(1000mg/日)から開始し、2〜4週間で忍容性を確認してから添付文書用量の2000mg/日に増量する方法が現場では選択されやすいです。
🔷 服薬アドヒアランスに影響する実務的な問題
イメグリミン1錠はメトホルミン500mg錠よりサイズが大きく、1回2錠・1日2回(計4錠)の服用が求められます。糖尿病患者は多くの場合すでに複数の薬を服用しており、「さらに大きな錠剤が4錠増える」という物理的・心理的ハードルは意外に高いです。薬効の検討と同じくらい、続けられる処方設計かどうかを事前に確認することが原則です。
参考:イメグリミンの副作用・注意点の詳細(日経メディカル処方薬事典)
イメグリミンは現時点では「HbA1cを下げる追加薬」としての位置づけが中心ですが、その作用機序の特殊性から複数の展望が研究レベルで示されています。これは意外ですね。
🧠 糖尿病性認知症への応用可能性
健康科学大学の研究(2024年2月)では、イメグリミンが糖尿病性刺激によって活性化したミクログリア(脳の免疫細胞)において活性酸素を減少させ、ミトコンドリア傷害を軽減することが明らかになりました。糖尿病は認知症のリスク因子として広く知られていますが、ミトコンドリア機能を介してその神経障害を抑制できる可能性が示されたことは注目に値します。現時点では動物モデル・細胞実験レベルの結果ですが、今後の臨床研究の基盤になり得ます。
参考:イメグリミンと糖尿病性認知症抑制の可能性(健康科学大学の研究成果)
糖尿病性認知症の予防・改善に資する可能性|健康科学大学
💉 β細胞保護による「インスリン移行の先送り」
2型糖尿病の薬物療法において、インスリン注射への移行は患者にとって大きな心理的・身体的負担です。杏林大学の研究(2024年4月)では、イメグリミンが不良なミトコンドリアを持つβ細胞の死を抑制し、インスリン分泌を維持することが示されました。β細胞数の消耗を遅らせるという作用が臨床的に証明されれば、インスリン導入を遅らせる可能性があります。これはβ細胞保護が条件です。
参考:イメグリミンによるβ細胞ミトコンドリア改善の研究(杏林大学 研究成果)
新規糖尿病薬イメグリミンが膵β細胞のミトコンドリアに与える影響|杏林大学
🫘 腎機能低下例への使用拡大(TWINKLE試験)
2025年4月の添付文書改訂の根拠となったのがTWINKLE試験です。eGFR 45未満の2型糖尿病患者を対象に52週間投与した結果、eGFR 15〜45では500mg・1日2回、eGFR 10〜15では500mg・1日1回でHbA1cが−0.47〜−0.53%低下し、安全性上特段の懸念は認められませんでした。腎機能低下のある患者はSGLT2阻害薬も使用しにくい場合があり、選択肢の広がりとして臨床的意義は大きいです。
🌍 日本限定から世界へ?
現時点でイメグリミンは日本でのみ承認・使用されています。欧米での大規模CVDアウトカム試験のデータはなく、国際的なガイドラインへの掲載も行われていません。この点は処方判断において考慮すべき制約です。ただし、日本人2型糖尿病の病態(インスリン分泌低下型が多い)に合致した薬剤設計であることと、TIMESプログラムの日本人データが蓄積されていることを踏まえると、アジア人糖尿病を対象とした今後の国際展開に可能性はあります。
岐阜大学の後方視的研究(2025年12月)では、イメグリミンを1年以上継続した79人の2型糖尿病患者の解析が行われ、幅広い年齢層でHbA1cの改善が確認されました。長期継続データが積み重なることで、実臨床での位置づけはより明確になっていくと期待されます。
参考:イメグリミン長期使用の実臨床成績(岐阜大学の研究報告)