SBRが正常でも、臨床診断でPDと診断された患者の約20%はパーキンソン病ではない可能性があります。
ドパミントランスポーター(DAT)とは、中脳黒質のドパミン作動性神経細胞の線条体終末部に存在する膜タンパク質で、シナプス間隙に放出されたドパミンを神経終末側へ再取り込みする役割を担っています。このDATに特異的に結合する放射性医薬品「123I-イオフルパン(ダットスキャン®静注)」を静注してSPECT撮像を行う検査が、ドパミントランスポーターシンチグラフィ(DAT-SPECT)です。
SBR(Specific Binding Ratio:特異的結合比)は、このDAT-SPECTにおける定量的指標です。算出の基本的な考え方は「線条体への特異的集積と、後頭葉など非特異的集積部位の集積の比」として表現されます。
$$\text{SBR} = \frac{\text{線条体の平均カウント} - \text{後頭部の平均カウント}}{\text{後頭部の平均カウント}}$$
この数式が示すように、SBRは線条体の絶対的カウント数ではなく、非特異的集積(後頭部など)を基準とした相対値です。つまり後頭部の集積が何らかの原因で変動すれば、SBR値も影響を受けます。
パーキンソン病(PD)では黒質線条体ドパミン神経が変性・脱落し、線条体のDAT密度が低下します。SBRの低下はこの病的変化を定量的に反映するため、診断補助の客観的指標として広く活用されています。
なお、SBRの算出に使用するソフトウェアとしては日本メジフィジックス社の「medi+FALCON」による「DaTView」解析が普及しており、施設間での再現性向上に貢献しています。つまりSBRは「計測方法の標準化」が大前提です。
参考:日本核医学会・日本脳神経核医学研究会によるイオフルパン診療ガイドライン(第2版、2017年)
イオフルパン診療ガイドライン 第2版(日本核医学会)
SBRは単一の普遍的数値ではありません。ガイドラインでも明示されているとおり、使用機種・コリメータ・画像再構成法・患者の年齢・性別によって大きく異なります。これが臨床現場でSBRを「絶対値で判断する」ことが危険な理由です。
まず加齢の影響は無視できません。国内8施設共同研究(神戸大学・国立精神・神経医療研究センター・東北大学など256例、510スキャン)の結果によると、健常成人では加齢とともにSBRはほぼ直線的に10年間で6.3%の割合で減少することが示されています。これはクレジットカード1枚の厚みを1mm、5枚束ねた厚みが約5mm程度に相当するような、非常に緩やかだが確実な変化です。
加齢による集積低下は特に被殻後部から始まり、PD初期の被殻後部優位低下パターンと画像上で重なることがあります。要注意なポイントです。
次に性差も臨床上見落とされやすい点です。女性は男性より平均で約3%SBRが高値を示し、とくに若年層ではこの差が顕著です。エストロゲンホルモンがDAT発現に影響するためと推察されています。つまり同じ年齢でも、女性患者のSBRを男性の正常値と比較すると「異常なし」と見過ごしてしまうリスクがあります。
さらに撮像条件の差異も大きく影響します。
| 影響因子 | 具体的な変動要因 | 対策 |
|---|---|---|
| 使用機器 | カメラメーカー・機種の違い | 施設ごとの基準値設定 |
| コリメータ | LMEGP・LEHR等の選択 | ガイドライン推奨コリメータ使用 |
| 画像再構成法 | FBP法 vs 逐次近似法 | 施設内で統一・固定 |
| 撮像開始時間 | 投与後3〜6時間のどの時点か | 施設内で一定時間に固定 |
| 減弱補正・散乱補正 | 補正の有無や方法 | 装置ごとに一定化 |
このため、他施設から転院してきた患者の以前のSBR値を、自施設の基準値で判断するのは原則として不適切です。施設が変わればカットオフ値も変わります。
参考:ダットスキャン読影のポイント(基本編)
ダットスキャン読影のポイント基本編(日本メジフィジックス)
SBRを正確に読影するうえで、服用中の薬剤の確認は非常に重要です。薬剤の影響を見落としたまま解釈すると、診断を誤る可能性があります。
まずSBRを低下させる薬剤として最も注意が必要なのは、DATへの結合を直接阻害するコカイン・アンフェタミン・メチルフェニデート(リタリン)です。これらはイオフルパンのDAT結合を著明に低下させ、実際の病変がなくても偽陽性所見を生む可能性があります。休薬の目安としてメチルフェニデートは2日、マジンドール(サノレックス)は3日とされています。
次にSBRを増加させる薬剤についても注意が必要です。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は、線条体におけるDAT結合を10%程度増加させることがあります。これにより視覚的には「正常」に見える画像が得られることがあり、DLBやPDの見逃しリスクが生じます。さらにSSRIはセロトニントランスポーターへの本剤結合を阻害するため、バックグラウンドが低下し線条体集積を過大評価する可能性もあります。意外ですね。
日本核医学会ガイドラインに示された主な注意薬剤と休薬目安を確認しておきましょう。
| 成分名(商品名) | 分類 | 推奨休薬日数 |
|---|---|---|
| パロキセチン(パキシル) | SSRI | 5日 |
| エスシタロプラム(レクサプロ) | SSRI | 8日 |
| クロミプラミン(アナフラニール) | 三環系 | 21日 |
| ピモジド(オーラップ) | 神経遮断薬 | 28日 |
| メチルフェニデート(リタリン) | DAT阻害薬 | 2日 |
| メマンチン(メマリー) | NMDA阻害薬 | 5日 |
なかでもピモジドとクロミプラミンの休薬期間が約3〜4週間必要な点は、検査スケジュール計画のうえで実務的に大きな影響を持ちます。外来で検査依頼を受けた際は、処方薬の内容を必ず確認し、必要であれば処方医と連携したうえで休薬調整を行うことが診断精度の確保につながります。
また検査前の直前チェックも欠かせません。頭痛薬・鼻炎薬(プソイドエフェドリン含有品など)・睡眠薬などを検査前夜または当日に服用していないかを口頭で必ず確認しましょう。検査の再現性が条件です。
SBRは定量的な指標として有用ですが、それだけで診断するのは原則として誤りです。日本核医学会のガイドラインや日本メジフィジックスの読影ポイントでも「あくまでSBRは参考であり、視覚評価を重視する」と明記されています。
SPECT画像の視覚的評価は4パターンに分類されます。
重要な点は、PDで典型的に見られる「被殻後部の集積低下(ドット状)」のパターンの場合、SBRの低下が数値として現れないことがあるという事実です。形態変化(コンマ→ドット)が先行し、SBR数値はまだ正常域にとどまっているケースがあるのです。これが「SBRだけを見ていると見逃す」落とし穴です。
さらに重大な概念として「SWEDD(Scans Without Evidence of Dopaminergic Deficit)」があります。海外の大規模多施設臨床研究では、臨床診断でPDとされた患者の3.6〜19.6%がDAT SPECT正常と報告されています。SBRが正常でも臨床像がPDに見える患者群です。
SWEDDには複数の病態が混在していることが近年わかってきました。
なかでも成人発症型GCH-1遺伝子変異によるパーキンソニズムは、DAT-SPECTが正常を示しながらレボドパに反応するという非常に稀なケースです。SWEDDという言葉は「単一疾患ではなく、様々な病態が混在する概念」として理解する必要があります。
参考:DAT SPECT正常のパーキンソン病患者(SWEDD)
DAT SPECT正常のパーキンソン病患者(SWEDD)とは(parkinsons.jp)
臨床現場でDAT-SPECTとSBRをどのように活かすか、という実践的視点は、画像の「読み方」だけでなく「いつ・どう使うか」という運用設計にまで及びます。これが検査の本当の価値を引き出すポイントです。
まずPDの鑑別に絞ってSBRの立ち位置を整理します。
| 疾患 | DAT集積 | 集積パターンの特徴 |
|---|---|---|
| パーキンソン病(PD) | 🔴 低下 | 被殻後部優位、左右差あり(ドット型) |
| レビー小体型認知症(DLB) | 🔴 低下 | 両側線条体びまん性・左右差少 |
| 進行性核上性麻痺(PSP) | 🔴 低下 | 尾状核頭の低集積が目立つ |
| 多系統萎縮症(MSA-P) | 🔴 低下 | 強い低下、必ずしも対称性でない |
| 本態性振戦(ET) | 🟢 正常 | コンマ型集積が保たれる |
| 薬剤性パーキンソニズム(DIP) | 🟢 原則正常 | ただし潜在的DAT障害があれば低下 |
| アルツハイマー型認知症(AD) | 🟢 正常〜軽度 | DLBとの鑑別に感度78%・特異度94% |
特に見落とされやすいのが薬剤性パーキンソニズム(DIP)のケースです。DIPはSBR・DAT集積ともに原則正常を示しますが、原因薬剤を休薬しても症状が改善しない場合には、潜在的なDAT障害(つまり早期PDの併存)が存在する可能性があります。休薬後もフォローアップ撮像を計画することが重要です。
次に、繰り返し検査の意義について触れます。健常加齢による集積低下は年0.5〜2.5%ですが、PDでは年6〜13%の低下を示します。これはおよそ10年で比較すると、健常者がせいぜい5〜25%の低下に留まるのに対して、PDでは60〜130%という非常に大きな差があることを意味します。
初回検査で「境界値」「判断困難」と判定された症例では、少なくとも2年のフォロー検査を行うことで87.5%の割合で診断できるとされています。つまり1回の陰性結果でPDを否定しないことが原則です。
また脳幹上部のドパミン集積という点も独自の観察ポイントとして注目されています。基底核の集積に加えて脳幹上部の集積を組み合わせることで、PDとMSA・PSPの鑑別精度が向上する可能性が示唆されています。現時点では確立した方法ではありませんが、視覚的評価の際に脳幹上部にも意識を向けておくことは有益です。
これらのことを踏まえると、SBRは単体で使う「判定ツール」ではなく、臨床症状・MRI・MIBG心筋シンチグラフィ・縦断的フォローなど複数の情報を統合して解釈する「鑑別の一要素」として位置づけるのが正しい活用法です。結論は統合評価が原則です。
参考:核医学検査を用いたパーキンソン病の診断(筑波大学脳神経外科)
核医学検査を用いたパーキンソン病の診断(筑波大学)