神経伝導検査(Nerve Conduction Study, NCS)は、末梢神経線維に電気的な刺激を与え、その結果生じる活動電位を記録して神経の機能を評価する検査方法です 。この検査により、脱髄疾患の診断において重要な情報を提供することができます。
参考)神経伝導検査(神経伝導速度検査 / Nerve Conduc…
神経系では、有髄神経の周りに髄鞘(ミエリン)と呼ばれる物質が取り巻いており、これにより跳躍伝導による高速な神経インパルスの伝達が可能となっています 。脱髄疾患では、この髄鞘が障害されることで神経伝導速度が低下し、様々な神経症状が引き起こされます。
参考)脱髄疾患の概要 - 07. 神経疾患 - MSDマニュアル …
神経伝導検査では、皮膚の上に電極を貼り付け、神経に体表から電気刺激を加えて、誘発された電位を記録します 。この検査により、潜時(刺激から波形が出現するまでの時間)、振幅(信号の大きさ)、伝導速度(電気信号の伝わる速さ)などのパラメータを測定することができます 。
参考)神経伝導検査  
神経伝導検査における最も重要な役割の一つは、脱髄性障害と軸索性障害を鑑別することです。これらの障害パターンは異なる電気生理学的所見を示します。
脱髄性障害では、主に以下の所見が認められます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika1913/85/3/85_3_389/_pdf
一方、軸索性障害では、伝導速度は比較的保たれるものの、複合筋活動電位(CMAP)や感覚神経活動電位(SNAP)の振幅が低下します 。特に感覚神経活動電位は、軸索変性において運動神経よりも先に低下する傾向があります 。
参考)神経伝導検査 
脱髄疾患では、脱髄により絞輪部の軸索膜に有効な電位変化が生じなくなると、伝導遅延から伝導ブロックに至ります 。純粋な伝導ブロックを生じた場合、CMAPは振幅のみ低下し、持続時間の増加はありませんが、通常は伝導遅延と混在するため、振幅低下には持続時間延長を伴います 。
慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)では、神経伝導検査で運動神経の2ヵ所以上で脱髄を示す結果(伝導速度の低下、伝導ブロック等)が得られた場合に診断されます 。CIDPの診断には、特に以下の電気生理学的基準が重要です:
参考)CIDP・MMNの検査と診断
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/81139b498eb2074af96bc4d2358344fb9826fc5c
シャルコー・マリー・トゥース病(CMT)の脱髄型では、神経伝導速度は38m/s以下を示し、活動電位はほぼ正常又は軽度低下を示します 。CMT1Aでは、全長にわたって均一な伝導速度低下(ユニフォームスローイング)がみられ、これはCIDPではめったに起こりません 。
参考)神経伝導検査の実際 脱髄と伝導遅延 CIDPナビ(慢性炎症性…
ギラン・バレー症候群の急性期では、病初期に手首より先の脱髄により遠位潜時延長やCMAP持続時間延長がみられることが特徴的です 。
神経伝導検査による脱髄疾患の診断は、段階的なアプローチが必要です。まず、運動神経伝導検査と感覚神経伝導検査の両方を実施し、脱髄パターンを詳細に評価します。
運動神経伝導検査では、神経の走行に沿って数カ所で電気刺激を行い、誘発されたCMAP(M波)の潜時差から伝導速度を、振幅と持続時間から伝導ブロックや時間的分散の程度を評価します 。記録電極として筋腹上に関電極、腱上に不関電極を配置し、最大上刺激で記録します 。
感覚神経伝導検査では、脱髄でも軸索障害でも早期に活動電位の消失を認めるため、両者の鑑別には運動神経伝導検査がより有用とされています 。しかし、感覚神経の評価も疾患の全体像を把握する上で重要です。
限局性の脱髄を疑う場合には、病変部位を挟む短い区間で伝導速度を測定することが重要です 。これは、長い区間で測定すると異常部分の伝導遅延が希釈され、検出感度が低下するためです。
神経伝導検査は脱髄性疾患の診断において非常に高い臨床的価値を持っていますが、いくつかの限界も存在します。この検査の最大の利点は、客観的で定量的な評価が可能なことです 。
参考)神経伝導検査:どんな検査?検査を受けるべき人は?検査内容や代…
検査の利点。
参考)https://www.okayama-u.ac.jp/user/kensa/kensa/seiri/HP18_NCS.pdf
一方で、検査の限界として以下が挙げられます。
神経伝導検査は糖尿病性末梢神経障害のように、自覚症状が軽度でも早期に伝導速度や振幅の異常が検出されることがあり、その結果をもとに生活指導や治療計画の立案がしやすくなります 。
また、CIDPやMMN(多巣性運動ニューロパチー)などの免疫介在性神経障害では、神経伝導検査により脱髄の分布パターンを評価することで、適切な治療選択につなげることができます 。特に脱髄の分布が偏っているときはCIDPを意識する必要があり、これらの情報は治療方針決定に重要な意味を持ちます 。