真菌感染症の治療において、アゾール系とキャンディン系抗真菌薬は重要な役割を果たしています。しかし、近年これらの薬剤に対する耐性を示す真菌株が世界的に増加しており、臨床現場で深刻な問題となっています。特に、アスペルギルス属やカンジダ属における多剤耐性株の出現は、感染症治療を複雑化させ、患者の予後に大きな影響を与えています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8659312/
アゾール系抗真菌薬は真菌の細胞膜成分であるエルゴステロール合成を阻害し、キャンディン系抗真菌薬は細胞壁の主要成分である1,3-β-D-グルカンの合成を阻害することで抗真菌効果を発揮します。これらの薬剤に対する耐性機構は複雑で、遺伝子レベルでの変異から薬剤排出システムの活性化まで、多岐にわたります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjmm/50/2/50_2_057/_pdf
アゾール系抗真菌薬の耐性機構は主に以下の4つのメカニズムによって発生します:
参考)https://www.antibiotics.or.jp/wp-content/uploads/67-4_263-271.pdf
アスペルギルス属では、cyp51A遺伝子(ERG11の相同遺伝子)の変異が主要な耐性機構となっています。特に注目すべきは、TR34/L98H変異やTR46/Y121F/T289A変異などの特定の遺伝子型が、ヨーロッパから中国まで国際的に拡散していることです。これらの変異株は、イトラコナゾール、ボリコナゾール、ポサコナゾールなどの複数のアゾール系薬剤に交差耐性を示します。
参考)https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/iasr/45/528/article/100/index.html
カンジダ属においても、ERG11の変異は重要な耐性機構です。特に、G464S、R467K、K143Rなどの変異は、フルコナゾール耐性と強く関連しています。また、Hmg1遺伝子の変異も新たな耐性因子として注目されており、従来知られていたCyp51A以外の遺伝的背景も耐性に寄与することが明らかになってきました。
参考)https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1542202415
興味深いことに、長期間のアゾール系薬投与が耐性株の選択的増殖を促進することが臨床データで示されています。長崎大学病院での調査では、イトラコナゾールの累積投与期間とMIC値の間に正の相関関係(r=0.5700, P<0.0001)が認められました。
キャンディン系抗真菌薬は、真菌細胞壁の骨格多糖である1,3-β-D-グルカンの合成酵素を阻害することで抗真菌効果を発揮します。この系統の薬剤に対する耐性は、主にFKS遺伝子の変異によって生じます。
FKS遺伝子には「ホットスポット」と呼ばれる変異しやすい領域が存在し、以下の変異パターンが報告されています:
これらの変異により、1,3-β-D-グルカン合成酵素の薬剤感受性が100倍近く低下することがあります。カスポファンギン、ミカファンギン、アニデュラファンギンなど、キャンディン系薬剤間で交差耐性を示すのが特徴です。
興味深い現象として、「パラドキシカル効果」が知られています。これは、高濃度のキャンディン系薬剤存在下でも真菌が増殖する現象で、カスポファンギンでより顕著に観察されます。この現象は、細胞壁ストレス応答システムの活性化により説明されており、PKS-1やカルシニューリン経路が関与しています。
重要なのは、キャンディン系薬剤はアゾール耐性株に対しても高い抗真菌活性を示すことです。これは、薬剤排出ポンプがキャンディン系薬剤を基質として認識しないためであり、多剤耐性時代における治療選択肢として極めて重要です。
アゾール系とキャンディン系の両方に耐性を示す多剤耐性株の出現は、臨床現場に深刻な影響をもたらしています。特にCandida glabrataでは、両系統に耐性を示す株の増加が問題視されており、治療選択肢が極めて限られる状況となっています。
参考)https://ajhc.or.jp/siryo/20250130k.pdf
多剤耐性の典型例として、Candida aurisが挙げられます。この真菌は:
診断面では、遺伝子検査による迅速診断の限界が浮き彫りになっています。オランダでの29年間の解析では、既知の耐性変異(TR34/L98Hなど)以外にも予測不能な遺伝子型・表現型の多様性が増加していることが示されました。さらに、耐性株感染患者では異なる遺伝子型が混在する「混合感染」が多く観察され、単一の遺伝子検査では耐性の全容を把握できない状況が明らかになっています。
参考)https://www.kameda.com/depts/kei_nakashima/entry/04394.html
この現状を踏まえ、薬剤感受性試験の重要性が再認識されています。特に持続真菌血症や真菌血症の再発例では、臨床経過とともに薬剤感受性結果を慎重に評価し、必要に応じてリポソーマルアムホテリシンBなどの代替薬への変更を検討することが推奨されています。
近年の研究で注目されているのが、農業用アゾール系殺菌剤と医療用アゾール系抗真菌薬の構造的類似性による環境中での耐性選択圧です。この現象は「one health」概念の重要性を示す典型例として位置づけられています。
環境中のアスペルギルス属に対するアゾール系農薬の影響について以下が報告されています。
この問題は単に医療分野だけでなく、農業政策、環境保護、公衆衛生が連携して取り組む必要がある複合的課題として認識されています。実際、一部の国では農業用アゾール系殺菌剤の使用制限を検討していますが、現実的には耐性株の拡散を完全に抑制することは困難とされています。
興味深いことに、患者の長期投与歴がない場合でも、環境由来の耐性株による初回感染例が報告されています。これは、耐性獲得が必ずしも医療現場での薬剤曝露に依存しないことを示しており、従来の耐性発現パターンに対する理解を見直す必要性を示唆しています。
多剤耐性真菌感染症に対する治療戦略は、従来のアプローチから大きく変化してきています。現在推奨される治療アプローチは以下の通りです:
初期治療戦略。
薬剤感受性に基づく治療調整。
予防対策においては、院内感染制御が極めて重要です。特にCandida aurisなどの多剤耐性株については:
新たな治療選択肢として、ベンザニリド構造を含む新規アゾール系化合物の開発も進められています。これらの化合物は、既存のフルコナゾール耐性株に対しても有効性を示すことが報告されており、将来的な治療選択肢として期待されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11962866/
アゾール系とキャンディン系抗真菌薬に対する耐性は、遺伝子変異から環境要因まで多様な要因が関与する複雑な問題です。臨床現場では、迅速で正確な診断、適切な薬剤選択、そして包括的な感染対策が求められています。今後は、新規抗真菌薬の開発とともに、one healthアプローチによる包括的な耐性対策が重要となるでしょう。
国立感染症研究所によるアスペルギルス症の薬剤耐性問題に関する詳細な解説
キャンディン系抗真菌薬の耐性機構に関する包括的なレビュー論文
多剤耐性カンジダ・アウリスの診断・治療・感染対策に関する最新ガイドライン