アクチンは全ての真核生物に最も豊富に存在するタンパク質の一つで、筋肉細胞では細胞内タンパク質の20%以上、非筋細胞でも1-5%を占めています。単量体のアクチンは球状をしていることから「球状アクチン(G-アクチン;globular actin)」と呼ばれます。
参考)https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%B3
アクチン分子は375個のアミノ酸からなる1本のポリペプチドで構成され、中央の深い溝を挟んで2つの主要ドメインに分かれています。さらに各ドメインは2つのサブドメインに細分されます。この溝の奥ではMg²⁺を結合したATPまたはADPが周りのアミノ酸残基と水素結合とイオン結合により強固に結合しており、ヌクレオチドの非存在下ではアクチン分子は変性します。
参考)https://www.tmd.ac.jp/artsci/biol/pdf/cellmove.pdf
🔬 臨床的意義: アクチンの構造異常は細胞の運動能力に直接影響するため、がん細胞の転移能力評価や筋疾患の診断において重要な指標となります。
生理的なイオン条件下では、G-アクチンは重合してアクチンフィラメント(F-アクチン;filamentous actin)を形成します。このフィラメントは2本のプロトフィラメント(直鎖状のアクチン重合体)がらせん状に絡まった構造を持ちます。
アクチンフィラメントは直径7〜9nm、半ピッチは36nmで約13個のアクチン単量体から形成されています。重合プロセスでは、ATP結合型のG-アクチンが重合能を持ち、重合後はアクチン分子の溝部分に存在するATPase活性によりATP結合型からADP結合型に変化します。
G-アクチンとF-アクチンでは、その機能が根本的に異なります。G-アクチンは主に細胞質内に貯蔵された状態で存在し、必要に応じて重合してF-アクチンとなります。一方、F-アクチンは実際の細胞機能を担う活性型です。
参考)https://www.ptglab.co.jp/news/blog/the-highly-adaptive-cytoskeleton/
筋細胞においては、アクチンフィラメントはII型ミオシンと会合してアクトミオシン束を形成し、筋収縮力の発生に直接関与します。神経細胞を含む非筋細胞では、アクチンフィラメントは以下のような多様な構造を形成します:
これらの構造再編成は、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質を介した細胞内情報伝達により時空間特異的に制御されており、細胞運動や細胞分裂における重要な役割を果たしています。
アクチンフィラメントの動的挙動は、多数のアクチン結合タンパク質によって精密に制御されています。これらの制御タンパク質は機能により以下のように分類されます:
重合促進因子:
重合阻害因子:
架橋・安定化因子:
🧪 実験的証拠: 一分子実験により、ミオシン頭部はアクチンフィラメントに弱く結合したままブラウン運動することが示されており、これはレバーアームモデルに代わる「バイアスブラウン運動モデル」の根拠となっています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/55/3/55_148/_article/-char/ja/
アクチンとアクチンフィラメントの機能異常は、多くの疾患の病態に関与することが知られています。特に、がんの転移過程では、アクチン系の動的制御機構が重要な役割を果たします。
がん転移との関連:
がん細胞の浸潤と転移には、アクチンフィラメントの再編成が不可欠です。正常細胞では厳密に制御されているアクチン重合・脱重合のバランスが、がん化により破綻することで、細胞の運動能力が異常に亢進します。
筋疾患との関連:
筋ジストロフィーなどの筋疾患では、アクチンフィラメントとジストロフィンとの結合異常により、筋収縮機能が障害されます。また、心筋症の一部では、アクチン遺伝子の変異が直接的な原因となることも報告されています。
神経疾患との関連:
神経細胞では、アクチンフィラメントはシナプスの形態維持と可塑性に重要な役割を果たします。アルツハイマー病などの神経変性疾患では、アクチン系の機能異常がシナプス機能の低下に寄与する可能性が示唆されています。
治療標的としての可能性:
近年、アクチン重合を標的とした抗がん剤の開発が進んでいます。例えば、サイトカラシンDやラトルンクリンAなどの化合物は、アクチン重合を阻害することでがん細胞の運動能力を抑制する効果が期待されています。
🔬 研究の最前線: 最新の超解像顕微鏡技術により、生細胞内でのアクチンフィラメントの動的挙動がリアルタイムで観察できるようになり、従来の理解を覆す新しい発見が続々と報告されています。
アクチンとアクチンフィラメントの理解は、基礎生物学から臨床医学まで幅広い分野で重要性を増しており、特に個別化医療の時代において、患者個々のアクチン系機能評価が治療選択の指標となる可能性があります。細胞レベルでの詳細な機能解析により、より効果的な診断・治療法の開発が期待されています。