アデュカヌマブの日本承認はいつ?経緯と現在の治療薬

アデュカヌマブの日本承認はなぜ見送られたのか?FDAでの迅速承認から日本での審議経緯、販売終了の背景、そして現在使えるレカネマブ・ドナネマブへの流れを医療従事者向けに詳しく解説します。

アデュカヌマブの日本承認はいつ?承認見送りの経緯と現在の治療薬

アデュカヌマブを患者さんに使えると思って待っていたなら、実はもうその機会は永久に来ません。


🔍 この記事の3つのポイント
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日本での承認は「永久に見送り」

2020年12月に申請されたアデュカヌマブは、2021年12月に厚労省が承認を見送り。その後、開発元バイオジェンが2024年1月に世界的な販売終了を発表し、日本で処方される機会はなくなりました。

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投与患者の35%にARIA(脳浮腫)が発生

アデュカヌマブの高用量投与では、35%の患者にアミロイド関連画像異常(ARIA)が確認されました。有効性が不明確な中での高い副作用発生率が、日本での承認見送りの大きな理由の一つです。

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後継薬レカネマブ・ドナネマブは日本で保険適用済み

レカネマブは2023年12月、ドナネマブ(ケサンラ)は2024年11月に日本で保険適用されており、アデュカヌマブを超えるエビデンスで臨床現場に導入されています。


アデュカヌマブとは何か?疾患修飾薬としての位置づけ

アデュカヌマブ(商品名:アデュヘルム)は、エーザイと米バイオジェンが共同開発したアルツハイマー病治療薬候補です。モノクローナル抗体製剤に分類される「疾患修飾薬」であり、これが従来の認知症治療薬とは根本的に異なる点です。


従来のアリセプトドネペジル)やメマンチンといった薬剤は、脳内の神経伝達物質を補うことで症状を一時的に和らげる「対症療法薬」にすぎず、病気の根本的な進行を止める力はありません。一方でアデュカヌマブは、アルツハイマー病の原因と考えられているアミロイドβ(42個のアミノ酸からなるペプチド)が脳内で凝集して形成する「アミロイド斑(老人斑)」を、直接除去することを目的として設計されています。つまり病気の根っこに作用するという画期的なコンセプトで、長年の研究の末に登場した意欲作でした。


これが疾患修飾薬の定義です。対症療法薬との違いは大きく、もしアミロイド仮説が正しければ、脳の機能が失われる前に原因物質を排除することで、認知機能の低下そのものを抑制できる可能性があります。アルツハイマー病の治療に関わる医師や薬剤師にとって、この薬の登場は「ゲームチェンジャー」として期待されていました。


ただし、年間の治療費がおよそ600万円(米国での当初の薬価は年間約56,000ドル)に達する抗体医薬でもあり、医療経済的な観点でも大きな関心が寄せられていた薬です。


国立長寿医療研究センター:アデュカヌマブの薬の仕組みと疾患修飾薬としての解説(一般向けにわかりやすく解説されています)


アデュカヌマブの日本承認申請はいつ?厚労省での審議経緯

日本における承認申請は2020年12月10日、エーザイとバイオジェン・ジャパンが厚生労働省に対して行いました。これは、米国FDAへの申請(2020年7月)からほぼ5か月後のことです。承認申請の時点では、米国での審査も並行して進んでおり、日米でほぼ同時進行で審査が行われるという、当時としては注目度の高いケースでした。


その後、日本では医薬品医療機器総合機構(PMDA)による審査が進み、2021年12月22日に厚生労働省の薬食審・医薬品第一部会でアデュカヌマブの承認可否が審議されました。結論は「申請データから有効性を明確に判断することは困難」として、承認を了承せず、継続審議とする決定でした。


審議が長引いた原因は、主に以下の点にあります。第一に、2本立てで実施された第3相臨床試験(EMAERGEとENGAGE)の結果が大きく乖離していた問題です。EMERGE試験では高用量投与群で認知機能低下速度を約22%抑制したという結果が得られた一方、ENGAGE試験ではほとんど差が認められませんでした。臨床試験の途中で投与量を変更したことにより、試験デザインの偏りが生じた可能性も指摘されています。


第二の問題は、臨床試験の一度の中止と再開という異例の経緯です。2019年3月に「有効性を示す見込みはない」として試験が打ち切られながら、同年10月にデータを再解析して承認申請が行われたこと自体、専門家から強い疑念を持たれました。


審議は継続中のまま、2024年1月31日にバイオジェン社がアデュカヌマブの世界的な開発・販売終了を発表し、日本でも申請が取り下げられる形となりました。結論として、アデュカヌマブが日本で承認されることは一切なく、終幕を迎えたのです。


時期 出来事
2019年3月 第3相臨床試験を打ち切り(有効性なし)
2019年10月 データ再解析により承認申請方針に転換
2020年7月 FDA(米国)に承認申請
2020年12月10日 日本・厚生労働省に承認申請
2021年6月7日 FDA 迅速承認(条件付き)
2021年12月22日 厚労省:承認見送り・継続審議
2022年 欧州EMA:非承認勧告→申請取り下げ
2024年1月31日 バイオジェン:世界的な販売終了を発表


ミクスOnline:バイオジェン アデュカヌマブの開発・販売中止に関する詳細報道(日本での審議経緯と撤退の背景が詳述されています)


米国FDAが迅速承認した理由と、なぜ日本は承認しなかったのか

FDAが2021年6月7日にアデュカヌマブを迅速承認したことは、世界の医療界に大きな波紋を広げました。11名の諮問委員がほぼ満場一致で承認に反対し、うち3名が承認後に抗議辞任するという異例の事態が生じたほどです。


FDAの迅速承認プログラム(Accelerated Approval Program)は、有効な治療法がない重篤な疾患に対して、臨床的な有効性を示す前に「代替エンドポイント」で承認を認める仕組みです。今回の場合の代替エンドポイントは「脳内アミロイド斑の減少」であり、認知機能の改善ではありませんでした。つまり「アミロイドが減ったから、おそらく有効だろう」という推測ベースの承認です。


FDAは承認の根拠として、アミロイド斑を確実に減少させる効果があること、認知症という重篤な疾患に対して他の有効な選択肢が限られていることを挙げました。しかし、アミロイド仮説そのものが当時すでに疑問視されており、脳内アミロイドを減らしても認知機能が改善しないケースが複数報告されていたため、「アミロイド減少=有益」という論理は説得力に欠けるとの批判が多数ありました。


一方、日本の厚労省が承認を見送った理由は明確です。日本の審査基準では、「代替エンドポイント」での承認には慎重なスタンスがとられており、有効性を「明確に判断できない」以上、承認できないという判断でした。欧州EMAも同様に非承認勧告を出しており、このことは日本の判断の妥当性を裏付けています。


厳しいですね。ただ、こうした慎重な姿勢が結果的に正しかったことは、その後のバイオジェンの撤退判断が証明しています。


副作用の問題も見過ごせません。アデュカヌマブの高用量投与を受けた患者の約35%に、ARIA(アミロイド関連画像異常)と呼ばれる脳浮腫・微小出血が確認されています。35%という数字は、10人に投与すれば3〜4人に副作用が出る計算です。76%は無症候性でしたが、頭痛・意識障害・転倒を引き起こす可能性が残るため、臨床現場での管理負担は決して軽くはありません。


日本医師会総合政策研究機構:アデュカヌマブの承認問題を分析したリサーチレポート(ARIAの発生率や有効性データの詳細な考察が収録されています)


承認見送り後のアデュカヌマブ:なぜ「幻の薬」になったのか(独自視点)

アデュカヌマブは、承認見送りの末に静かに消えていった薬ですが、その失敗の過程には現代の新薬開発が抱える本質的な矛盾が凝縮されています。これは単なる一薬剤の失敗ではなく、「患者家族の期待」「製薬企業の投資回収圧力」「規制当局の判断基準」という三者の複雑な力学が絡み合った結果です。


まず注目すべきは、米国での迅速承認直後に設定された薬価です。バイオジェン社は当初、年間約56,000ドル(約610万円)という価格を設定しました。しかしその後、批判を受けて約28,000ドルに引き下げています。価格を半額に下げざるを得なかった背景には、米国最大の公的保険であるメディケアが「有効性が確認された患者にのみ適用」という厳格な条件を付けたことがあります。結果として使用できる患者層が極めて限定され、普及が進みませんでした。


さらに本承認を得るために必要だった追加臨床試験(ENVISION試験)が、2024年1月にバイオジェン社によって中止されました。公式発表では「安全性・有効性の問題ではなく、事業上の戦略的判断」とされていますが、市場での低い普及率が実質的な撤退理由であることは明白です。


医療従事者の視点から見ると、この経緯は「患者への説明責任」という点で大きな示唆を含んでいます。臨床試験の打ち切りと再解析という不透明なプロセスをたどった薬について、患者やその家族に「有効かもしれない」と説明することがどれほど困難かを、改めて認識させられます。


また、アデュカヌマブの失敗がアミロイド仮説の終焉を意味しないことも重要な点です。後継薬のレカネマブとドナネマブは、より精度の高い分子設計と厳格な臨床試験設計によって、有意な認知機能低下抑制効果を証明することに成功しました。アデュカヌマブは失敗しましたが、その失敗の教訓が後継薬の開発にフィードバックされたという意味では、無駄ではなかったといえます。


アデュカヌマブが前例を作ったことも事実です。


レカネマブ・ドナネマブへの移行:今、医療現場で使える疾患修飾薬

アデュカヌマブが退場した後、アルツハイマー病の疾患修飾薬の実用化は後継薬によって実現しました。現在、日本の医療現場では2つの薬剤が保険適用のもとで使用可能です。


レカネマブ(製品名:レケンビ)については、2023年9月25日に厚生労働省が製造販売承認を取得し、同年12月20日から保険適用のもとで発売が開始されています。アデュカヌマブが不溶性のアミロイド斑を標的としていたのに対し、レカネマブは脳神経を障害しやすいとされる可溶性のアミロイドβプロトフィブリルを標的とした点が異なります。第3相臨床試験(CLARITY-AD試験)では、認知機能低下速度を27%抑制するという有意な結果が得られました。副作用のARIA-Eの発生率は12.6%であり、アデュカヌマブの35%と比べても大幅に低い水準です。これはメリットですね。


ドナネマブ(製品名:ケサンラ)については、2024年9月24日に厚生労働省が製造販売を承認し、2024年11月20日から保険適用となりました。薬価は1瓶(20mL・350mg)あたり約66,948円で設定されています。臨床試験では認知機能低下速度を35%抑制という、現時点で最も高いエビデンスが報告されています。ただし、ARIA-Eの発生率は24.0%、ARIA-Hは31.4%とレカネマブより若干高い点には注意が必要です。


両薬剤の使用にあたっては、アミロイドPET検査または脳脊髄液(CSF)検査によりアミロイド蓄積が確認された患者が対象となります。また、APOE4遺伝子の保有状況によりARIAのリスクが高まることも知られており、使用前の遺伝子検査の実施を検討することが重要です。


薬剤名 日本承認 保険適用開始 認知機能低下抑制率 ARIA-E発生率
アデュカヌマブ 承認なし(販売終了) 高用量群で約22%(EMERGE試験) 約35%
レカネマブ 2023年9月 2023年12月 約27% 12.6%
ドナネマブ 2024年9月 2024年11月 約35% 24.0%


現在の保険診療の枠内でアルツハイマー病の疾患修飾療法を検討する場合は、レカネマブまたはドナネマブが唯一の選択肢となります。アデュカヌマブという選択肢は残念ながら存在しません。どちらを選択するかは、患者のリスクプロファイルやAPOE4の有無、治療施設のMRIモニタリング体制などを考慮した総合的な判断が必要です。


疾患修飾療法の詳細な適応基準や使用上の注意については、日本老年医学会や日本神経学会が定めたガイドラインを参照することを推奨します。


公益社団法人 認知症の人と家族の会:レカネマブ関係情報リンク集(保険適用に必要な検査や手続きに関する情報がまとめられています)


国立長寿医療研究センター:レカネマブの作用機序とARIAに関する詳細解説(医療従事者が患者説明に活用できる情報が充実しています)