ゼータ電位測定方法の原理と実用化技術

コロイド化学における重要パラメータであるゼータ電位の測定方法について、電気泳動光散乱法を中心に測定原理から応用技術まで詳しく解説します。医療現場でどのような活用法があるでしょうか?

ゼータ電位測定方法の基礎技術

ゼータ電位測定の主要手法
電気泳動光散乱法

レーザードップラー効果を利用した最も一般的な測定法

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流動電位法

大きな粒子や固体表面のゼータ電位測定に適用

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超音波方式

高濃度分散系での原液測定を可能にする先進技術

ゼータ電位測定における電気泳動光散乱法の基本原理

電気泳動光散乱法(別名:レーザードップラー法)は、現在最も広く使用されているゼータ電位測定方法です。この手法の基本原理は、帯電した粒子が分散している系に外部から電場をかけると、粒子が電極に向かって泳動し、その速度が粒子の電荷に比例することを利用しています。
参考)https://www.nstec.nipponsteel.com/technology/physical-properties/powder-sinter/powder_04.html

 

測定プロセスでは、電気泳動している粒子にレーザー光を照射し、粒子からの散乱光を検出します。散乱光はドップラー効果により周波数がシフトし、このシフト量が粒子の泳動速度に比例するため、シフト量を測定することで電気泳動速度を求めることができます。
参考)https://www.otsukael.jp/weblearn/chapter/learnid/69/page/2

 

具体的には、屈折率(n)の溶媒中で波長(λ)のレーザー光を散乱角(θ)で検出する場合、泳動速度(V)とドップラーシフト量(Δν)の関係は以下の式で表されます:
Δν = 2Vn sin(θ/2) / λ
得られた泳動速度(V)と電場(E)から電気移動度(U = V/E)を求め、Smoluchowskiの式を用いてゼータ電位(ζ)を算出します:
ζ = ηU / (εrε0)
ここで、η:溶媒の粘度、εr:溶媒の比誘電率、ε0:真空中の誘電率です。

 

ゼータ電位測定装置の仕様と測定条件

現代のゼータ電位測定装置は高精度・高感度な測定を実現しています。代表的な装置仕様として、大塚電子株式会社のELSZ-2000ZSシリーズでは、ゼータ電位測定範囲が-200~200mV、粒子径測定範囲が0.6nm~10μmとなっています。
測定に必要な試料量は通常0.7mL程度で、10mM程度のNaClを支持電解質として添加することが一般的です。測定前には溶媒の粘度、屈折率、誘電率の値を設定する必要があります。
参考)https://orist.jp/technicalsheet/19-18.pdf

 

興味深い技術的進歩として、従来のELSシリーズより広い濃度範囲での測定が可能になっており、ラテックス262nmの場合、0.001~10%の濃度範囲で測定できます。これにより、従来は希釈が必要だった高濃度試料でも、より原液に近い状態での測定が実現されています。

ゼータ電位測定における平板試料の特殊技術

粒子の測定とは異なり、ガラス、シリコンウェハー、繊維などの平板状試料のゼータ電位測定には特殊な技術が用いられます。この技術では電荷をほぼ0としたモニター粒子と平板用セルを用いて、固体界面における電気浸透流のプロファイルを測定します。
平板状試料の測定では、35mm×15mmまたは10mm角の試料を使用でき、森・岡本の式により電気浸透流を実測することで高精度なゼータ電位が求められます。この手法により、膜材料や表面処理材料の表面特性評価が可能になっています。
また、興味深い応用として回転ディスク法も開発されており、鉱物、高分子材料、塗料膜などの平面表面のゼータ電位測定に活用されています。この技術は実験的観点から簡便で信頼性が高いとされています。
参考)https://www.scielo.br/j/mr/a/wgZrKQnKhwXLq4qhXqBpTRg/?format=pdfamp;lang=en

 

ゼータ電位測定における高濃度分散系対応技術

従来の電気泳動法では希釈が必要だった高濃度分散系に対し、超音波振動電位(UVP)法や動電音響法といった革新的な測定技術が開発されています。これらの手法は、従来最大1%程度の希薄分散系に限られていた測定限界を大幅に拡張しました。
参考)https://www.jsac.or.jp/bunseki/pdf/bunseki2004/kougi200405.pdf

 

超音波方式では、サンプルに超音波を照射した際に粒子と溶媒の密度差によって発生するコロイド振動電流(CVI: Colloid Vibration Current)を測定します。この技術により、分散系を希釈することなく原液のまま高濃度状態でのゼータ電位測定が可能になりました。
参考)https://www.sanyo-si.com/report/zetapotential

 

高濃度測定技術の重要性は、希釈による測定試料の性質変化を回避できることにあります。特に、粒子サイズや光学的性質によって多くの試料は濃度が高すぎるため希釈が必要でしたが、原液または原液に近い濃度での測定が可能になることで、より実用的な条件でのゼータ電位評価が実現されています。
参考)http://rsta.royalsocietypublishing.org/content/368/1927/4439.full.pdf

 

ゼータ電位測定の医療・バイオ分野での独自応用

医療従事者にとって特に興味深い応用として、生体細胞のゼータ電位測定が挙げられます。動的光散乱(DLS)技術を用いた研究では、pH7.4において異なる種類の細胞で大きく異なるゼータ電位が観察されています。
参考)http://pdfs.semanticscholar.org/eb88/f4e444fad40ae4193af5c3fef5723774ecee.pdf

 

具体的には、HeLa細胞では-19.4±0.8mV、赤血球では-31.8±1.1mVという値が報告されており、この差は細胞膜の生化学的組成の違いに起因すると考えられています。興味深いことに、HeLa細胞を加熱処理すると、ゼータ電位がより負の方向に4.2mVシフトすることが確認されており、細胞の生存能力とゼータ電位の間には相関関係があることが示唆されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3372997/

 

また、ナノ粒子を用いた医療応用では、Tunable Resistive Pulse Sensing(TRPS)技術により、単一粒子レベルでの高解像度ゼータ電位特性評価が可能になっています。この技術は生物学的ナノ粒子の物理化学的特性(サイズ、形状、表面電荷、密度、多孔性)の正確な決定を可能にし、生体相互作用の理解において重要な役割を果たしています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5727177/

 

さらに、医薬品開発においては、金属ナノ粒子の複合溶液中でのゼータ電位測定が重要な課題となっています。銅、亜鉛、銀ナノ粒子などの正確なゼータ電位測定により、ナノ毒性学における細胞や生体分子との相互作用を予測することが可能になります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5531457/

 

これらの先進的な応用により、ゼータ電位測定は従来の材料科学的応用から、医療診断、薬物送達システム、細胞生物学研究まで、医療分野において幅広い応用可能性を持つ重要な分析技術として位置づけられています。

 

細胞のゼータ電位と生存能力の関係に関する詳細な研究データが掲載されています(PubMed Central)
日鉄テクノロジー社による実用的なゼータ電位測定装置の技術仕様と応用例
大阪府立産業技術総合研究所による微粒子および平板試料の測定技術解説書(PDF)