医療従事者として最も重要な点は、トランス脂肪酸が心血管疾患に与える具体的な影響機序です 。研究によると、トランス脂肪酸は血液中のLDLコレステロール(悪玉コレステロール)を飽和脂肪酸と同様に増加させるだけでなく、HDLコレステロール(善玉コレステロール)を減少させるため、飽和脂肪酸よりも血液の脂質プロファイルをアテローム性(動脈硬化などの原因となる)に変化させることが明らかになっています 。
参考)https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/trans_fat/t_eikyou/trans_eikyou.html
この生理学的変化は直線的な用量反応を示し、摂取量に比例してリスクが増加します 。大規模コホート研究では、トランス脂肪酸摂取が冠動脈性心疾患のリスクを有意に増加させることが報告されており、特に総エネルギー摂取量の2%をトランス脂肪酸から不飽和脂肪酸に置き換えることで、CHDリスクの大幅な低減効果が確認されています 。
さらに注目すべきは、空腹時中性脂肪(TAG)濃度の増加も確認されており、これも心血管疾患リスクとの明らかな相関があることが疫学調査で示されています 。
週刊新潮が2018年に実施した調査では、製パン大手企業のトランス脂肪酸含有量ワーストランキングが公表されています 。特に問題となったのは菓子パン類で、1位のスナックスティック9本入り(山崎製パン)をはじめ、シュガーロール5個入り(山崎製パン)、コッペパン〜アーモンドクリーム〜(フジパン)などが上位を占めています 。
参考)https://www.simple-home.net/entry/2018/06/08/160211
調査結果によると、食パンよりも菓子パンに多く含まれる傾向があり、これは「しっとり、ふわふわ、ボリューム感を出すため」に使用される加工油脂が原因とされています 。農林水産省データでは、ポップコーンの素(4.8g/100g)が最も高く、ショートニング(1.0g/100g)、マーガリン(0.99g/100g)、菓子パイ(0.58g/100g)、クロワッサン(0.54g/100g)の順で含有量が多いことが判明しています 。
参考)https://nishiumeda.city-clinic.jp/column/ldl%E3%81%A8hdl%E3%81%AE%E3%83%90%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%92%E8%A6%8B%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%81%8B%EF%BC%9Flh%E6%AF%94%E3%82%92%E8%A6%8B/
日本では表示義務がないため、消費者が店頭で確認することは困難ですが、原材料に「植物油脂・マーガリン・ショートニング・ファットスプレッド」の記載があるものは要注意とされています 。
参考)http://food.beet.jp/kiken-pan/
最新の研究では、従来知られていた心血管疾患リスクに加えて、トランス脂肪酸が腸管免疫に与える影響が明らかになってきています。Frontiers in Immunology誌に掲載された研究では、高トランス脂肪酸食を摂取したマウスにおいて腸管炎症と耐糖能異常が引き起こされることが報告されています 。
参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fimmu.2021.669672/pdf
この研究は、トランス脂肪酸摂取が腸内細菌叢の乱れ(dysbiosis)を引き起こし、それが自然免疫系に影響を与えることを示唆しています 。HepG2細胞を用いた分子レベルの研究では、工業由来トランス脂肪酸(エライジン酸)と反芻動物由来トランス脂肪酸(バクセン酸)がシス型オレイン酸と比較して異なる代謝パターンと毒性を示すことが確認されています 。
参考)https://www.mdpi.com/1422-0067/23/13/7298/pdf?version=1656589761
これらの新知見は、トランス脂肪酸の健康影響が単純な脂質代謝異常にとどまらず、免疫機能や糖代謝にも広範囲に影響することを示しており、医療従事者として患者指導において重要な情報となります。
医療従事者が患者に推奨すべき代替選択肢として、全粒粉パンやライ麦パンの有効性が科学的に実証されています 。これらのパンは精製された小麦粉に比べて食物繊維やビタミン、ミネラルが豊富で、食物繊維が糖の吸収を穏やかにするため、食後の血糖値上昇を緩やかにする効果が期待できます 。
参考)https://kobe-kishida-clinic.com/diabetes/diabetes-bread-1slice/
血糖値コントロールの観点から、GI値の違いは重要な指標となります。食パンのGI値が90前後と高いのに対し、ライ麦パンは50~60、全粒粉パンは50前後と大幅に低く設定されています 。特に糖尿病患者や血糖値が気になる患者への指導において、このGI値の差は臨床的に有意義です 。
参考)https://dm-net.co.jp/calendar/2021/035911.php
さらに、全粒穀物摂取による糖尿病リスク低下に関する研究では、玄米や全粒粉のパンなどの全粒穀物を十分に摂取することで、2型糖尿病や肥満のリスクが大きく低下することが報告されています 。原材料表示の確認も重要で、小麦粉の次に「砂糖」や「果糖ぶどう糖液糖」が記載されているパンは避け、できるだけシンプルな原材料のものを選択するよう指導することが推奨されます 。
日本のパン業界では2005年からトランス脂肪酸低減化に向けた取り組みが開始されており、現在ではパン類の原材料油脂中のトランス脂肪酸は1/5から1/20まで低減化が図られています 。農林水産省の調査データでも、マーガリンのトランス脂肪酸含有量が2006・2007年度の8.7g/100gから2014・2015年度には0.99g/100gまで大幅に減少していることが確認されています 。
参考)https://www.pankougyokai.or.jp/transfat.html
しかし、世界的な規制状況と比較すると日本の対応は遅れています。アメリカでは2018年6月18日から事実上使用禁止、台湾では同年7月、カナダでは9月に使用禁止となり、韓国では給食に一定以上トランス脂肪酸が含まれていた場合の処罰制度まで設けられています 。WHOは2018年にトランス脂肪酸の食品への含有を「2023年までに全廃する」との目標を掲げ、46か国が規制を導入している中、日本では含有量に関する規制も食品パッケージの表示義務も定められていません 。
参考)https://www.moneypost.jp/1184547
この状況は医療従事者にとって患者指導における重要な情報格差を生んでおり、患者の健康リスク評価において自主的な情報収集の必要性が高まっています 。