タンキラーゼ阻害剤の作用機序とがん治療応用

タンキラーゼ阻害剤は大腸がんにおけるWnt/β-カテニンシグナル経路を標的とし、テロメア制御機能も有する革新的な分子標的治療薬です。その作用機序や臨床応用について詳しく解説しますが、どのような展開が期待されるのでしょうか?

タンキラーゼ阻害剤の分子機序と治療応用

タンキラーゼ阻害剤の治療戦略
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分子標的機序

Wnt/β-カテニンシグナル経路の特異的阻害による制がん効果

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大腸がん治療

APC変異陽性大腸がんに対する革新的治療選択肢

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テロメア制御

テロメラーゼ阻害剤との併用によるがん細胞老化促進

タンキラーゼ阻害剤の基本的作用機序とPARP機能

タンキラーゼ(tankyrase)は、ポリADP-リボシル化酵素(PARP)ファミリーの5・6番目のメンバー(PARP-5a/b)として知られています。この酵素は、細胞内で重要な2つの経路を制御する特異的な機能を持っています。
参考)https://www.jfcr.or.jp/chemotherapy/department/molecular_biotherapy/research/003.html

 

まず、タンキラーゼはWnt/β-カテニンシグナル経路において中心的な役割を果たします。通常、細胞内ではアキシン(Axin)というタンパク質がβ-カテニンの抑制因子として機能しています。しかし、タンキラーゼがアキシンをポリADP-リボシル化修飾すると、アキシンはユビキチン分解系によって分解され、結果としてβ-カテニンが安定化されます。
参考)https://www.amed.go.jp/content/files/jp/houkoku_h27/0103010/h27cmseika_030.pdf

 

特に大腸がんの約80%では、がん抑制遺伝子APCの機能喪失型変異により、Wnt/β-カテニンシグナルが恒常的に活性化されています。これまで、この経路には創薬展開が可能な標的分子が存在せず、シグナル遮断は困難とされてきました。
参考)https://www.jfcr.or.jp/laboratory/news/11393.html

 

興味深いことに、タンキラーゼの機能はがん細胞の増殖能と密接に関連しています。研究によると、タンキラーゼ阻害剤に感受性を示す大腸がん細胞株では、APCの20アミノ酸リピートドメイン(20-AARs)を完全に欠失している特徴があります。これらの細胞では、タンキラーゼ阻害によりAxin2の蓄積とnon-phospho β-カテニンの減少が認められ、最終的にTcfレポーター活性の著明な低下をもたらします。
参考)https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php/KO80001001-20164617-0004.pdf?file_id=154778

 

がん研究会によるタンキラーゼ機能解析 - PARPファミリーの詳細な生物学的機能

タンキラーゼ阻害剤によるテロメア機能制御

タンキラーゼのもう一つの重要な機能は、テロメア伸長の促進作用です。テロメアにはシェルタリンと呼ばれるタンパク質複合体が会合しており、その中核となるTRF1タンパク質は、テロメラーゼのテロメアへのアクセスを妨げています。
タンキラーゼは、TRF1をポリADP-リボシル化修飾することで、TRF1をテロメアから遊離させ、ユビキチン分解へと導きます。TRF1の結合が低下したテロメアにはテロメラーゼが近づきやすくなるため、テロメアの伸長が観察されるようになります。
この機序を応用した治療戦略として、タンキラーゼ阻害剤とテロメラーゼ阻害剤の併用療法が注目されています。タンキラーゼの働きを阻害することで、より多くのTRF1をテロメア上に滞留させ、テロメラーゼのアクセスを遮断します。この条件下でテロメラーゼ阻害剤を処理すると、がん細胞のテロメア短縮が加速し、より早期に細胞老化と細胞死が誘導されることが実証されています。
参考)https://shushoku-signal.umin.jp/soshiki/kobo/23seimiya.html

 

逆に、タンキラーゼの機能亢進がテロメラーゼ阻害剤に対する耐性をもたらすことも報告されており、これはタンキラーゼ阻害剤の臨床的意義を裏付ける重要な知見です。

タンキラーゼ阻害剤RK-582の臨床開発と治療効果

日本で開発されたタンキラーゼ阻害剤RK-582は、世界初のタンキラーゼ阻害剤として医師主導第Ⅰ相治験が開始されており、革新的ながん治療薬として大きな期待が寄せられています。
RK-582の前臨床試験では、APC変異陽性大腸がん細胞のWnt/β-カテニンシグナルを効果的に遮断し、マウスゼノグラフトモデルにおいてin vivo腫瘍増殖を有意に抑制することが確認されました。これまでにラット、イヌ、サルを用いた包括的な毒性試験、安全性薬理試験、ADME(吸収・分布・代謝・排泄)試験が実施され、治験開始に必要な非臨床データパッケージが構築されています。
治験では、切除不能進行・再発大腸がん患者を対象として、RK-582の安全性および忍容性、ならびに探索的有効性を評価することを主目的としています。医薬品医療機器総合機構(PMDA)との協議を経て、非臨床試験の充足性および第Ⅰ相治験の治験デザインの適切性について合意が得られており、がん研有明病院において実施されています。
参考)https://rctportal.mhlw.go.jp/detail/jr?trial_id=jRCT2031240702

 

特筆すべきは、RK-582が従来の抗EGFR抗体薬に不応性を示すKRAS/BRAF機能獲得型変異を有する大腸がんにも適用できる可能性があることです。大腸がんの約80%で認められるAPC失活によるβ-カテニン経路の活性化に対して、酵素活性を有するドラッガブルな標的として機能するため、これまで攻略困難とされてきた治療領域に新たな選択肢をもたらす可能性があります。
がん研究会プレスリリース - RK-582臨床治験開始の詳細

タンキラーゼ阻害剤の併用療法と合成致死戦略

タンキラーゼ阻害剤の治療効果をさらに向上させるアプローチとして、併用療法および合成致死戦略が積極的に研究されています。特に、細胞傷害性抗がん剤との併用により、相加・相乗的な抗腫瘍効果が期待されています。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-19H03523/

 

最近の研究では、タンキラーゼ阻害剤RK-582が腫瘍免疫微小環境の再構築を介して免疫チェックポイント阻害剤の治療効果を増強することも報告されています。これは、タンキラーゼ阻害により腫瘍内の免疫細胞浸潤パターンが変化し、より効果的な抗腫瘍免疫応答が誘導される可能性を示唆しています。
参考)https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=202502219893534521

 

また、がん幹細胞に対する効果も注目されています。がん幹細胞は治療抵抗性や再発の原因となることが知られていますが、タンキラーゼ阻害剤がこれらの細胞集団に与える影響について、詳細な検討が行われています。初期の研究結果では、タンキラーゼ阻害によりがん幹細胞様性質を持つ細胞の増殖が抑制される可能性が示されており、根治的治療への応用が期待されています。
さらに、治療効果を予測するバイオマーカーの開発も重要な研究課題となっています。APC遺伝子の変異パターン、特に20-AARsの欠失状況や、β-カテニンシグナルの活性化レベルなどが、タンキラーゼ阻害剤に対する感受性を予測する指標として検討されています。

タンキラーゼ阻害剤の今後の展望と課題

タンキラーゼ阻害剤は、これまで難攻不落とされてきたWnt/β-カテニンシグナル経路を特異的に攻略する革新的ながん創薬として、その成功確率向上とがん個別化医療の発展に大きく貢献することが期待されています。
現在進行中の医師主導第Ⅰ相治験の結果は、タンキラーゼ阻害剤の臨床的有用性を評価する上で極めて重要です。特に、日本発の創薬技術として、国際的な競争力を持つ新薬開発の成功例となる可能性があります。
参考)https://www.riken.jp/pr/news/2025/20250508_1/index.html

 

一方で、解決すべき課題も存在します。タンキラーゼ阻害剤に対する耐性機序の解明、最適な投与スケジュールの確立、併用薬剤との相互作用の評価などが挙げられます。特に、APC変異のパターンによって治療感受性が異なることから、患者選択のための診断技術の確立も重要な課題となっています。
また、タンキラーゼが正常細胞においても生理的機能を有することから、選択的な抗腫瘍効果を得るための投与量設定や、長期投与時の安全性評価も慎重に検討する必要があります。これらの課題を克服することで、タンキラーゼ阻害剤は大腸がんをはじめとする様々ながん種に対する有効な治療選択肢として確立されることが期待されています。

 

今後の展望として、RK-582の第Ⅰ相治験の成功を受けて、より大規模な臨床試験への展開、他のがん種への適応拡大、そして最終的な薬事承認取得に向けた道筋が描かれています。これは、日本の創薬技術力を世界に示す重要な機会でもあり、がん治療の新たなパラダイムを確立する可能性を秘めています。

 

科研費データベース - タンキラーゼ特異的ポリADPリボシル化研究の詳細