サーカディアンリズムとメラトニンの関係

サーカディアンリズムとメラトニンはどのように連携し、私たちの睡眠や健康に影響を与えているのでしょうか。医療従事者として知っておくべき基礎知識から臨床応用まで詳しく解説します。

サーカディアンリズムとメラトニン

この記事のポイント
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体内時計の中枢メカニズム

視交叉上核が司る24時間周期のリズム生成システムと時計遺伝子の役割

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メラトニン分泌の調節機構

松果体での合成から血中濃度の日内変動まで、生理的な睡眠調整のしくみ

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臨床応用と健康への影響

概日リズム障害の診断・治療から生活習慣病リスクまで

サーカディアンリズムの視交叉上核による制御

 

サーカディアンリズムは、ラテン語の「circa diem(約1日)」に由来する約24時間周期の生体リズムです。このリズムの中枢は、視床下部の視交叉上核(SCN)に存在しており、約1万個の神経細胞が協調して概日リズムを発振しています。視交叉上核は、体中の概日時計を制御するオーケストラの指揮者のような役割を果たし、睡眠と覚醒、体温、血圧、ホルモン分泌などの生体機能を調整します。
参考)ノーベル賞受賞で注目!「体内時計」の研究でわかった健康生活2…

視交叉上核の神経細胞は、時計遺伝子と呼ばれる遺伝子群によって制御されています。主要な時計遺伝子には、CLOCK、BMAL1、Period(PER)、Cryptochrome(CRY)などがあり、これらの遺伝子が転写と翻訳の複雑なフィードバックループを形成することで、約24時間の周期が生み出されます。具体的には、CLOCK/BMAL1複合体がPERやCRYの転写を促進し、蓄積したPER/CRY蛋白が逆にCLOCK/BMAL1の活性を抑制するという負のフィードバックが繰り返されることで、リズムが刻まれています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12073486/

興味深いことに、視交叉上核は一様に同調しているのではなく、背側領域と腹側領域の2つの領域で概日リズムの位相にズレが生じることが明らかになっています。このズレは季節による日照時間の変化に伴って変動し、夏には大きくなり冬には小さくなることで、視交叉上核が1日の周期だけでなく1年の周期も読み取っているのです。
参考)概日時計が季節を読み取る仕組みを発見

サーカディアンリズムにおけるメラトニン分泌機構

メラトニン(N-acetyl-5-methoxytryptamine)は、脳内の松果体で産生されるホルモンで、サーカディアンリズムの調節に中心的な役割を果たしています。メラトニンの合成は、必須アミノ酸であるトリプトファンから始まり、セロトニン、N-アセチルセロトニンを経て最終的にメラトニンへと変換されます。
参考)睡眠研究の第一人者が教える「体内時計を整える」7つの習慣

メラトニン合成の鍵となるのは、セロトニンをN-アセチルセロトニンに変換するN-アセチルトランスフェラーゼ(NAT)という酵素です。このNAT活性は、視交叉上核から発振される概日リズムシグナルと外界の光の両方によって調節されています。視交叉上核からの時刻情報は、室傍核、上頸神経節を経て松果体に伝達され、夜間にノルアドレナリンが放出されることでNAT活性が急上昇します。その結果、メラトニンのmRNA量が暗期開始から2時間以内に100倍以上に増加し、メラトニン合成が劇的に促進されるのです。
参考)メラトニン

体内時計の活動は昼に高く夜に低いため、松果体でのメラトニン産生量、つまり血中メラトニン濃度は昼間に低く夜間に高値を示す顕著な日内変動を呈します。通常、メラトニンは夜間に合成され、貯蔵ができないため生成されるとすぐに血流に放出されます。メラトニンの血中濃度が高くなると体温が下がり、眠気が誘導されることから、「睡眠ホルモン」と呼ばれています。
参考)サーカディアンリズムと私たちの生活

メラトニンとセロトニンの関係性

メラトニンとセロトニンは、それぞれ異なる役割を持ちながらも深く結びついたホルモン・神経伝達物質です。セロトニンは日中に太陽の光を浴びることで分泌が促進される神経伝達物質で、精神のバランスを保つ役割を担っています。一方、メラトニンはセロトニンを原料として体内で合成されるため、セロトニンが不足するとメラトニンの生成もうまく進まなくなります。
参考)セロトニンとメラトニンの違いと関係性|睡眠・心の健康との関わ…

この変換メカニズムは、日中に活発に分泌されたセロトニンが夜になるとメラトニンへと変化するという仕組みで成り立っています。つまり、日中にしっかりとセロトニンが分泌されていることが、夜の自然な眠りへと繋がる重要なポイントとなるのです。セロトニンの分泌は朝の光刺激によって促進されるため、起床時に太陽光を浴びることがその後のメラトニン産生に影響を与えます。
参考)仕事の生産性とサーカディアンリズム - IRISTORIES…

セロトニンが不足すると、心のバランスが崩れて気分が重くなったり、感情のコントロールが不安定になったりする可能性があります。さらに、セロトニン不足はメラトニン合成の減少にもつながり、寝つきが悪くなったり中途覚醒が増えたりするなどの睡眠障害が起こりやすくなります。このように、気分の安定や睡眠の質を保つためには、セロトニンとメラトニンの連携が欠かせません。​

サーカディアンリズム障害とメラトニン異常

サーカディアンリズムの乱れは、睡眠障害にとどまらず、心身のさまざまな領域に広がる深刻な健康リスクをもたらします。概日リズム睡眠障害には、睡眠相後退症候群、非24時間睡眠覚醒症候群、時差ボケ、シフトワーク睡眠障害などが含まれます。これらの障害では、体内時計が規定する活動時間帯と社会的に要請される活動時間帯が一致せず、強いストレスとなったり大きな事故を起こしたりすることが問題となっています。
参考)https://www.med.kindai.ac.jp/anato2/jkpum130_08_511.pdf

概日リズム睡眠障害の患者では、メラトニン分泌リズムの異常が高頻度で観察されます。睡眠の発現容易性はサーカディアンリズムの影響下にあり、深部体温が下降しメラトニンが分泌される時期に睡眠の出現傾向が高くなります。そのため、メラトニン分泌のタイミングや量が異常になると、適切な時刻に入眠できなくなったり、睡眠の質が低下したりします。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8538349/

さらに、サーカディアンリズムの乱れは睡眠障害だけでなく、より広範な健康問題にもつながります。自律神経の不調や免疫機能の変化、気分障害や不安などのメンタルヘルス問題、糖尿病や高血圧などの生活習慣病、さらにはがんや認知機能の低下に関する研究報告もあります。食欲を調整するホルモンのバランス異常が生じ、メタボリックシンドロームや糖尿病、アルツハイマー型認知症などのリスクが高まることも指摘されています。
参考)サーカディアンリズムが崩れるとどうなる?わかりやすく解説 href="https://makura.co.jp/article/circadian-rhythm/" target="_blank">https://makura.co.jp/article/circadian-rhythm/amp;…

サーカディアンリズムの乱れとメラトニン異常に関する包括的なレビュー論文

メラトニン受容体とその作用メカニズム

メラトニンは、MT1とMT2という2つの高親和性G蛋白共役型受容体に結合して作用を発揮します。これらの受容体は特に脳の視交叉上核に多く存在しています。メラトニンが視交叉上核のメラトニン受容体に結合すると、視交叉上核の神経活動が抑制され、睡眠・覚醒リズムが睡眠側へ傾くとともに、体内時計を調整する作用が発揮されます。
参考)睡眠関連ホルモンの役割:メラトニンとオレキシン

メラトニン受容体の分布と機能は多様で、MT1受容体は視交叉上核や下垂体の結節部(PT)に高発現しており、概日リズムと季節性機能の制御に重要な役割を果たしています。一方、MT2受容体の発現パターンは異なっており、両受容体が協調して作用することで、メラトニンの多彩な生理作用が実現されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9039042/

臨床的には、メラトニン受容体作動薬としてラメルテオン(商品名:ロゼレム)が処方されています。この薬剤は入眠や中途覚醒を抑える効果に加え、体内時計を調整する作用があるため、時差ボケや概日リズム睡眠・覚醒障害の際にも使用されます。他の睡眠薬との最大の違いは、体内時計そのものを変化させることができる点です。ただし、投与時刻や用量が不適切だと体内時計が逆に崩れてしまう可能性があるため、症状をよく評価した上で処方する必要があります。​

サーカディアンリズム調整の臨床応用

メラトニンとサーカディアンリズムの関係を理解することは、多くの臨床場面で重要な意味を持ちます。メラトニンサプリメントは、時差ボケ(時差症候群)、睡眠・覚醒相後退障害、小児における一部の睡眠障害、手術前後の不安など、特定の症状に有用である可能性が示されています。
参考)厚生労働省eJIM

時差ボケに関しては、複数の研究でメラトニンサプリメントの有効性が確認されています。旅行者合計142例を含む4件の研究により、メラトニンはプラセボよりも東方へのフライト後の時差ボケ症状全般を軽減する可能性が示され、別の234例を対象とした研究では睡眠の質の改善が認められました。西方へのフライトに関しても、90例を含む2件の研究で症状軽減効果が示されています。​
概日リズム睡眠障害の治療としては、メラトニン治療が現実的に有用であると考えられており、0.9~3mg程度の低用量メラトニンを分割投与する方法が良好な成績を示しています。この投与法は煩雑な検査が困難な臨床現場においても十分実用に耐えうる技術です。ただし、メラトニンは体内時計を調整する作用があるため、投与時刻や用量の設定が重要であり、自己判断での摂取は睡眠リズムの乱れを引き起こす可能性もあります。
参考)ヒトの生体リズム異常の診断・治療法開発に関する基盤研究

光療法との併用も重要な治療戦略です。適切なタイミングでの高照度光曝露とメラトニン投与を組み合わせることで、体内時計の位相を効果的に調整できます。このような光療法やメラトニンは、夜間シフトワーカーのリスク軽減にも応用され始めています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/shinzo/43/2/43_154/_pdf

概日リズム障害におけるメラトニンの臨床応用に関する詳細なレビュー

深夜勤務とサーカディアンリズムへの影響

深夜勤務労働は、サーカディアンリズムに重大な影響を与え、医療従事者にとって特に重要な健康課題となっています。看護師を対象とした研究では、深夜勤務中に早朝の午前7~8時台に疲労や緊張感が有意に増加することが明らかになっています。これは、サーカディアンリズムの生理的な特性と深く関連しています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsha/48/3/48_3_147/_pdf

体温は代表的なサーカディアンリズムの指標であり、通常は睡眠により低下し、起床前の午前5~6時頃に最低値となります。深夜勤務では、この生理的な体温リズムに逆らって活動を続けることになります。研究では、深夜勤務労働者の舌下温が朝方の午前6~8時にかけて通常勤務者と有意な差を示し、心臓交感神経活動の指標であるLF/HF比が午前7~8時台に有意に上昇し、副交感神経活動の指標であるHF成分は午前3~4時台に比べて午前6~8時台に低下していました。​
こうしたサーカディアンリズムの乱れは、時差ボケの状態に相当し、疲労、失見当識、不眠をもたらします。さらに長期的なリズムの乱れは、慢性疲労や循環器系にも影響を及ぼすことが指摘されています。睡眠の発現容易性はサーカディアンリズムの影響下にあり、深部体温が下降しメラトニンが分泌される時期に睡眠の出現傾向が高くなるため、深夜勤務によってメラトニン分泌が抑制されると、日中の睡眠の質が低下してしまいます。​
医療従事者は、こうした深夜勤務の生理的影響を理解し、適切な休息と光環境の管理、必要に応じてメラトニン補充などの対策を講じることが重要です。​

サーカディアンリズムと神経変性疾患の関連

サーカディアンリズムの乱れと神経変性疾患の関連性は、近年注目されている研究領域です。時計遺伝子であるCLOCK、BMAL1、PER、CRYファミリーなどの概日調節因子は、細胞内代謝、酸化バランス、ミトコンドリア機能、シナプス可塑性を調節しており、概日リズムの破綻が神経変性疾患の分子病態に中心的に寄与していることが知られています。​
アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患では、概日リズムの異常が早期から出現することが報告されています。メラトニンレベルの低下は加齢に伴って顕著になり、これが神経変性過程への入口となる可能性が示唆されています。メラトニンの減少は概日リズム成分の変化を引き起こし、複数の遺伝子の脱同調をもたらして神経変性疾患の発症リスクを高めることが指摘されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10286584/

概日リズムと記憶は密接に関連しているため、リズムの乱れは記憶の形成と想起に影響を与えます。さらに、細胞周期イベントも顕著な振動システムを示しており、概日リズムの乱れは神経新生や細胞周期の調節にも影響を及ぼす可能性があります。このため、メラトニンによる概日リズムの調和は、アルツハイマー病などの神経変性疾患における治療的アプローチとして期待されており、メラトニンの補充療法が神経保護作用を発揮する可能性が研究されています。​
概日リズムとメラトニンの神経変性疾患における役割に関する論文

生活習慣によるメラトニン分泌調整法

メラトニン分泌を適切に維持し、良好なサーカディアンリズムを保つためには、日常生活における様々な工夫が重要です。以下に、医療従事者として患者に指導すべき具体的な生活習慣調整法を示します。

 

光環境の管理
朝起きたら速やかに太陽の光を浴びることが、セロトニン分泌を促進し、その後のメラトニン産生に繋がります。一方、夜間は室内を暗めに調整してメラトニン分泌を促し、リラックス状態へと導くことが重要です。明るく照らされた室内では、メラトニンを十分に分泌できないため、就寝の1~2時間前からは照明を落とし、スマートフォンやパソコンのブルーライト曝露を避けることが推奨されます。
参考)メラトニンと睡眠の関係とは?セロトニンや快眠を得る効果的な方…

食事とトリプトファン摂取
メラトニンは必須アミノ酸のトリプトファンを原料として合成されるため、トリプトファンを豊富に含む食品の摂取が重要です。また、腸内環境を整えることもセロトニン・メラトニン産生に寄与するため、プロバイオティクスや食物繊維を含む食事も推奨されます。ビタミンB6もメラトニン合成に必要な栄養素として知られています。​
睡眠時間と入浴習慣
十分な睡眠時間を確保することは基本ですが、就寝の1~2時間前にゆっくりと入浴することで体温調節を促し、その後の体温低下がメラトニンの作用と相まって入眠を促進します。適度な運動習慣も腸内環境の改善やストレス軽減を通じて、メラトニン分泌の改善に寄与します。​
これらの生活習慣調整は、薬物療法と並行して、あるいはその前段階として実施すべき基本的な介入であり、患者教育において重要な役割を果たします。

 

 


“朝1時間”で人生が変わる ― サーカディアンリズムと脳の覚醒メカニズム