投与を中止した後も、B細胞数の低下が36週間以上続くことがあります。
オファツムマブ(商品名:ケシンプタ)は、B細胞表面に発現するCD20抗原に対する完全ヒト型モノクローナル抗体です。「完全ヒト型」という点は後述しますが、まずその結合の特異性に注目する必要があります。
CD20分子は細胞膜を4回貫通するタンパク質であり、細胞外に小ループと大ループの2つの領域を持っています。リツキシマブが大ループにのみ結合するのに対して、オファツムマブはこの小ループと大ループの両方に特異的に結合します。これが2つの薬剤の最大の構造的差異です。
この二点結合によって何が変わるのでしょうか?結合エピトープが広がることで、CD20膜近傍への密着度が高まり、補体を効率的に活性化できるようになります。つまり補体依存性細胞傷害(CDC)活性がリツキシマブよりも強力になるということです。PMDAへの申請資料でも「健常ドナー由来の初代培養ヒトB細胞を用いた検討から、オファツムマブの細胞傷害活性は主としてCDCによるものであり、ADCC活性の程度は低かった」と記述されています。
CDCが主役です。
さらに、CD20の発現量が低いB細胞に対しても有効性を発揮できる点が重要です。MS(多発性硬化症)の病態に関与するCD20陽性T細胞は、B細胞に比べてCD20発現量が少ないことが知られています。オファツムマブはそのような低発現細胞でも、リツキシマブと比べてより強力にCDCを誘発することが動物実験で示されています。
PMDAの非臨床試験概括評価(オファツムマブ):CD20発現量の低い細胞でもCDCを誘発するデータが記載されています
医療従事者の中には「抗CD20抗体はどれも似たようなもの」と考える方もいるかもしれませんが、抗体の「出自」によって免疫原性リスクが大きく異なります。これは知っておかないと損する情報です。
リツキシマブはマウス・ヒトキメラ型抗体であり、構造の一部にマウス由来配列が含まれています。これに対してオファツムマブは、トランスジェニックマウス技術(HuMax技術)を用いて作られた完全ヒト型抗体です。原則として、抗体のヒト化度が高いほど免疫原性(体内で「異物」と認識されるリスク)が低くなります。
完全ヒト型が原則です。
ただし、完全ヒト型だからといって免疫原性がゼロになるわけではありません。PMDAの申請資料では「ヒト型抗体であることからキメラ抗体及びヒト化抗体に比べ免疫原性は低いと推察されるが、可能性は完全には排除できない」とされており、臨床試験では抗オファツムマブ抗体の陽性例が実際に報告されています。
また、リツキシマブとの重要な違いとして投与経路があります。リツキシマブが点滴静注(IVで数時間を要する)であるのに対し、オファツムマブ(ケシンプタ)は皮下注射20mgを用いた自己投与が可能な設計になっています。初回・1週後・2週後・4週後に投与し、以降は4週間隔で継続します。投与時間は数秒〜数分程度であり、患者のQOL維持という観点で大きなメリットになります。これは使えそうです。
ただし自己投与を始める場合は、医師の直接監督のもとで十分な教育訓練を完了していることが条件であり、感染症等の副作用が疑われる際はただちに医療機関への連絡を患者へ指導することが必須です。自己投与が条件です。
Wikipedia「オファツムマブ」:リツキシマブとの構造・薬理学的差異が整理されています
オファツムマブがCD20に結合した後、どのような経路でB細胞が除去されるのかを整理しておきましょう。主要な経路は2つあります。
1つ目が補体依存性細胞傷害(CDC)です。オファツムマブがCD20に結合すると、補体系の古典経路が活性化されます。C1qが抗体のFc領域に結合し、補体カスケードが進行することで膜侵襲複合体(MAC)が形成され、標的B細胞に穴が開いて溶解が起きます。オファツムマブが小ループにも結合することで抗体の膜への密着度が高まり、C1qの接触効率が上昇するとされています。CDC活性がメインです。
2つ目が抗体依存性細胞傷害(ADCC)です。NK細胞などのFcγRIII(CD16)を持つエフェクター細胞が、B細胞に結合した抗体のFc部分を認識し、直接的な細胞毒性を発揮します。前述のとおり、オファツムマブではCDCが主体であり、ADCCの寄与は相対的に低いことが示されています。
実際の血液データとして、ケシンプタの添付文書によると、投与2日目の時点でB細胞数がベースラインの230.2±135.5 cells/µLから9.9±16.2 cells/µLへと急激に低下しています。これはほぼ1週間以内に末梢血中のB細胞がほぼ枯渇することを示しており、CDC主体の即効性の高い細胞除去メカニズムを反映しています。B細胞が急速に枯渇するということですね。
多発性硬化症の病態においては、B細胞がT細胞への抗原提示や炎症性サイトカイン産生を通じて自己免疫性の脱髄を促進すると考えられています。オファツムマブはB細胞の細胞溶解作用を介して、末梢および中枢神経病巣における自己反応性B細胞・T細胞の免疫反応を抑制し、炎症性脱髄の形成と進行を抑制するという作用機序が想定されています。
JAPIC:オファツムマブの作用機序・CDC/ADCC活性に関する解説が収録されています
作用機序を理解した上で、実際の臨床成績を確認することが重要です。オファツムマブの多発性硬化症に対する主要な有効性データはASCLEPIOS I・II試験から得られています。
ASCLEPIOS I試験では、年間再発率(ARR)においてオファツムマブ群(0.11)がテリフルノミド(経口MS治療薬)対照群(0.22)と比べて50.5%の抑制を達成し(p<0.001)、ASCLEPIOS II試験でも同様に対照群に対して58.5%抑制を示しています。これは統計的に非常に高い有意差が確認されているデータです。
さらに注目すべきは2025年に報告された実臨床データで、MS患者においてオファツムマブ投与開始後に年間再発率が75%減少したという報告があります。ランダム化比較試験での50%抑制を大きく上回る数字であり、実臨床における有効性が試験条件より高い可能性が示唆されています。意外ですね。
障害進行抑制においても、ASCLEPIOS I試験では3ヵ月持続する障害増悪を示した患者の割合について、オファツムマブ群10.9%・対照群15.0%で、対照群に対して34.4%の抑制(p=0.002)が認められています。
このようなデータから、オファツムマブは現在「高効果治療(HET:Highly Effective Therapy)」に分類されています。HETは再発抑制効果が特に強いとされるグループであり、再発リスクの高い患者や早期から積極的な治療介入を行う方針の場合に選択される位置づけです。高効果治療が基本です。
薬価は2024年6月改訂時点でケシンプタ皮下注20mgペン1キットあたり230,860円と非常に高額であるため、患者への高額療養費制度や難病医療費助成制度の情報提供も、医療従事者として押さえておくべき重要な役割です。薬価が高い点は見落とせません。
m3.com:ASCLEPIOS I/II試験のデータ解説(医師向け)。年間再発率と障害進行の詳細なデータが掲載されています
作用機序を深く理解することで、副作用管理の合理的根拠が見えてきます。オファツムマブの有効性の裏側にあるリスクとして、最も重要なのがB細胞の長期枯渇です。
添付文書の薬力学データによると、投与中止後36週目にB細胞数がベースラインまたは基準値下限(40 cells/µL)まで回復した患者の割合は、G2301試験で55.6%(15/27例)、G2302試験で70.3%(26/37例)にとどまっています。つまり投与をやめてから9ヵ月が経っても、約3〜4割の患者ではB細胞が十分に回復していない可能性があるということです。
投与中止後の管理が必須です。
この事実から導かれる臨床的な注意点が複数あります。まず生ワクチン・弱毒生ワクチンについては、投与中止後もB細胞数が回復するまでは接種しないことが強く推奨されます。オファツムマブ投与開始前に接種する場合は、少なくとも4週間前までに完了させることが必要です。不活化ワクチンは少なくとも2週間前に接種することとされており、投与中のワクチン効果が減弱する可能性についても患者に説明しておく必要があります。
感染症リスクとしては、臨床試験で感染症全体が15.0%に認められており、注射に伴う全身反応(発熱・頭痛・筋肉痛等)は20.6%に報告されています。B型肝炎ウイルスの再活性化については黒枠警告が設定されており、投与前のHBs抗原・HBc抗体・HBs抗体の確認は必須の手順です。HBV確認が条件です。
進行性多巣性白質脳症(PML)については、多発性硬化症を対象とした臨床試験では報告がないものの、他の抗CD20抗体製剤を投与した患者でJCウイルス感染によるPMLが報告されていることから、治療期間中・終了後を通じた神経症状への継続的な注意が求められます。
妊娠可能な女性については、最終投与後6ヵ月間は適切な避妊を指導することも忘れてはいけません。オファツムマブは胎盤を通過することが動物実験で確認されており、胎児・乳児のB細胞に影響を与える可能性があります。6ヵ月が基本です。
臨床現場でオファツムマブを扱う際は、ケシンプタの最新添付文書を定期的に確認するとともに、ノバルティスファーマの医療従事者向けサイトで提供されている教育資材を活用することが、安全な使用管理につながります。
KEGG MEDICUS(ケシンプタ添付文書):用法・副作用・薬物動態の詳細なデータが参照できます
日本神経学会「多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023」:オファツムマブの治療ポジションが確認できます