ニューモシスチス・イロベチイ感染症の診断と治療

医療従事者が知るべきニューモシスチス・イロベチイによる肺炎の病原性、診断法、治療薬について詳しく解説します。免疫不全患者への適切な対応方法は?

ニューモシスチス・イロベチイ感染症の臨床的理解

ニューモシスチス・イロベチイ感染症の基本情報
🦠
病原体の特徴

子嚢菌に属する真菌で、培養困難な特殊な微生物

🫁
感染部位

主に肺胞上皮細胞で増殖し間質性肺炎を引き起こす

⚠️
発症条件

細胞性免疫不全状態での日和見感染として発症

ニューモシスチス・イロベチイの病原体としての特徴

ニューモシスチス・イロベチイ(Pneumocystis jirovecii)は、ニューモシスチス属に属する子嚢菌の一種として現在分類されています 。この病原体は1912年に発見された際、原虫として分類され「ニューモシスチス・カリニ」と呼ばれていました 。しかし、18S rRNAの解析により真菌であることが判明し、さらにヒト由来株とラット由来株が別種であることが確認され、1999年に現在の名称へと変更されました 。
この微生物の最大の特徴は培養方法が確立されていないことです 。そのため診断には直接的な菌体の確認が必要となり、臨床現場での迅速診断を困難にしています。一般的な抗真菌薬の多くが無効で、原虫症の治療に用いられるST合剤やアトバコン、ペンタミジンに感受性を持つという特殊な薬剤感受性パターンを示します 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jamt/68/3/68_18-127/_html/-char/ja

 

ニューモシスチス・イロベチイ感染症の診断法と検査技術

確定診断には気道検体中の菌体を検鏡で確認する必要があります 。検体のDiff-Quik染色やGrocott染色を行い、特徴的なシスト(嚢胞)を観察することが基本的な診断法となります 。気管支肺胞洗浄液(BAL)のグロコット染色もしくはギムザ染色で嚢胞などの特徴的な陰影を鏡検で確認することが重要で、感度は90%と良好です 。
HIV群では検体中にシストが多く観察されやすいのに対し、non-HIV群では検体中にシストが少なく炎症細胞が多いという特徴があります 。そのため、臨床検査技師の熟練した技術が診断精度に大きく影響します。血清学的検査であるβ-Dグルカン検査も補助的診断として利用可能ですが、確定診断には至りません 。近年では遺伝子検査(PCR法)も導入され、診断精度の向上に寄与しています。

ニューモシスチス・イロベチイ感染症の治療薬と治療戦略

治療の第一選択薬はST合剤(トリメトプリム・スルファメトキサゾール)で、治療データが豊富で臨床効果、副作用や薬価の点で他剤より優れています 。トリメトプリムとして15-20mg/kg/日の用量で、通常は1回3-4錠を1日3回経口投与します 。人工呼吸を要するような重症例や腸管からの吸収障害がある場合は注射製剤を使用します。
参考)http://www.theidaten.jp/wp_new/20100505j-19-3/

 

ST合剤が副作用等で継続できない場合の代替薬として、ペンタミジン(3-4mg/kg/日、1日1回点滴静注)やアトバコン(1回750mg、1日2回食後経口投与)があります 。HIV患者に対する軽症から中等症の治療では、clindamycin+primaquineの組み合わせも選択肢となりますが、重症例には使用が推奨されません 。呼吸状態が悪い場合(PaO2 < 70mmHg)にはステロイド剤の併用が推奨されています。

ニューモシスチス・イロベチイ感染症の予防戦略と医療従事者の対応

予防投与の対象患者は明確に定められており、同種造血幹細胞移植を受ける患者、急性リンパ性白血病患者、プリンアナログ製剤や抗胸腺グロブリン製剤などT細胞を減少させる薬剤の治療を受ける患者が含まれます 。また、副腎皮質ステロイドをプレドニン換算で20mg以上4週間以上投与される患者や、放射線治療とテモゾロミドの併用療法を行う患者も予防投与の適応となります 。
参考)https://minds.jcqhc.or.jp/common/summary/pdf/c00174_chapter3.pdf

 

医療従事者の対応として、治療開始後1週間まではサージカルマスクの着用が推奨されています 。気管支鏡検査等の飛沫が発生する検査では、検査者は適切な感染防護具を着用する必要があります。ST合剤、アトバコン、ペンタミジン吸入等による予防を適切に実施することで、免疫不全患者での発症リスクを大幅に軽減できます 。

ニューモシスチス・イロベチイ感染症の病理学的変化と独自の治療アプローチ

病理学的にはI型肺胞上皮細胞周囲で病原体が増殖し、間質にリンパ球が集簇して間質性肺炎を起こします 。この病原体は宿主細胞外で増殖するという特殊な増殖パターンを示し、免疫系が正常な宿主では一過性の炎症反応に留まります 。しかし、免疫不全状態では致死性の肺炎に進行するため、早期診断と適切な治療が重要です。
参考)https://www.jalas.jp/files/infection/kan_61-4.pdf

 

近年注目されているのは、non-HIV患者における急激な病態進行です 。HIV患者と比較して発症は急速(通常1週間以内)で、呼吸障害はより重篤となります。肺内の菌量は少ないにもかかわらず病状はより深刻で、致死率も30-50%と高いのが特徴です 。このため、リスク患者に対する積極的な予防戦略と、症状出現時の迅速な診断・治療開始が患者予後を大きく左右します。治療においては、標準的なST合剤治療に加え、全身状態や併存疾患を考慮した個別化アプローチが重要となります。
参考)https://www.radionikkei.jp/kansenshotoday/__a__/kansenshotoday_pdf/kansenshotoday-160914.pdf