ニトロソアミンは、アミン誘導体のうちアミン窒素上の水素がニトロソ基(-NO)に置き換わった構造をもつ化合物群です 。化学式R₂N-N=Oで表され、ほとんどの化合物が変異原性や発がん性を持つことが知られています 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%BD%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%B3
国際がん研究機関(IARC)では、ニトロソアミン類を「おそらくヒトに対して発がん性がある」2A群物質として分類しています 。発がん性を示すメカニズムは、CYP450酵素による代謝活性化が必要であり、DNA反応性(変異原性)不純物として作用します 。
参考)https://www.maff.go.jp/j/syouan/n_nas/about.html
代表的なニトロソアミン化合物には以下があります:
これらの化合物は、DNA付加体形成を通じてGC→AT変異を引き起こし、ゲノム不安定性と発がんリスクを増加させます 。
参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdfdirect/10.1002/em.22446
ニトロソアミン類は、2級アミンと亜硝酸を反応させることで生成されます。反応式は以下の通りです:
(CH₃)₂NH + HNO₂ → (CH₃)₂NNO + H₂O
医薬品中でのニトロソアミン生成には複数の経路があります :
参考)https://med.sawai.co.jp/sawaigeneric/009.html
アミン源の特定
ニトロソ化剤(NOx)の発生源
特に注目すべきは、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)の分解経路です。高反応温度下で長時間反応に用いると、DMFが分解してジメチルアミンが生成し、これが亜硝酸と反応してNDMAを生成します 。同様に、N-メチルピロリドンやN,N-ジメチルアセトアミドも類似の分解経路によりニトロソアミン不純物を生成します。
製薬企業は、原薬及び製剤の製造工程や保管期間中にこれらの反応が進行する可能性を考慮し、適切なリスク管理を行う必要があります 。
医薬品中のニトロソアミン類の定量分析には、液体クロマトグラフィー-タンデム型質量分析計(LC-MS/MS)が最適な検出技術として確立されています 。
参考)https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/siyaku-blog/038830.html
LC-MS/MS分析の技術的特徴
イオン化法の選択において、ニトロソアミンは分子量が小さいものが多く、エレクトロスプレーイオン化法(ESI)よりも大気圧化学イオン化法(APCI)のほうが適している化合物が多いとされています 。
分析対象となる主要な9種類のニトロソアミン
厚生労働省の通知では、以下の9種類が重要な分析対象として挙げられています:
LC-MS/MS分析により、これらの化合物を1ng/mLの濃度レベルで確実に検出することが可能であり、限度値の評価に必要な精度を確保できています 。
医薬品中のニトロソアミン類の管理において、1日許容摂取量(Acceptable Daily Intake: ADI)の設定は極めて重要です。従来、毒性データが十分でないニトロソアミン類については、構造類似化合物の毒性データに基づいてADIを設定していましたが、構造類似化合物の選択に確立した手法がない課題がありました 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001148175.pdf
CPCAアプローチの導入
2023年7月、欧州医薬品庁(EMA)が「Carcinogenic Potency Categorization Approach for N-nitrosamines(CPCA)」を公表しました 。このアプローチでは、化合物の構造をもとに以下の4つのカテゴリーに分類します:
分類のアルゴリズムは、ニトロソアミン類が発がんを引き起こす際の主要反応(α炭素上にある水素のヒドロキシ化)の起こりやすさと、既存の毒性データを基に策定されています 。
日本でも2023年8月4日に事務連絡を発出し、毒性データが十分にないニトロソアミン類についてはCPCAを使用して差し支えない旨を周知しています 。この手法により、より科学的根拠に基づいた一日許容摂取量の設定が可能となりました。
2018年以降、国内外で多数の医薬品からニトロソアミン類が検出され、大規模な自主回収が実施されています。これらの事例から得られた知見は、今後の医薬品安全管理において極めて重要です。
主要な混入事例
リスク評価の実際的アプローチ
製造販売業者は以下の3段階のプロセスを実施する必要があります :
参考)https://www.gmp-platform.com/article_detail.html?id=21485
発がんリスクが「おおよそ10万人に1人の増加」を上回る場合、医療現場への情報提供が必要とされ、患者の自己判断による服薬中止を避けるため、医療従事者を通じた適切な情報伝達が重要です 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001137828.pdf
これらの事例は、製薬企業における品質管理体制の重要性と、医療従事者が最新の安全情報を把握する必要性を明確に示しています。