ニトロソジメチルアミン(NDMA)の発がん性は、DNAアルキル化による遺伝毒性メカニズムに基づいています 。体内でNDMAがα-水酸化代謝を受けると、メチル化剤が生成され、DNAのグアニン残基と結合してO6-メチルグアニンを形成します 。この修飾により、DNA複製時に誤対合が生じ、G-A変異を誘発することで腫瘍形成につながります 。
参考)https://www.env.go.jp/chemi/report/h24-01/pdf/chpt1/1-2-2-09.pdf
国際がん研究機関(IARC)は、NDMAを「グループ2A(ヒトに対しておそらく発がん性がある)」に分類しており 、動物実験では肝がん、腎がん、肺がんなどの発症が確認されています。特に肝臓での代謝活性化が顕著であることから、肝細胞がんのリスクが高いとされています 。
発がん性の閾値については、遺伝毒性発がん物質であるため閾値は存在しないとされており 、ICH-M7ガイドラインでは生涯曝露で「おおよそ10万人に1人の増加」を許容可能な発がんリスクレベルとして設定しています 。
医薬品中のNDMA検出には、液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS/MS)が標準的な分析手法として採用されています 。この方法では、大気圧化学イオン化(APCI)法を用いることで、NDMAの高感度検出が可能となり、検出限界は0.1ng/mL、定量限界は0.5ng/mLを達成しています 。
参考)https://www.shimadzu-techno.co.jp/annai/pha/h18.html
最新の超高感度LC-MS/MS装置では、NDMA濃度0.01ng/mLまで検出可能となっており、従来装置の約10倍以上の感度を実現しています 。これにより、サンプル注入量を1/10に削減でき、装置の安定使用が可能になっています 。
分析条件の最適化により、NDMA、NDEA、NMBA等の8種類のニトロソアミンを同時分析可能で、グラジエント平衡化を含めて8分で分析完了する迅速測定法が開発されています 。この技術革新により、製薬企業での品質管理体制強化が図られています 。
参考)https://cdmo.shionogi-ph.co.jp/media/topics/a16
医薬品製造過程でのNDMA生成は、二級または三級アミン類の存在下で、亜硝酸ナトリウム(NaNO₂)やその他のニトロソ化作用を持つ化合物が反応することで発生します 。特にジメチルアミン存在下での亜硝酸による直接ニトロソ化反応が主要経路とされています 。
参考)https://www.towayakuhin.co.jp/company/press/2023/11/organic_process_research_development.php
製造工程での具体的な生成要因として、触媒の使用、溶媒の選択、反応温度・pH条件、保存条件などが影響しています 。例えば、パラジウム触媒を用いた水素化反応や、DMF(ジメチルホルムアミド)溶媒の分解による二級アミンの生成などが報告されています 。
参考)https://www.gmp-platform.com/article_detail.html?id=32633
また、原材料からの混入経路も重要で、原薬合成に使用される試薬や溶媒に含まれる微量のニトロソアミン、保管容器からの移行、交差汚染などが確認されています 。これらのリスク要因を計算化学により予測・評価する手法も開発されており、製造工程設計段階でのリスク低減が可能になっています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/faruawpsj/57/6/57_545/_pdf
厚生労働省は2021年10月に「医薬品におけるニトロソアミン類の混入リスクに関する自主点検について」を通知し、製造販売業者に対して包括的な対応を義務化しました 。この通知では、化学合成医薬品、要指導医薬品、一般用医薬品を対象とし、生物製剤についてもリスクの高いものが含まれています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/pmdrs/53/4/53_310/_pdf/-char/ja
自主点検の具体的内容は以下の3段階で構成されています。第1段階では、既知の混入原因を参考にした混入リスクの評価を実施し、第2段階では、リスクのある品目のニトロソアミン類含量測定を行い、第3段階では、限度値超過品目のリスク低減措置を講じることが求められています 。
2024年7月には実施期限が延長され、リスク低減措置の完了期限が2025年8月1日まで設定されました 。さらに2024年6月には「医薬品に含まれるニトロソアミン類の体系的リスク評価手法に基づくリスクコミュニケーションガイダンス」が発出され、医療現場への情報提供体制が強化されています 。
参考)https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/download_pdf/2023/202306034A.pdf
医療従事者にとって重要なのは、ニトロソアミン混入が判明した際の患者コミュニケーション戦略です 。患者が自己判断で服薬中止することを防ぐため、リスクの程度を適切に説明し、治療継続の必要性を強調する必要があります 。
具体的には、「10万人に1人の発がんリスク増加」という数値を、日常生活のリスクと比較して説明することが効果的です。例えば、タバコ1本あたりの発がんリスクは約1万人に1人とされており、NDMA混入薬剤のリスクはこれより低いことを伝えることができます 。
また、薬剤師は調剤時にニトロソアミン混入情報を事前確認し、代替薬の準備や在庫管理を行うことが推奨されます。特に高血圧治療薬のサルタン系やH2ブロッカー系薬剤では、同効薬への切り替え提案も含めた服薬指導体制の構築が必要です 。
参考)https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kenko/iryo/files/021019_1.pdf
患者への情報提供文書では、含有量、治療目的、服用期間が患者の受け止め方に大きく影響するため、個別化された説明資料の作成が求められています 。