N-ニトロソアモキサピンは、アモキサピン製剤に含まれる有効成分がニトロソ化することにより生成される化合物です 。この化合物は、ニトロソアミン類に分類される物質で、2022年にファイザー社が実施したニトロソアミン類の定量試験において初めて検出されました 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001004627.pdf
ニトロソアミン類は一般的に発がん性を有する可能性があることから、医薬品への混入は重大な品質問題として扱われています 。水、肉や乳製品、焼き加工した野菜などにも含まれており、日常生活においてもある程度のニトロソアミン類を摂取していることが知られています 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc6971amp;dataType=1amp;pageNo=1
アモキサピンは三環系抗うつ剤として広く使用されてきた薬剤であり、長期間の服用が想定されるため、このようなニトロソアミン類の検出は患者の安全性に関わる重要な問題となっています 。
参考)http://www.yamaguchi.med.or.jp/wp-content/uploads/2022/11/2022ig_1614.pdf
ニトロソアミン類の生成には、アミン源とニトロソ化剤(NOx)の存在が必要です 。アミン源となるのは、原薬の合成原料となる出発物質を含む原薬の合成過程で生じる不純物などです 。
アモキサピンの場合、有効成分そのものがアミン構造を持っているため、適切な条件下でニトロソ化剤と反応することでN-ニトロソアモキサピンが生成されます 。ニトロソ化剤は、亜硝酸ナトリウムなどの物質で、原薬の合成試薬や添加剤の不純物として混入する可能性があります 。
製造工程においては、原薬および製剤の製造段階や、製剤の保管期間中にニトロソアミン類が発生する可能性が指摘されています 。特に製造環境の管理や原材料の品質管理が重要な要因となることが明らかになっています。
ファイザー社が実施した定量試験では、アモキサンカプセル10mg、25mg、50mg、および細粒10%の各製剤について、複数のロットでN-ニトロソアモキサピンの含量を測定しました 。定量試験でサンプリングされた10ロットの分析結果では、N-ニトロソアモキサピンの検出量の平均値は1.01ppmでした 。
参考)https://www.city.yokohama.lg.jp/kenko-iryo-fukushi/kenko-iryo/iryo/anzenshien/tsuchi-renraku/yakumu-jouhou/yakumu-tsuuchi2022.files/20221114_Amoxapine.pdf
分析結果においては、製剤ロット間で含量にばらつきが見られ、最大で8倍程度の差が確認されています 。これは製造条件や保管状況によってニトロソアミン類の生成量が変動することを示しており、品質管理上重要な知見となっています。
参考)https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_29807.html
定量試験の信頼性を確保するため、分析法バリデーションが実施され、検出限界、定量限界、精度、真度などの分析能パラメータが適切に設定されました 。このような厳密な分析手法により、微量のニトロソアミン類でも正確に定量することが可能となっています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/49d2c53802e7052342f30c554a83f1b16a404145
N-ニトロソアモキサピンについては、がん原性試験等のデータがなく、動物における発がん性の有無は不明です 。そのため、発がんリスクの評価では、N-ニトロソアモキサピンが発がん性を有すると仮定した場合の理論的なリスク計算が行われました 。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000248844.pdf
リスク評価では、N-ニトロソアモキサピンと構造が一定程度類似し、かつ発がんリスクに関するデータのあるニトロソアミン類を参考に検討が行われました 。具体的には、同じニトロソピペラジン構造を有する化合物のうち、TD50値が最も低く信頼性の高い1,2,6-trimethyl-4-nitrosopiperazineのTD50値(0.153mg/kg/day)を基準として計算されました 。
この評価により、アモキサピン製剤75mgまたは300mgを一生涯70年間毎日服用したときの理論上の発がんリスクは、75mg投与ではおよそ20万人に1人が、300mg投与ではおよそ5万人に1人が生涯(70年間)でその曝露により過剰にがんを発症する程度のリスクに相当すると算出されました 。
参考)http://www.jsrm.or.jp/announce/yakuzaikankei_29.pdf
現在のところ、N-ニトロソアモキサピンの検出による immediate(即座)な健康被害のリスクは低いと評価されています 。しかし、長期間の服用による発がんリスクを考慮し、製造販売業者は2023年2月に自主回収および出荷停止を実施しました 。
参考)https://www.urol.or.jp/cms/files/info/281/%E3%80%90%E3%81%8A%E8%A9%AB%E3%81%B3%E3%80%91%E3%82%A2%E3%83%A2%E3%82%AD%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%88%87%E3%82%8A%E6%9B%BF%E3%81%88%E3%81%AE%E3%81%8A%E9%A1%98%E3%81%84%E3%81%A8%E4%BA%8B%E5%8B%99%E9%80%A3%E7%B5%A1%E3%81%AE%E3%81%94%E6%A1%88%E5%86%85_2023%E5%B9%B42%E6%9C%88.pdf
アモキサピンは三環系抗うつ剤であり、急激な服用中止により離脱症状や病状の悪化を引き起こす可能性があります 。そのため、患者が自己判断で服用を中止することは推奨されておらず、必ず医師の指導の下で適切な代替治療への移行を行う必要があります。
代替治療選択肢としては、同効果を持つ他の抗うつ剤への切り替えが検討されます。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤)など、より新しい世代の抗うつ剤が主な選択肢となります。切り替えの際には、薬物動態の違いや副作用プロファイルを考慮した段階的な減量・増量スケジュールが重要となります 。
医療従事者は患者からの相談に対し、リスクの程度を適切に説明し、不安を軽減するとともに、適切な治療継続のサポートを提供することが求められています 。