ナノボディは1989年に発見されたラクダ科動物由来の革新的な抗体フラグメントで、従来の抗体とは根本的に異なる構造を持つ 。通常の抗体が重鎖と軽鎖の両方を持つY字型構造であるのに対し、ナノボディは重鎖の可変領域(VHH)のみで抗原結合機能を持つ単一ドメイン構造を特徴とする 。
参考)https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%8A%E3%83%8E%E3%83%9C%E3%83%87%E3%82%A3
その分子量は約12-15kDaと従来抗体の10分の1程度に小型化されており、120アミノ酸残基のコンパクトなポリペプチドで構成される 。構造的には、FR1からFR4というフレームワーク領域に挟まれた3つの相補性決定領域(CDR1-3)により抗原認識を行う仕組みを持つ 。
参考)https://www.ptglab.co.jp/news/blog/nanobodies-in-structural-biology/
従来の免疫グロブリンと比較して、FR2領域に親水性アミノ酸残基が多く分布することで高い水溶性と安定性を実現している 。また、6つのCDRではなく3つのCDRのみで抗原結合を行うため、凸型で小さなパラトープを形成し、通常の抗体では到達困難な隠れたエピトープにアクセス可能である 。
ナノボディを基盤とした治療薬開発は現在急速に進展しており、2019年にはcaplacizumab(Cablivi)が後天性血栓性血小板減少性紫斑病治療薬として世界初のナノボディ医薬品としてFDA承認を取得した重要なマイルストーンがある 。この2価ナノボディは血小板膜上のglycoprotein Ibαとの結合に関わるvWF A1ドメインに特異的に結合し、ultra-large vWFへの治療効果を示す 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/seibutsukogaku/101/7/101_101.7_356/_pdf/-char/ja
関節リウマチ分野では、V565という抗TNFαナノボディ製剤が腸溶性タブレット形態でIBD治療薬として開発が進められている 。TNFα阻害により関節破壊の主要経路である軟骨破壊、破骨細胞活性化を効果的に抑制する機序を持つ 。
参考)https://nobana-clinic.com/blog/nanozora%E6%96%B0%E7%99%BA%E5%A3%B2
がん治療分野においてもナノボディの腫瘍浸透性の高さが注目されており、CAR-T療法への応用研究が活発に行われている 。特にTrop2を標的としたナノボディベースCAR-T細胞は、非小細胞肺癌に対して高い殺傷効果を示すことが動物モデルで確認されている 。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/b7a8eb25d93cfd5fa7a369f3a846ee07ecdee688
抗体偶連薬物(ADC)への応用では、ナノボディの小型性と高い組織透過性を活かした次世代ADCの開発が進められ、従来のADCの限界である安定性、靶向性、安全性の課題解決が期待される 。
参考)http://xbyxb.csu.edu.cn/zh/article/doi/10.11817/j.issn.1672-7347.2024.230418/
ナノボディの診断応用は特に感染症検査分野で顕著な進歩を見せており、COVID-19検査においては従来の抗体検査を大幅に上回る性能を実現している 。アルパカ由来のSARS-CoV-2特異的ナノボディは、ウイルスへの結合力が極めて強く、環境安定性も高いため下水などの環境中ウイルス検出にも応用が可能である 。
参考)https://academia.carenet.com/share/news/efe8a0c5-6e64-40be-ac6e-00effc3f879c
側方流動イムノアッセイ(LFIA)技術との組み合わせにより、高感度・迅速なCOVID-19検査キットの開発が実現し、従来の検査法では困難であった変異株に対しても高い検出精度を維持する 。
参考)https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v18/n10/SARS-CoV-2%E5%A4%89%E7%95%B0%E6%A0%AA%E3%81%A8%E9%97%98%E3%81%86%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E5%8D%98%E4%B8%80%E3%83%89%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E6%8A%97%E4%BD%93/109468
生物発光酵素との組み合わせ技術では、希釈を必要としない牛乳や血液中の標的分子直接検出が可能な免疫センサーシステムが開発された 。この技術は熱や変性に対する高い耐性を持ち、従来の免疫診断法では実現困難であった厳しい条件下での検査を可能とする 。
参考)https://www.isct.ac.jp/ja/news/l3x2yz81d7e9
ELISA、ラテラルフローアッセイ、フローサイトメトリーなどの多様な検査プラットフォームで活用され、特定のバイオマーカーや病原体検出において高い特異性を発揮している 。その高い安定性により、極端な温度やpH条件下でも診断性能を維持することが確認されている 。
参考)https://filgen.jp/Product/Bioscience4/Ella_Biotech/Nanobodies.pdf
ナノボディは生化学研究において従来の抗体では実現困難な多様な実験手法を可能にする革新的な研究ツールとして位置づけられている 。免疫沈降法、免疫組織化学、ウエスタンブロッティングなどの標準的な実験プロトコルにおいて、通常の抗体と同等の性能を発揮しながら、より安定した結果を提供する 。
イントラボディ(細胞内抗体)技術により、ナノボディを細胞内で発現させることで標的タンパク質の機能解析が可能となる 。この手法は従来の抗体では不可能であった細胞内での抗体機能発現を実現し、生きた細胞内でのタンパク質動態観察を可能にする 。
クロモボディ技術では、ナノボディを蛍光タンパク質と融合させることで標的分子の染色と追跡を行う 。アクチンナノボディとGFPの融合体により、アクチン線維の動的変化をリアルタイムで観察することができる 。STORM、PALMなどの超高解像度顕微鏡技術と組み合わせることで、従来法では観察困難であったナノレベルの細胞内構造解析が実現されている 。
タンパク質精製分野では、アフィニティークロマトグラフィーにおいて高い親和性を示すナノボディが活用され、複雑な混合物からの標的タンパク質単離効率が大幅に向上している 。
ナノボディの産業応用は従来の抗体技術では対応困難であった様々な分野での活用が期待されており、バイオセンサー開発においては環境汚染物質検出や工業プロセス監視での実用化が進められている 。その高い安定性と小型性により、厳しい工業環境下でも安定した検出性能を維持することが可能である 。
遺伝子工学的な大量生産システムにより、組換えDNA技術を通じて大腸菌や昆虫細胞、哺乳動物細胞等の多様な発現系での効率的な生産が確立されている 。この拡張性により経済的な大規模生産が実現し、研究用試薬から産業用途まで幅広い供給が可能となっている 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%8E%E3%83%9C%E3%83%87%E3%82%A3
ナノボディライブラリー技術の発展により、ファージディスプレイ法を用いた多様なナノボディの効率的なスクリーニングシステムが構築されている 。このアプローチにより、特定の標的に対する高親和性ナノボディの同定と最適化が短期間で実現可能となった 。
エンジニアリング分野では、特定用途(研究分野、治療薬、診断薬等)に向けたテーラーメイド最適化戦略により、個別のニーズに対応した機能性ナノボディの設計・開発が可能となっている 。二重特異性抗体エンゲージャー技術では、免疫チェックポイント阻害療法における新たな治療戦略として、CTLA-4やPD-L1を標的とした革新的な治療法開発が進行中である 。
参考)https://academia.carenet.com/share/news/24d56dfd-ddae-43e1-8029-5dd674bdcfd6