ナファモスタットメシル酸塩(フサン®)は、トリプシン様セリンプロテアーゼを可逆的に阻害する蛋白分解酵素阻害薬です。 セリンプロテアーゼとは、活性部位にセリン残基をもつ酵素の総称で、凝固因子・補体・膵酵素など生体内の多くの重要な反応に関与しています。
参考)https://www.data-index.co.jp/drugdata/pdf/3/580825_3999407D1289_3_02.pdf
ナファモスタットメシル酸塩がこれらの酵素の活性部位を直接ブロックすることで、凝固・炎症・線溶の各カスケードに同時に干渉します。 つまり「一剤で複数の反応系を止める」という特異な構造を持つ薬剤です。
参考)ナファモスタットメシル酸塩注射用100mg「NIG」の効能・…
主な阻害対象酵素は以下の通りです。
参考)ナファモスタット(フサン®)の使い方|透析での抗凝固:溶解・…
ここが重要です。単一の酵素だけでなく、凝固・炎症・膵酵素の3つの系を横断的に阻害できるのが、ナファモスタットメシル酸塩の最大の特徴です。
AT-Ⅲ非依存性で直接トロンビンを阻害する点が、ヘパリンとの最大の違いです。 これはどういうことでしょうか?
ヘパリンや低分子ヘパリンは、アンチトロンビンⅢ(AT-Ⅲ)と複合体を形成することで、はじめてトロンビンや凝固因子を阻害します。AT-Ⅲの補因子として機能する間接的な薬剤です。 一方ナファモスタットメシル酸塩は、AT-Ⅲを介さず直接的にトロンビンの活性部位に結合して阻害します。
参考)https://med.mochida.co.jp/txt/pdf/nft10_7.pdf
| 特徴 | ナファモスタットメシル酸塩 | ヘパリン |
|---|---|---|
| 作用機序 | AT-Ⅲ非依存・直接阻害 | AT-Ⅲ依存・間接阻害 |
| 半減期 | 約5〜8分 | 約60〜90分 |
| 阻害ターゲット | トロンビン・Xa・Ⅻa・プラスミン・補体など | 主にトロンビン・Xa |
| 透析による除去 | あり(分子量約540Da) | 一部あり(分子量大きく除去困難な場合も) |
| 血小板減少リスク | HIT発症リスクなし | HIT(ヘパリン起因性血小板減少症)のリスクあり |
この特性により、AT-Ⅲが低下したDIC患者や重症感染症患者に対して、ヘパリンが効きにくい状況でも有効な抗凝固効果を期待できます。 AT-Ⅲが十分でなければヘパリンは効かない、が基本です。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00061696.pdf
またα₂-マクログロブリンの阻害を介した間接的な作用もあわせて発揮されることが、添付文書のデータからも示されています。 多段階の阻害が条件です。
半減期約5〜8分という数字は、他の抗凝固薬と比較すると驚くほど短いです。 ヘパリンの半減期が60〜90分であることを考えると、その短さが際立ちます。
この短い半減期には、臨床上の大きな意味があります。体外循環回路内(透析回路など)に投与されたナファモスタットメシル酸塩は、ダイアライザを通過した後に体内へ戻る前にほぼ失活します。 体外では抗凝固、体内では速やかに無力化、というわけです。
分子量が約540Daと小さいため透析膜でほぼ除去されることも、この効果に寄与しています。 つまり体内出血リスクを最小限に抑えながら、回路内凝固だけを防ぐという「局所抗凝固」を実現しています。
出血傾向がある患者への透析、たとえば消化管出血・脳出血・術後早期などの状況では、ナファモスタットメシル酸塩が第一選択薬として推奨される理由がここにあります。 出血リスクの高い場面での第一選択、と覚えておけばOKです。
なお、透析での投与量の目安は動脈側から30〜50mg/hの持続投与で、ACT(活性化凝固時間)を静脈側で230〜250秒になるよう調整するのが一般的です。 ただし、回路内ACTが225秒を超えると体内のACT延長が観察されることがあるため、出血リスクの高い患者では225秒未満を目安とします。
ナファモスタットメシル酸塩が適応を持つ疾患は、急性膵炎・DIC・体外循環時の抗凝固の3領域に及びます。 これは作用機序の広さに由来します。
急性膵炎への応用では、膵臓内で自己消化を引き起こすトリプシンやカリクレインを阻害することで炎症の拡大を抑えます。 加えてホスホリパーゼA₂の阻害により炎症メディエーターの産生も抑制されるため、膵炎の急性症状の改善に寄与します。これは使えそうです。
DICへの応用では、トロンビン・Ⅻa・Ⅹa・Ⅶaなど凝固系の複数段階を同時に抑制する点が重要です。 DICでは凝固カスケードが暴走しているため、単一酵素のみを狙う薬剤より多段階を同時に抑えられる薬剤のほうが理論的に有利です。さらに補体活性化の抑制も炎症反応の制御に働きます。carenet+1
カリクレインーキニン系の阻害も重要な要素です。 ナファモスタットメシル酸塩を膵炎患者に投与した研究では、カリクレインの活性化に基づく総キニノゲン量の減少が改善されたことが確認されています。これは、単なる酵素阻害を超えた病態生理的介入といえます。
DIC治療薬の選択では、ナファモスタットメシル酸塩のほかにガベキサートメシル酸塩(FOY)も使われますが、ナファモスタットメシル酸塩のほうがトロンビン阻害活性が約10倍強いとされています。 強さが条件です。
参考:膵炎・DICの薬理に関する添付文書情報(JAPIC)
注射用ナファモスタットメシル酸塩 添付文書(JAPIC)- 薬効薬理・作用機序の記載あり
現場で最も見落とされやすいのが溶解液の選択です。 ナファモスタットメシル酸塩は生理食塩水で溶解すると白濁した結晶が析出し、使用不可になります。必ず5%ブドウ糖注射液または注射用水で溶解してください。痛いミスです。
アナフィラキシーリスクも重要な注意点です。 添付文書によれば、3,870例中6例(0.16%)でアナフィラキシーショックが報告されています。発生率は低いものの、過去に投与歴がある患者では感作が起きている可能性があり、再投与時に重篤な過敏反応が起こるリスクがあります。以前にフサン®を使ってアナフィラキシーになった患者には、原則禁忌です。
また、ダイアライザの膜素材によっても注意が必要です。 PAN膜(ポリアクリロニトリル膜)やPMMA膜ではナファモスタットメシル酸塩が吸着されるため、抗凝固効果が減弱します。これらの膜素材使用時は、フサン®は適していないと判断するのが原則です。
持続投与でなくワンショット投与を行わないことも現場の基本です。 半減期が5〜8分と極めて短いため、ワンショットしても有効な血中濃度を維持できません。さらにワンショット投与はショックリスクを高める可能性があります。開始から維持投与量での持続注入が原則です。
参考:透析でのナファモスタットメシル酸塩の使い方(臨床工学技士向け解説)
透析のときに使うナファモスタットメシル酸塩(フサン®)についてまとめてみた - 臨床工学技士向け実務情報