血清コレスタノール値が正常でも、脳腱黄色腫症が進行しているケースがあります。
コレスタノールとは、コレステロールに構造がよく似た脂質の一種です。健康な人の体内にも少量は存在しますが、ある特定の遺伝子異常があると体内で異常に大量産生され、脳・脊髄・腱・水晶体・血管などの組織に蓄積してしまいます。その結果として引き起こされる疾患が、指定難病第263号に認定されている「脳腱黄色腫症(CTX:cerebrotendinous xanthomatosis)」です。
脳腱黄色腫症は、CYP27A1という遺伝子の変異によってステロール27位水酸化酵素の活性が低下することが原因です。この酵素が正常に機能しないと、肝臓での胆汁酸合成経路が乱れ、ケノデオキシコール酸(CDCA)の産生が著しく減少する一方で、コレスタノールの産生が過剰に増加します。つまり、コレスタノール検査は、この異常な産生・蓄積を血中濃度で確認するための、最も簡便かつ重要な検査です。
健常者の血清コレスタノール濃度の平均値は 2.35±0.73 µg/mL とされており、日本の診断基準では 4.5 µg/mL 以上 が異常と判定されます。脳腱黄色腫症と確定診断された患者の血清コレスタノール平均値は 21.1±10.5 µg/mL に達しており、健常者の約9倍に相当します。この数値の差が、本検査の診断的価値を示しています。
コレスタノール検査が重要なもう一つの理由は、脳腱黄色腫症の症状が非常に多彩で非特異的なため、他の疾患と混同されやすい点にあります。若年性白内障・慢性の下痢・知的障害・アキレス腱の肥厚・けいれんなど、一見すると別々の疾患に見える症状が、実はすべてコレスタノールの蓄積が原因だったというケースがあります。
つまりコレスタノール検査です。多彩な症状の背後にある一本の糸を手繰り寄せるための、最初の重要な一手といえます。
参考:脳腱黄色腫症(CTX)の診断基準と疫学データ(日本先天代謝異常学会)
https://jsimd.net/pdf/ctx_doc.pdf
コレスタノール検査は、ごく一般的な採血(静脈採血)によって行われます。特別な前処置や空腹時採血は基本的に不要で、通常の血液採取後、検体を検査機関に外注する形で測定されます。測定方法は LC-MS/MS法(液体クロマトグラフィー質量分析法) が標準的であり、高感度かつ精密な定量が可能な手法です。
| 区分 | 血清コレスタノール濃度 |
|---|---|
| 健常者(平均±SD) | 2.35±0.73 µg/mL |
| 診断基準カットオフ値 | 4.5 µg/mL 以上 |
| CTX患者(全国調査平均値) | 21.1±10.5 µg/mL |
検査を依頼できる機関としては、株式会社エスアールエル(SRL)やBMLなど主要な臨床検査センターが挙げられます。所要日数はBMLのデータによれば 5〜21日 と幅があり、緊急性がある場合は事前に検査機関へ確認することが重要です。
現時点でコレスタノール検査は 保険適用外 です。これは重要なポイントです。通常の健康診断や一般的な血液検査パネルには含まれておらず、医師が必要と判断して初めてオーダーされる専門的な検査に位置づけられています。保険適用外のため費用は全額自己負担となり、患者・家族への経済的な負担も無視できません。実際、診療ガイドラインや内保連の医療技術評価提案書においても、この検査の保険収載に向けた働きかけが続けられています。
検査結果の解釈も単純ではありません。コレスタノール高値を示す疾患は脳腱黄色腫症だけではなく、家族性高コレステロール血症・シトステロール血症・閉塞性胆道疾患・甲状腺機能低下症でも上昇することがあります。これが基本です。そのため、コレスタノール値が4.5 µg/mL 以上であった場合は、これらの疾患を除外したうえでCYP27A1遺伝子検査による確定診断へと進む流れになります。
参考:コレスタノール検査の概要(BML総合検査案内)
https://uwb01.bml.co.jp/kensa/search/detail/12205372
脳腱黄色腫症の最大の問題は、「症状があるのに別の病気だと思われて診断が遅れる」ことです。意外ですね。実際、発症から診断までに 平均16.5年 を要したとする全国調査データ(信州大学・関島教授ら)があります。これは東京都の面積(約2,187㎢)に例えるなら、広大な土地の中に患者がひっそりと埋もれ続けている状況といえるかもしれません。
では、どのような症状があるときにコレスタノール検査を検討すべきでしょうか?以下の症状のうち 2つ以上 に当てはまる場合は、専門医への相談とコレスタノール濃度の測定が強く推奨されています(「Suspicion Index(疑う指標)」より)。
- 🧬 脳腱黄色腫症の家族歴がある
- 👶 新生児期・乳児期の原因不明の遷延性黄疸・胆汁うっ滞
- 👁️ 若年性白内障(特に10代での発症)
- 💊 小児期発症の慢性・難治性の下痢(平均発症年齢3〜10歳)
- 🧠 知的障害・発達遅滞・学習障害・てんかんなどの神経発達症状
- 🦵 アキレス腱などの腱肥厚(20歳以降に出現しやすい)
- 📍 MRIで小脳歯状核に病変が確認された
特に白内障は見逃されやすいポイントです。CTX患者の 71〜96% に若年性白内障が認められ、多くは10代で気づかれています。しかし「若いのに白内障?」と思われても、遺伝子疾患との関連を疑わない眼科医では見落とされてしまうことがあります。日本眼科学会も、若年性白内障が見つかった際にCTXを念頭に置くよう呼びかけています。
アキレス腱の肥厚も重要なサインです。健康な人のアキレス腱の太さは通常6mm程度とされていますが、コレステロールやコレスタノールの蓄積が起きると腱が異常に肥厚し、靴が履きにくくなるほどの変形をきたすこともあります。整形外科でアキレス腱炎として経過観察されてしまうケースも実際に報告されており、見逃しが起きやすい症状のひとつです。
参考:若年性白内障と脳腱黄色腫症の関連(日本眼科学会)
https://www.nichigan.or.jp/member/news/detail.html?itemid=212&dispmid=917
コレスタノール濃度が4.5 µg/mL 以上と判明した後は、診断フローに沿って手順を踏むことが重要です。ただし、コレスタノール高値=脳腱黄色腫症確定とはなりません。これが原則です。
まず行うのが鑑別診断です。家族性高コレステロール血症・シトステロール血症・閉塞性胆道疾患・甲状腺機能低下症による二次性のコレスタノール高値を除外します。これらの除外が難しい場合、または除外されても疑いが残る場合は、次のステップである CYP27A1遺伝子検査 へと進みます。
CYP27A1遺伝子検査は、現在も保険適用外ですが、「脳腱黄色腫症の実態把握と診療ガイドライン作成に関する研究班」(信州大学・関島良樹教授が窓口)のホームページから無償で依頼することができます。この点は一般にあまり知られていません。経済的な負担なく確定診断への第一歩を踏み出せるルートが整備されているのは、患者・家族にとって大きなメリットです。
確定診断のカテゴリーは以下のように分類されます。
| 診断カテゴリー | 満たすべき条件 |
|---|---|
| Definite(確定) | 症状A(1項目以上)+コレスタノール高値B+遺伝子変異C+鑑別D |
| Probable(ほぼ確定) | 症状A(1項目以上)+コレスタノール高値B+鑑別D |
| Possible(疑い) | 症状A(1項目以上)+コレスタノール高値B |
診断確定後は、ケノデオキシコール酸(CDCA) の経口投与が標準治療として行われます。CDCAを投与することで、コレスタノール産生のネガティブフィードバックが正常化し、血清コレスタノール値が低下します。国内では胆石症治療薬「チノカプセル」として知られており、CTXへの適応拡大に向けた治験も進められてきた経緯があります。
治療開始時期が早いほど予後は良好です。これは重要な事実です。長期フォローアップ研究では、24歳以前に治療開始した症例では神経症状の改善または進行抑制が認められた一方、24歳以降に開始した症例では血清コレスタノール値が低下しても神経症状の改善はわずかにとどまったと報告されています。
参考:脳腱黄色腫症診療ガイドライン2018(日本神経学会)
https://www.ctx-guideline.jp/criterion/
多くの人が「コレステロールの検査なら健康診断でやっている」と思いがちです。しかし、コレスタノールとコレステロールは全くの別物であり、通常の健康診断では測定されません。これが大きな落とし穴です。
実はCTX患者の血漿コレステロール濃度は、正常〜やや低値 を示すことが知られています。つまり、「コレステロール値が正常だから安心」という判断が、かえってCTXの発見を遅らせるリスクがあります。健康診断でコレステロール値が引っかからなかったとしても、コレスタノール値が異常に高い可能性は十分にあるのです。
もう一つ見逃しやすいポイントとして、乳幼児期の症状があります。新生児期・乳児期に原因不明の遷延性黄疸や胆汁うっ滞を呈するケースがありますが、この時期の肝機能検査には特徴的なパターンがあります。具体的には、ASTやALTの上昇は認めるものの、γGTPが上昇しないという点で、通常の肝炎と異なります。このパターンを知っていれば、乳幼児期の段階で本症に気づくきっかけになりえます。
遺伝子疾患のため、患者の兄弟姉妹にも25%の確率でCTXが発症しうることも覚えておく必要があります(常染色体劣性遺伝)。家族歴がある場合には、症状が出ていなくても生化学検査または遺伝子検査による早期診断が強く推奨されます。
また、治療後のフォローアップにおいても、コレスタノール検査は重要な役割を担います。診療ガイドラインでは「血清コレスタノールは治療効果判定の指標として、最低年1回、治療薬変更後はより頻回に検査することが推奨される」と明記されています。つまり診断後も継続的な測定が必要ということです。
🔍 「コレスタノール検査を依頼したい」と思ったら:
コレスタノール測定に心当たりのある医師がいない場合は、信州大学医学部 内科学第三(関島良樹教授)や、研究班のホームページ(www.ctx-guideline.jp)へ相談することが推奨されています。CYP27A1遺伝子検査も同研究班に無償で依頼できます。まず主治医に相談し、「コレスタノール測定とCTXの可能性を検討してほしい」と具体的に伝えることが第一歩になります。
参考:脳腱黄色腫症の診断・治療・フォローアップ指針(脳腱黄色腫症研究班公式ガイドライン)
https://www.ctx-guideline.jp/follow/
参考:GeneReviews日本語版 脳腱黄色腫症(CTX)の詳細な臨床情報・遺伝情報
https://grj.umin.jp/grj/ctx.htm