低コルチゾール血症があなたの患者さんの半数以上に起きています。

イスツリサ(一般名:オシロドロスタットリン酸塩)は、2021年5月19日に薬価収載され、同年6月30日から販売が開始されました。製造販売元はレコルダティ・レア・ディジーズ・ジャパン株式会社です。
収載時の薬価は以下のとおりです。
| 販売名 | 規格 | 薬価(1錠あたり) |
|---|---|---|
| イスツリサ錠1mg | 1mg1錠 | 3,335.90円 |
| イスツリサ錠5mg | 5mg1錠 | 13,249.00円 |
この薬価水準は「高い」とも「妥当」とも受け取られることがありますが、その根拠を正確に理解することが医療従事者には求められます。
算定方式は原価計算方式です。これは類似薬が存在しない場合に用いられる方式で、製品総原価・営業利益・流通経費・消費税を積み上げて薬価を決定するものです。厚生労働省の薬価算定組織は、既収載品の中にメチラポン(メトピロン)が存在するものの、昭和40年収載と古く、クッシング症候群以外にも効能を持つため「新薬算定の最類似薬には該当しない」と判断しました。原価計算方式が採用されたのはそのためです。
1mg錠を例にとると、製品総原価は2,370.40円、営業利益が434.80円、流通経費が227.40円、消費税が303.30円という内訳で算定されています。補正加算(有用性加算・市場性加算など)は一切適用されていません。つまり、イスツリサの薬価は加算なしの純粋な原価積み上げによって決定されています。
これは意外に思うかもしれません。クッシング症候群という希少な難治性疾患に対する新有効成分の薬剤であるにもかかわらず、市場性加算も有用性加算も適用されていないのです。なお、新薬収載希望者による市場規模予測では、ピーク時の予測投与患者数は306人・予測販売金額は12億円と見込まれていました。
外国価格(英国・ドイツ)との比較では1mg錠の外国平均価格が3,825.00円と算出されており、国内算定薬価(3,335.90円)は外国平均を約500円下回る水準となっています。
参考:薬価算定の仕組みと原価計算方式についての詳細は厚生労働省の公開資料で確認できます。
厚生労働省|新医薬品の薬価算定一覧(令和3年5月19日収載)イスツリサの原価計算方式と算定根拠が記載
令和8年度(2026年度)の薬価改定は、厚生労働省が2026年3月5日に官報で告示し、2026年4月1日から新薬価が適用されています。改定の全体像としては、薬剤費ベースで▲4.02%という引き下げが行われましたが、その影響はすべての品目に均等にかかるわけではありません。
最新の薬価情報(2026年4月1日適用)を確認したところ、イスツリサ錠1mgは3,335.90円、イスツリサ錠5mgは13,249.00円と、2026年4月以降も薬価は変わっていません。
薬価が維持された背景には、イスツリサが後発医薬品のない先発品であり、対象患者数が極めて少ない希少疾患薬であることが関係していると考えられます。令和8年度改定では13成分24品目に「改定時加算」が適用されましたが、イスツリサはその対象外でした。また、市場拡大再算定(13成分31品目が対象)の対象にもなっていません。薬価が維持されているということですね。
一方、令和8年度改定では費用対効果評価制度の運用見直しや、長期収載品の選定療養対象品目の拡大(776品目)が大きな話題となっています。イスツリサはいずれの影響も現時点では受けていませんが、将来的な費用対効果評価への対象化については継続的な注視が必要です。
参考:令和8年度薬価改定の全体像については以下で確認できます。
社会保険旬報|令和8年度薬価基準改定公表の詳細(薬剤費ベース▲4.02%の改定内容を解説)
また、薬価サーチでは改定後の薬価を品目単位で検索することができます。実務での処方確認・算定業務に活用できるツールです。
薬価サーチ|令和8年4月1日適用の新薬価を収載品目単位で検索可能
薬価を知る上で重要なのは、患者さんが実際にどれだけの負担を負うかを理解することです。これは処方時の患者説明にも直結します。
イスツリサの用量は「1回1mgを1日2回から開始し、最高1回30mgを1日2回」という幅のある設定です。開始用量と最高用量では薬剤費が大きく異なります。以下に目安の試算を示します。
| 投与量の例 | 1日あたりの薬剤費(目安) | 1ヶ月あたりの薬剤費(目安) |
|---|---|---|
| 1mg×2回(開始用量) | 3,335.90円×2錠=6,671.80円 | 約20万円 |
| 5mg×2回 | 13,249.00円×2錠=26,498.00円 | 約79万円 |
| 10mg×2回(5mg錠×4) | 13,249.00円×4錠=52,996.00円 | 約159万円 |
数字で見ると、10mgを1日2回投与した場合、月額換算で150万円を超える薬剤費になることが分かります。これは東京都内の平均的な家賃(1Kで月7〜8万円台)の約20ヶ月分に相当する金額です。患者さんにとって経済的な不安が大きいことは容易に想像できます。
しかし、ここが重要なポイントです。クッシング病(下垂体性ACTH分泌亢進症)は厚生労働省の指定難病75号に指定されています。指定難病の医療費助成制度を利用することで、医療費の自己負担割合は原則2割まで軽減されます。さらに、月ごとの医療費総額が5万円を超える月が年間6回以上ある「高額かつ長期」の認定を受ければ、自己負担の上限額がさらに低く設定されます。
つまり、薬価が高額でも、適切に制度を活用すれば患者の実質負担は大幅に抑えられます。これは基本です。
医療従事者として押さえるべき実務のポイントとして、指定難病医療費助成制度の申請は都道府県への申請が必要であり、指定医による診断書の作成が求められます。患者さんが申請漏れをしていないか、処方前後に確認する習慣をつけておくことが望まれます。
参考:指定難病の医療費助成制度の仕組みについては、難病情報センターの情報が参考になります。
難病情報センター|クッシング病(下垂体性ACTH分泌亢進症)の指定難病詳細情報
イスツリサを処方・調剤・管理する医療従事者にとって、薬価と同等以上に重要なのが副作用管理です。添付文書の重大な副作用に掲げられているのは「低コルチゾール血症(53.9%)」と「QT延長(3.6%)」の2項目です。
53.9%という発現率は非常に高い数字です。投与患者の約2人に1人以上が経験する可能性のある副作用ということになります。イスツリサはCYP11B1を阻害してコルチゾール合成を抑制するという作用機序を持つため、副作用として低コルチゾール血症が起きることはある意味で理解しやすいですが、それだけにモニタリングの徹底が欠かせません。
低コルチゾール血症が疑われる症状として添付文書に挙げられているのは悪心・嘔吐・疲労・腹痛・食欲不振・めまい等です。患者さん自身がこれらの症状を「疲れ」や「消化器症状」と混同するケースも少なくありません。これは厳しいところですね。
添付文書上の重要な管理ポイントは以下のとおりです。
- 投与開始後は1〜2週間に1回を目安に血中・尿中コルチゾール値の測定を行う
- コルチゾール値が基準値を下回った場合や急速に低下した場合は減量または休薬を検討する
- 休薬中も持続的なコルチゾール値低下が認められることがある
- 投与を再開する場合は、投与中止時の用量より低用量から開始する
また、QT延長については投与開始前および開始後1週間以内に心電図検査を行うことが義務付けられています。QT延長を起こしやすい患者(先天性QT延長症候群、電解質異常など)や、抗不整脈剤・パシレオチドパモ酸塩などと併用する際は特に注意が必要です。
相互作用の観点では、リファンピシンやカルバマゼピン等のCYP3A4誘導薬との併用でイスツリサの血中濃度が低下し、効果が減弱するおそれがあります。逆に複数の代謝酵素阻害剤との併用では血中濃度が上昇することも念頭に置く必要があります。
さらに、イスツリサ自体がCYP1A2やCYP2C19を阻害する性質を持つため、テオフィリンやオメプラゾールなど他の薬剤の血中濃度を上げるリスクもあります。ポリファーマシーの患者さんでは特にチェックが必要です。
参考:適正使用ガイドにはモニタリングのフローや患者指導のポイントが詳しくまとめられています。
レコルダティ・レア・ディジーズ・ジャパン|イスツリサ適正使用ガイド(2024年4月版・モニタリング手順と患者指導のポイントを収載)
ここまで薬価や副作用管理の実務的な情報を整理してきましたが、最後に「イスツリサの薬価が示す構造的な問題」という独自の視点から論点を提示します。
イスツリサの薬価算定において、補正加算がゼロだったという事実を思い出してください。希少疾患・新有効成分・国際的な新薬であるにもかかわらず、有用性加算も市場性加算も適用されなかった。これはなぜでしょうか?
算定組織の見解を読むと、「メチラポンが存在するが最類似薬には該当しない」→「原価計算方式を採用」→「補正加算の各要件を審査したが、いずれも該当せず」という流れになっています。クッシング症候群の患者数は年間約450〜500人という推定で、希少疾患に相当しますが、市場性加算(Ⅰ)の要件は「希少疾病用医薬品の指定」を受けていることです。イスツリサは承認時に希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)の指定を受けていなかったため、この加算が適用されなかったと考えられます。
これは一つの問いを投げかけます。「クッシング症候群という極めて患者数の少ない疾患に対して、製薬企業が開発インセンティブを持ち続けるためには何が必要か?」という問いです。
令和8年度改定では、費用対効果評価制度の検証や市場拡大再算定の「共連れ廃止」が議論されるなど、イノベーション評価のあり方が焦点になっています。このような制度的背景の中で、イスツリサの薬価設計は「希少疾患治療薬の薬価がどうあるべきか」を考えるための格好の事例です。
医療従事者として処方・調剤・服薬指導に携わる立場では、単に現行の薬価を把握するだけでなく、その価格がどのような論理で形成されているかを理解しておくことが、患者への説明力向上や薬剤費最適化の議論においても意味を持ちます。
また、現時点ではイスツリサに後発医薬品(ジェネリック)は存在しません。先発品のみという状況であり、薬価交渉の余地もない状態です。後発品のない希少疾患治療薬という位置付けは、薬局・病院薬剤部における在庫管理の観点からも特殊な対応が求められます。代替薬の選択肢が限られている中で安定供給を確保するためには、製薬企業との情報連携を緊密に保つことが実務上の重要課題となります。
参考:希少疾患に対する薬価算定と費用対効果評価の政策的な背景については、日本製薬工業協会のプレスリリースが参考になります。
日本製薬工業協会|2026年度薬価制度改革および費用対効果評価制度改革に関する声明(イノベーション評価の課題を解説)