しっかり食事をしていても、イソニアジドを飲むだけでビタミンB6が不足して神経が傷つくことがあります。
イソニアジド(商品名:イスコチン)は、結核治療の第一選択薬として1952年から使われている歴史ある抗結核薬です。強力な殺菌効果を持つ一方で、体内のビタミンB6(ピリドキシン)を枯渇させるという特性があります。
この現象が起きるメカニズムは、実は2段階になっています。まずイソニアジドが、ビタミンB6を活性型(ピリドキサールリン酸)に変換するために必要な酵素「ピリドキサールキナーゼ」を阻害します。次に、イソニアジド自体がビタミンB6と結合して「イソニアジド—ピリドキサールヒドラゾン」という複合体を形成し、これが尿中にどんどん排泄されてしまいます。
つまり二重の経路でビタミンB6が失われていきます。食事でいくら補っても、薬が吸収を妨げ、かつ排泄を加速するという仕組みになっているわけです。
ビタミンB6は神経伝達物質の一種「GABA(γ-アミノ酪酸)」の合成にも欠かせません。このビタミンが不足すると神経の正常な働きが損なわれ、末梢神経障害(末梢神経炎)として症状が現れます。
初発症状として現れるのは、足の裏や指先のしびれ・チクチク感です。進行すると手足全体の感覚障害や筋力低下、さらには歩行困難にまで至ることがあります。つまり早期に気づくことが重要です。
末梢神経障害のリスクは、すべての患者に均等にあるわけではありません。標準投与量(3〜5mg/kg/日)では発症率は約2%ですが、高用量(6mg/kg/日)になると17%にまで上昇します。
発症率の差は非常に大きいですね。これは投与量だけでなく、患者側の体質や基礎疾患にも大きく左右されます。
米国疾病管理予防センター(CDC)が特にリスクが高いと指摘しているグループは以下の通りです。
実際に日本で行われた研究(西神戸医療センター、2014年)では、入院時にビタミンB6の血中濃度がすでに正常値を下回っていた患者が14例中10例と、非常に多いことが明らかになっています。
これは驚きの結果です。つまり、結核と診断された患者の大多数が、イソニアジドを飲み始める前から栄養状態が悪く、ビタミンB6が不足した状態にあることを示しています。さらに、適切な食事を提供しても、イソニアジド服用後2週間でビタミンB6の血中濃度がさらに有意に低下することが確認されました。
末梢神経障害の予防・治療には、ビタミンB6製剤の投与が基本です。実際に日本の医療現場では、ピリドキサールリン酸エステルの製剤である「ピドキサール錠」(1錠に30mg含有)が広く使われています。
ピドキサールの標準的な服用量は、1日10〜60mgを1〜3回に分けて経口投与です。症状や年齢、リスクの程度によって医師が適宜増減します。
ここで注意が必要な点があります。日本の結核診療ガイドラインでは「すべての患者に予防的にピリドキシンを投与することは推奨しない」と記載されていますが、一方で米国CDCは「糖尿病・HIV感染・腎不全・アルコール依存・妊婦などリスクのある患者には25mg/日のピリドキシン投与を推奨する」としています。
つまり、全員に必要というわけではありません。ガイドラインによってスタンスが少し異なるため、自分がどのリスクグループに該当するかを主治医・薬剤師に確認したうえで判断を仰ぐことが重要です。
末梢神経障害が発症してしまった場合は、ビタミンB6製剤を積極的に投与します。軽症であれば服薬中止後に比較的早く回復しますが、重症例では数か月から数年以上を要することもあります。早期発見が原則です。
また、末梢神経障害による痛みやしびれが強い場合は、神経障害性疼痛治療薬のプレガバリン(リリカ)を症状に合わせて追加投与することもあります。
服薬中に「足の指先がじんじんする」「靴下を履いているような感覚がある」といった変化に気づいたら、受診のタイミングです。放置は禁物ですね。
患者向けピドキサール錠30mgの用法・用量・副作用の説明(くすりのしおり)
多くの人がイソニアジドとビタミンB6の関係で知っているのは「末梢神経障害」だけです。しかし研究が進むにつれ、末梢神経障害以外にも、慢性的なビタミンB6欠乏がさまざまな体の不調と関連することがわかってきています。
これは意外な視点です。国内の臨床研究(松本ら、2014年)でも言及されていましたが、ビタミンB6が低下すると以下のリスクが上昇することが近年相次いで報告されています。
結核の治療に必死になるのは当然のことですが、長期にわたる服薬中はビタミンB6の血中濃度の変化にも目を向ける価値があります。
特に高齢者の患者さんは、認知機能や循環器系への影響も視野に入れて管理することが望ましいといえます。定期的に血液検査でビタミンB6濃度を確認できる医療機関と連携しておくと安心です。
なお、ビタミンB6サプリメントを自己判断で大量摂取することは危険です。1年以上にわたって高用量を継続すると、逆に感覚神経障害(手足のしびれ・チクチク感)を引き起こすことがあります。サプリでの補充は必ず医師・薬剤師に相談したうえで行うことが原則です。
ビタミンB6の過剰摂取リスクや上限量についての公的情報(厚生労働省eJIM)
イソニアジドは薬の飲み方や日常生活との関係で、見落としやすい注意点がいくつかあります。まずビタミンB6欠乏をできる限り補う観点からは、食事内容を意識することが有効です。
ビタミンB6を多く含む食品としては、マグロ・サンマ・鮭などの魚類、鶏むね肉・レバー、バナナ・さつまいも・玄米などがあります。ただし前述のように、食事だけでは服薬中のビタミンB6低下を完全には防げないことも重要な事実です。食事は補助として考えてください。
アルコールは要注意です。アルコールはビタミンB6の分解を促進するため、イソニアジドとの相乗効果でビタミンB6をより急速に枯渇させます。末梢神経障害のリスクを大幅に高めることになるため、服薬中の飲酒は控えることが強く推奨されます。
また、アルミニウムを含む胃薬(制酸剤)との同時服用にも注意が必要です。イソニアジドの吸収を妨げ、十分な治療効果が得られなくなる可能性があります。胃の不調で市販の胃腸薬を使いたい場合は、服用する前に薬剤師への確認が一歩踏み込んだ対応です。
イソニアジドはてんかん薬(フェニトイン・カルバマゼピン)の血中濃度を上昇させることでも知られています。これらを服用している人は特に、定期的な薬の血中濃度モニタリングが必要です。
服薬管理に不安がある場合は、スマートフォンの服薬管理アプリ(例:EPARKお薬手帳アプリなど)を活用して、飲み合わせの確認や服薬記録を一元管理するのも実用的な選択肢の一つです。
抗結核薬の副作用と具体的な対応策を詳解した医療者向け解説(日本化学療法学会誌)